4 ウエディンングドレス
「黒ち、これお届け物。」
店の奥で黒高を呼ぶ声がした。
黒高がバックヤードに向かうとヒップホップ系の
派手なファッションの女性がいた。
「ああ、
満知と呼ばれた女性は17歳ぐらいだろうか。
その手には何枚か大きなドレスパックに入った服があった。
「なんかすごいな。ドレスか?」
彼女は両腕に余るぐらいの白いドレスを抱えている。
「ウエディングドレスだよ。ケープと付属品も。
こんなん、黒ちの店で扱うのか。」
「お客様が欲しいと言われればどんなものも用意するさ。
まだ注文は受けてないけど、
必要だから満知が持って来たんだろ?」
「うん、注文書に書いてあったから倉庫から持って来たけどね。」
「凄い倉庫なんだよな?」
満知はちらと黒高を見る。
「なんだよ、黒ちは行った事ないのか?」
「だって僕は入れないし。白は入れるかもしれないけど。」
満知の顔が少し複雑な表情になる。
「まあ、あいつはね。」
裏のテーブルに満知が服を乗せるとそれを黒高が
調べ始めた。
するとすぐに店の扉のベルが鳴る。
「んじゃあ、あたしは行くよ。」
「ああ、お疲れ様、また頼むよ。」
黒高はウエディングドレスを持ち店内に向かった。
するとそこには男女二人の客がいた。
二人は周りをきょろきょろと見ている。
「いらっしゃいませ。」
黒高がドレスを持って来てレジがあるカウンターの上に置いた。
それを女性が見て目が丸くなった。
「あの、それってウエディングドレスですか?」
黒高がはっとした顔でドレスを見て続いて女性を見た。
「そうですよ。」
すると女性がにっこりとして黒高を見た。
「やっぱりドレスも扱っているのね。
だから私が言ったじゃない。」
「いやあ、びっくりだな。
お店の雰囲気だとどちらかと言うと男性向けだと思ったけど。」
とカップルの男性がぼりぼりと頭を掻いた。
それを見て黒高が少し笑う。
「女性向けのファッションも扱っていますが、
ウエディングドレスは滅多にありません。
お客様は運が良いですね。」
黒高はそう言うとドレスのパッケージを取り、
近くのトルソーにそれを着せた。
「裾が長いタイプじゃないのね。」
そのドレスの裾は前は膝丈で後ろは長めだ。
「前から見ると活動的なイメージですが、
後ろはエレガントな印象になります。」
そして黒高がウエディングベールを取り出す。
「これもどちらかと言えば短めですね。肩の下ぐらいです。
裾に幾何学模様のレースが付いています。
花模様が多いウエディングにしては珍しいですが、
シャープな印象ですね。あなたにぴったりだ。」
女性は向こうが透けて見える薄い布を手に取り
うっとりと見た。
「綺麗……。」
その様子を男性は鼻の下を伸ばして見ている。
「菫ちゃんならどれでも似合うよ。」
「もう、イヤだわ。」
と口ではそう言いながらまんざらではない様子だ。
黒高はそれをにこにこと笑いながら見ている。
「それで結婚式はいつされるのですか?」
「それが来週なんですよ。」
「来週ですか、すぐですね。」
「だからドレス選びが大変で。」
菫と呼ばれた女性がため息をついた。
「でも来週なら式場は以前から押さえてあったのですか?」
式場が決めてあれば普通は衣装はそこで決めるだろう。
「いえ、本当に最近結婚を決めて、
この人がすぐに式を挙げるって言ったの。」
菫がちらと男性を見た。
「いつもはのんびりなのに今回は凄くせっかちで。
式もしなくていいと言ったのに。」
「だって女性には結婚式って大事だろ?
俺も菫ちゃんが綺麗なドレスを着ているのを見たいし。」
黒高が思わず声を出して笑った。
すると二人は赤くなり恥ずかしそうに彼を見た。
「す、すみません、なんだか……。」
男性が恥ずかしそうに言う。
「いえ、全然構いません、
何だかこちらも楽しくなりますよ。
どうでしょう、一度ご試着されては。
他の国では新郎は結婚式まで
ドレスを着た新婦を見てはいけないのですが、
ここは日本ですから。」
二人はにっこりと笑う。
「それほど難しい構造のドレスではないので、
ある程度ご自分で着られると思いますよ。
何かあればお呼び下さい。」
と黒高が菫を試着室に誘い、店内に戻って来た。
客の男性が少しばかり手持無沙汰にしている。
「よろしければどうぞ。」
と黒高が彼に椅子を勧めた。
「ああ、ありがとう。」
彼はにっこりと笑う。そして手を差し出した。
「俺は
黒高がその手を握り返す。
「いえ、構いませんよ。
たまたまドレスが来た時にいらっしゃったのも何かの縁ですよ。」
「そう言って頂けるとありがたいな。」
と小車は笑った。
「ところで式はどちらで挙げるのですか?」
「ああ、知り合いの店で身内みたいな奴らと
こじんまりと挙げるんだ。」
小車は少しばかり遠い目をする。
「本当に最近結婚を決めたから急なんだけど。
でも周りはみんな祝福してくれたよ。」
と彼が言った時に菫の声がする。
「失礼します。」
と黒高が立ち上がる。そして、
「僕が良いと言うまで一応目をつむっていて下さいね。」
黒高はにやりと笑いながら小車に言った。
小車は素直に目をつむる。
彼はどれぐらい目を閉じていただろうか。
大した時間ではないが、彼には長く感じた。
そして衣擦れの音がする。
「小車さん、どうぞ目を開けて下さい。」
小車は恐る恐る目を開ける。
するとそこには淡く白いドレスに身を包んだ菫がいた。
小車はしばらくぽかんと口を開けてそれを見ていた。
「……あの、どう?」
菫が小声で聞いた。
小車がごくりとつばを飲んだ。
「凄い……、なんて綺麗なんだ。」
菫の顔が真っ赤になった。
「輝くような美しさだ。
まるで天上からこの世に降り立った女神、
白さに全て包まれて幸せを一身に受ける……、」
小車が菫の手を持ちそこに跪いた。
黒高はそれをずっと見ている。
そしてそれに二人は気が付きはっとする。
「あ、その……、」
小車は恥ずかしそうに立ち上がった。
「まったく問題はありません。嬉しい景色ですよ。」
それを聞いて二人は恥ずかしそうだが嬉しそうに顔を合わせた。
「このドレス、なぜか私にぴったりなの。
小さくも大きくもないの。
着心地もすごく良いわ。」
「うん、菫ちゃんにとても似合ってるよ。」
菫は黒高を見た。
「あの、このドレスはどなたかが買われたものなのかしら。」
黒高は首を振る。
「いえ、今日届いた物なので
まだどなたもご覧になっていませんよ。」
菫は小車を見た。
「私はこのドレスを着たいわ。」
小車が頷く。
「そうだな。このドレスも今日ここに来たばかりのようだし、
何だか引き寄せられた気がするよ。」
菫が身支度を整えドレスをまとめている間、
黒高がアクセサリーや靴を出して来た。
これも全て満知が持って来たものだ。
「これもよろしければご覧になって下さい。
ご購入していただいても構いませんが、
ご自宅によく似たものがあればそれを付けて頂いても
良いと思いますよ。
ご参考までにどうぞ。」
並んでいるものはきらきらと良く輝いているが
値段はそれほどでもない。靴は真っ白のエナメルだった。
「キュービックジルコニアですよ。
土台もシルバーですから。
本物のダイヤは怖くて店には置けません。」
黒高が言うと二人は笑った。
そして菫と小車はドレス一式とアクセサリーと靴を購入した。
要するに満知が持って来た全てだ。
「かなりお手頃価格なのね。びっくりだわ。」
支払いの時に菫が言った。
「ここは持ち家なのでその分お安く出来るんですよ。」
黒高は笑った。
「本当にドレスが手に入って良かったわ、
結婚式はすぐだから。」
「ご主人は何を着られるのですか?」
「ああ、俺は知り合いからタキシードを借りる事になって。」
小車はちらと菫を見る。
「式はいいと言ったのにするとなったら、
菫ちゃんがレンタルじゃないドレスが欲しいと言ったんだ。
思い出なんだろうな。」
「そうよ、結構待たされたからこれぐらいは贅沢したいわ。」
「まあ式の費用は大々的にやるより少なくて済むし。」
他愛のない話だ。
「ところでどうしてうちの店に来られたのですか?」
菫と小車ははっとして顔を合わせる。
「その、どうしてかな、近くを車で走っていたら
何だか目について。」
「そうね、たまたまと言う感じかしら。」
二人は何となく狐につままれたような顔をしている。
黒高はにっこりと笑った。
「そうですか、そのような事もあるかもしれません。
お二人の門出をお祝い出来てこちらも嬉しいです。
どうぞまた縁があればお越しください。」
二人は大きな荷物を持って店を出て行った。
すると奥から白高が出て来た。
「なんだ、この前の撮影隊か。
ここの事はすっかり忘れているみたいだな。」
「そうだね。
多分撮影した映像も無くなっているだろうし、
仕事自体無くなっていると思うよ。
でもあの菫さんとウエディングドレスの話はしたんだ。
それは覚えていたんだな。」
「憶えていたと言うか、
お前が無意識にそれを擦り込んだんじゃないか。」
「そうかも。
買いに来てねって事かな。そんなつもりはなかったけどね。」
白高が扉を見る。
「まあ、あいつらもう何にも憑いていなかったな。」
「あの人達は閉じたからね。縁は切れた。
でも白が送った人は今何をしているのかな。」
「しらね。」
白高はそっけなく言う。
「なかなかしぶとい奴だったからな。
何の仕事か知らんけど、
今頃はかっけーオレ様に感謝してるはずだぞ。
然るべき場所に落とされてゴーモンされるよりよっぽどましだ。」
白高は偉そうに胸を張った。
黒高はそれを見て苦笑いをする。
「ところでさっき満知が来たんじゃないか?」
白高が周りの様子を見て言った。
「ん、まあ、配達に来た。」
「だよなあ。」
と言うと白高がにんまりと笑った。
「今度満知が来たら引き留めてくれよ。
オレ、あいつに会いたくて仕方がないんだよ。
ここのところずっと会ってないから
頭がバカになりそうなんだよ。」
「バカって何を言ってるんだよ。」
白高が自分の体をぐっと抱いてくねくねと体を動かした。
「オレ、あいつのことが好きで好きでたまらんのよ、
大好き、愛してる、あいつがいなきゃ世界が終わる。
あいつがオレの全て。」
黒高が少し引き気味で白高を見た。
「そんな変な顔をして見るなよ、
だってそうだから仕方ないだろ?
だから満知が来たら引き留めろよ。
オレの兄貴だろ?頼むよ、な。」
「兄貴って双子だろ、関係ないぞ。」
「そーだけどさ、」
その時、扉のベルが微かに鳴る。
白高は黒高を指さして彼の返事を待たずにバックヤードに消えた。
「こんにちは。」
そこにいたのは清楚な感じのする若い女性だ。
その手には白杖があった。
「いらっしゃいませ。」
女性は入って来るとにっこりと笑った。
「西村川さんですね。」
彼女はすぐに黒高の名を呼んだ。
もしかすると客ではないのかもしれないと思ったが、
知り合いでもない。
「
急にお伺いしました。」
「ああ、将五さん。」
女性は自分の杖を少し持ち上げた。
「私は目が不自由なのでこの店なら大丈夫と
将五さんから言われたんです。」
それを聞いて黒高が微笑んだ。
「信用頂けたようでありがたいです。
将五さん、
「先生ですか。べらんめえ口調ですけど先生なんて。」
女性はくすくすと笑い出した。
「でも気の良い先生ですよ。
さあ、今日はどのようなご用件でしょう。
店内をご案内しましょうか。
よろしければ手を引きましょう。」
「はい、お願いします。」
と彼女は差し出された黒高の手に軽く触れた。
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