Ms.クレイジーの日常
我妻夕希子
Ms.クレイジーの日常
AM5:00
ーーカチッ。
最近、この街に越して来たMs.クレイジーという女は、毎日この時間に目を醒ます。
真っ白なシルクの生地で製られたネグリジェを身に纏い、彼女はしなやかな脚をベッドから下ろした。
そして真っ先に向かう先は、窓辺の椅子に在る愛おしいダディの所。
Ms.クレイジーは「おはよう」と微笑みながら手慣れた手付きでダディに水をあげた。
ダディは嬉しそうに水を吸収していく。
「さぁ、ダディ…今日も陽射しを浴びてすくすく育つのよ」
窓をガタッと開け、Ms.クレイジーはダディに陽射しが浴びるよう微調整をした後、自分の着替えをするべくクローゼットへと踵を返した。
長い淡い茶色の髪を一つに括る。
そして、ブラウン調のクローゼットを開いて1着のワンピースを取り出した。
丸い襟に、ふわりとした感じを与える白いワンピースだ。
等身が映る鏡にワンピースを充てがうと、にこりと微笑んで見せる。
「今日も、ちゃんと可愛い」
それを呪文の様に何度も何度も繰り返している。
何度目かの呟きの後、Ms.クレイジーは、そのワンピースを身に纏う。
次に赤い生地に同じ赤い色のレースがあしらわれたサロンエプロンを腰に巻いた。
ーーくるり。と。
鏡の前で回る。
この流れが、Ms.クレイジーの朝の日課である。
AM7:00
ーーカチッ。
Ms.クレイジーの食事は至って簡易な物だった。
少し硬めのパンと野菜スープ。
この2つを毎朝の食事としている。
硬いパンを千切って、ゆっくりと咀嚼をする。
30回の咀嚼の後、野菜スープを口に含む。
優しい野菜の甘みが口に拡がった。
Ms.クレイジーは綺麗な姿勢、綺麗な所作で朝食を済ませた。
AM8:00
ーーカチッ。
食事が終わったら、Ms.クレイジーは食器を洗った。
次にする事は、簡単な掃除である。
窓という窓を開け、新鮮な朝の空気を招き入れる。
ハタキで埃を払って、箒で床を掃く。
手順良く掃除を済ませ、Ms.クレイジーは窓を閉めた。
AM9:00
ーーカチッ。
9時の鐘が鳴る。
「あら、大変」とMs.クレイジーは慌てながら、テーブルに置いていたカゴを手に取った。
そのカゴの中には、針用具が入っている。
ーそう、Ms.クレイジーは今から仕事に行くのだ。
Ms.クレイジーの仕事は所謂、針子というものだった。
ギィィとMs.クレイジーは軋むドアを開けた。
そしてダディに向けて微笑んだ後、「ダディ、行って来ます」と呟いてドアを閉めた。
*****
Ms.クレイジーの仕事場は自宅からそんなに離れてはいない。
道を歩く足取りは、ステップを踏むように軽やかで、周囲の人々を魅了した。
ーーMs.クレイジーという女は、実に不思議な魅力を持っていた。
AM10:00
ーーカチッ。
チッチッチッと刻まれる秒針の音を聴きながら、Ms.クレイジーは手慣れた手付きで針を上質な生地に通して縫い上げていく。
隣で仕事をしていたMs.モンドリーは、瞳を輝かせながら言った。
「凄いわ、魔法使いみたいね」
その言葉に、Ms.クレイジーは眉を下げて困ったような恥ずかしいような、そんな表情で微笑んだ。
AM11:00
ーーカチッ。
Ms.クレイジーの雇い主に客人がやって来た。
雇い主は街でも評判の良い仕立て屋だから、依頼をしにやってくる客は多い。
依頼が一件もない仕立て屋、より、断然良い。
少なくとも、クビになる心配は無いからだ。
Ms.クレイジーが黙々と仕事をしていると、腕をツンツンとされ、手を止めた。
「どうかした?Ms.モンドリー」
「あの方、Ms.クレイジーばかり見てるわ」
Ms.モンドリーはMs.クレイジーに耳打ちをしながら笑った。
チラッとMs.クレイジーは視線を向ける。
すると、シルクハットを被った紳士とパチリと眼が合った。
彼は直様、軽くハットを浮かせ会釈をする。
「……」
Ms.クレイジーも小さく会釈を返した。
その様子をニヤニヤと微笑ましそうに眺めているMs.モンドリーの姿があった。
ーー12:00
ボーン、ボーン。
お昼の鐘の音が鳴る。
それと同時に、先程まで針を動かしていた人々の動きが止まった。
そして、各々が何処までやったかを雇い主に報告しに立ち上がる。
Ms.クレイジーも同様に立ち上がると、自分が何処まで仕事をしたのかを雇い主に報告した。
報告を終えた者達は、各々のお昼の過ごし方を始めた。
ある人は持参のお弁当を同僚と食べ始め、ある人はバスケットを持って外へと出掛けて行った。
Ms.クレイジーも例外ではない。
報告を終えてバスケットを手に持った時、Ms.モンドリーに話し掛けられた。
「お昼一緒にどうかしら?」
Ms.モンドリーは持参のバスケットを軽く見せるとMs.クレイジーに微笑んだ。
「折角のお誘い、ありがとうございます」
Ms.クレイジーは少し眉を下げ申し訳無さそうに胸に手をあてると会釈をし、そして言葉を続けた。
「ごめんなさい。ちょっと所用がありますの」
「あら…そうなの?」
Ms.モンドリーは残念そうに眉を下げると、一礼してからお昼を食べに外へと出て行った。
連れる様に、Ms.クレイジーも外へと出て行く。
Ms.クレイジーの所用、それは一体なんなのだろうかーー
PM13:00
ーーカチッ。
お昼を済ませてみんなが帰ってきた。
Ms.クレイジーも、遅れる事なく戻って来ると自分の席に座った。
隣に座ったMs.モンドリーが、にこやかに笑いながらMs.クレイジーに可愛い柄で包まれたお菓子を差し出す。
「あまりにも美味しかったから、お持ち帰りをお願いしたの」
Ms.クレイジーにもあげたくて、とMs.モンドリーは言葉を続ける。
Ms.クレイジーは嬉しそうに微笑むと、ソレを受け取った。
「ありがとう、Ms.モンドリー」とお礼を伝えると周りをキョロキョロと見渡した。
そして、コッソリと包み紙を開けて、お菓子を視界に映す。
「まぁっ、丸くて可愛らしい形だわ」
Ms.クレイジーは、瞳をキラキラと輝かせると、Ms.モンドリーに耳打ちをする。
Ms.モンドリーは得意気に微笑むと「でしょでしょ?味も凄く美味しいのよ」と耳打ちを返して来た。
ーーMs.モンドリーは〝Ms.クレイジー〟には無い可愛らしさを持っていた。
PM14:00
ーーカチッ。
黙々とMs.クレイジーとMs.モンドリーは、針のお仕事を続けていた。
時折り、Ms.モンドリーがMs.クレイジーに話し掛けて、針の中断をしてしまうが、Ms.クレイジーは嫌がる顔を見せずに話し相手をしていた。
PM15:00
ーーカチッ。
ふと、Ms.クレイジーは時計に視線を向けた。
そして、縫い終わった代物を大事そうに抱えると、立ち上がり、雇い主の方へと向かって歩き出す。
「Mr.ジェイモンド、出来上がりましたので、コチラを」
大事そうに抱えていた代物を、雇い主であるMr.ジェイモンドに見せた。
Mr.ジェイモンドは、Ms.クレイジーから代物を受け取ると、瞳を細めながら、念入りに縫い目をチェックしている。
Mr.ジェイモンドの眉間には皺が寄る。
元来、Mr.ジェイモンドの表情というのは、お世辞にも柔らかいとは言い
ーー通常でさえ、ソレなのだから、代物を検品する際の険しい表情と言ったら、何とも形容の出来ない、少し怖い気持ちになるに違いない。
「うん。良い出来だね」
代物から目を外して、Mr.ジェイモンドはMs.クレイジーを見つめて軽く微笑んだ。
(あら、微笑んだ顔は可愛らしいわ)
Ms.クレイジーは、指を口許に充てがうと、クスリと微笑んだ。
その聖母の様な微笑みは、男女問わず魅了する魔性を帯びていたのかもしれない。
「Ms.クレイジー、今日の給金だよ」
そう言いながら、茶色い巾着をMs.クレイジーに渡す。
彼女は両手でソレを受け取ると、ワンピースの裾を摘んで感謝の意を込めて会釈をした。
「ありがとうございます」
ーー
というのが、この仕立て屋との契約内容であり、雇われている側の義務でもある。
では、1着を仕上げないと給金は貰えないのか?と疑問に思う人もいるだろう。
人間というのは生きて行く為には、お金はどうしても必要になっていくものである。
その日に働いた分の最低給金は支給されるようになっている。
この仕立て屋も例外ではないのであった。
だが、彼女ーーMs.クレイジーは、最終期日の半分くらいで1着を仕上げてしまう。
『凄いわ、魔法使いみたいね』
Ms.モンドリーの言葉が蘇る。
「Ms.クレイジー、次のをお願いしても構わないかな?」
コホンッ。と軽く咳払いをしながら、雇い主はお伺いを立ててきた。
「主よ。今日もお仕事がある喜びに感謝を」
胸元に手をあて、軽く膝を折って会釈をすると、Ms.クレイジーは雇い主から新しい生地を受け取って微笑んだ。
PM16:00
ーーカチッ。
みんなが手を止めて、少しざわつき始める。
この仕立て屋での〝今日のお仕事〟が終わりを告げたのだ。
Ms.クレイジーの横に座っていたMs.モンドリーも、いそいそと帰りの支度をしている。
彼女は嬉しそうに身支度を済ませると、Ms.クレイジーを見つめた。
「また明日ね、Ms.クレイジー」
軽く手を振ると、雇い主の方へ小走りで近寄って行った。
そして、ふんわりとしたワンピースの裾を摘みながらお辞儀をする。
「Mr.ジェイモンド、お疲れ様です」
「あぁ。Ms.モンドリー、気を付けて帰るんだよ」
そう返しながら、茶色い巾着をMs.モンドリーに渡す。
彼女は嬉しそうに笑うと「また明日」と言って、店を後にした。
Ms.クレイジーも、カゴに持参してきた針等をしまう。
(やっと帰れるわ)
ふぅ、と小さく息を吐くと、Ms.クレイジーは立ち上がった。
(帰りに夕ご飯の買い出しもしたいな)
ブツブツと次にやらなきゃいけない事を無意識に呟いているのだろう。
雇い主にお辞儀をしながら、Ms.クレイジーは職場を出たのだった。
PM17:00
ーーカチッ。
Ms.クレイジーは、仕事の帰りに商店へと来ていた。
商店とは野菜、パン、お肉、お花、果物、と色々な物が売られている場所である。
露店の店主達は、威勢よく声を出して接客をしている。
Ms.クレイジーも、その威勢の良さに引き寄せられた1人である。
赤い野菜、緑の野菜、黄色い野菜、と様々な色の野菜が並んでいる。
Ms.クレイジーは赤い野菜と緑の野菜を手に取ると新鮮の良さを吟味した。
そして小さく「これね」と呟く。
すると、店主が「ハハッ」と笑いながら彼女に近寄って来た。
「お嬢さんには毎回、敵わないよ!」
「ふふ、そんな事はないですよ」
クスクスと彼女は笑うと、手に持っていた野菜を店主に渡す。
「おまけだよ」と笑いながら店主は紙袋に黄色の野菜も入れた。
「ーーあら?」
店主と売買のやり取りをしている時、ぽつり。と、彼女の頭に雫が落ちた。
空を見上げると、先程までの晴天は消えてしまい、今在るのは薄暗く沈む曇天であった。
「こりゃ、雨が降るなぁ」
雨よりも先に、店主の困り声が溢れ落ちる。
「お嬢さん。気を付けて帰るんだよ」
「おじさんは、もう店仕舞いですか?」
チラリと店主を見上げて問い掛ける。
「もう少し、様子見をしてみるよ」
Ms.クレイジーに心配掛けない様に優しく微笑むと、頭をポンポンと撫でた。
「お風邪を引かないように」
そう伝えて、Ms.クレイジーは自宅へと歩き出す。
ぽつり、ぽつり。
ーー段々と雨雫が大粒に変わってきた。
ぽつり、から、サァーと次第に雨音も強くなっていく。
それに比例する様に彼女の歩く速度も、気持ち速くなっていくのであった。
(あぁ。これ以上、雨雫が大きくなったら、ダディが濡れちゃう)
カゴを持っていない方の手で、ワンピースの裾を摘む。
そうする事で、自分の足元を走り易くしたのだ。
Ms.クレイジーは〝形振り〟構わず、自宅へと走った。
ーはっ、はっ、はぁっ。
乱れた呼吸で肩を揺らしながら、雨雫でペッタリとくっ付いた前髪を指で払う。
自宅はもう直ぐそこであるーー。
*****
Ms.クレイジーが自宅に着いた頃には、小降りだった雨も大降りになっていた。
びしょ濡れなど、お構い無しで彼女はバタバタと足音を立てながら、彼女が今1番、大事に大事にしている〝ダディ〟の所へと向かった。
PM18:00
ーーカチッ。
「ダディ、ごめんなさい…濡れてしまったわね…」
Ms.クレイジーは、そう言うと今朝、陽射しを浴びさせる為に窓際へと置いたダディに近寄りながら
ギィ、バタンッ。
と、窓を閉めた。
バラバラッと、雨たちが窓を叩いて不規則なリズムを刻む。
「さぁ、濡れた箇所を拭きましょうね」
タオルを手に、Ms.クレイジーは、にこりと微笑んで見せた。
ゆっくり、ゆっくりと。
Ms.クレイジーは、ダディに近寄る。
そして、タオルで濡れてしまった箇所を優しく拭っている。
「今日ね、お仕事で褒められたのよ」とか「Ms.モンドリーがね、お菓子をくれたの」とか、彼女は、楽しそうに今日起きた事を〝ダディ〟に報告をした。
「あら?」
ふと、Ms.クレイジーはサイドテーブルに置かれている〝ある物〟へと目が行った。
その場所まで歩み寄ると、少し哀しそうに見下ろす。
ーーーゴロゴロ。
彼女の哀しみに同調する様に、雷が鳴き出した。
と、暫くして。
ピシャッッと斜めに落雷が走る。
落雷に伴い、雨で薄暗かった部屋に光が入る。
「…野菜も食べなきゃ駄目よ」
くるり。とMs.クレイジーは眉を下げながら微笑む。
ーーピシャァァッッッ!
また、雷が走った。
「ダディエール」
瞳を細めて笑う彼女の硝子玉に反映しているのはーー
〝ダディエール〟と呼ばれたモノの正体。
それは、1人の生きた人間であったのだ。
それも、まだ若い少年である。
その少年は、車輪が付いた椅子(ーー便宜上、車椅子と呼ぶ事にしよう)に座っていた。
どうやら、脚が不自由なのだろう。
ダディエールが、ガタガタと震えた。
「あぁ、怒ってはいないのよ?」
「勘違いしないで」とMs.クレイジーは優しく声を掛ける。
「お昼時間を一緒にってお誘いを断って、作りに帰ってきているのも、私ね?苦じゃないの」
話し掛けながら、彼女はダディエールに近寄ると、優しく頬に触れる。
外では、雨と雷のニ重奏が奏でられている。
ーーそう。
昼間、Ms.モンドリーからのお誘いを断った〝所用〟とは、ダディエールにお昼ご飯を作る為に自宅へ戻る事だったのだ。
ダディエールの口がぱくぱくと動いた。
「〝ご〟〝め〟〝ん〟〝な〟〝さ〟〝い〟?」
口の動きで彼が何を言いたいのか、彼女はクイズに答えるかの様に、首を傾げながら答え合わせをする。
すると彼はコクリと頷いた。
「ふふっ」と、針仕事をしているとは思えない程、綺麗な指で彼の唇をなぞる。
「夕ご飯にしましょう」
軽く抱き締め、背中をぽんぽんと叩いて離れた。
PM19:00
ーーカチッ。
Ms.クレイジーは、桶に水を張るとタオルを濡らし体を拭いていく。
平民が、湯を溜めて浸かる。という行為は中々に難しい事である。
パシャ。パシャ。
タオルを濡らしては拭いていくを繰り返して、Ms.クレイジーは、自分の〝罪〟を洗い流す様に、己を清めた。
水浴びを済ませたら、いよいよ夕飯を作りを始める。
*****
カチャン。と、Ms.クレイジーはダディエールの前に料理皿を置いた。
「さぁ、召し上がれ」
向かい合わせに座ると、彼女はにこりと微笑んだ。
今日の夕飯のメニューは野菜と少しのベーコンを焼いたモノと豆スープだ。
ダディエールは、ゆっくりと、フォークに野菜を刺して口に運ぶ。
ぱくり。と咀嚼する姿をMs.クレイジーは、うっとりと見つめた。
「…貴方のその口で」
ピタリッと口に運ぶフォークの手が止まる。
「独りぼっちだった私を〝可愛い〟って言ってくれた事を思い出したの」
ふふっ、と笑いながら、Ms.クレイジーは今朝と同様に綺麗な姿勢と所作で、夕ご飯を食べた。
「ねぇ」
「今日も私は〝ちゃんと〟可愛いかしら?」
真っ直ぐ見つめる瞳に彼を映して、Ms.クレイジーは問い掛けた。
「ーー可愛いよ」
彼女は少し俯くと口元を手で隠して、はにかむ。
脳裏で反芻する、彼からの〝
そして沈黙の中、2人はまた食事を再開した。
PM20:00
ーーカチッ。
夕飯を済ませ、Ms.クレイジーは食器を洗って片付けた。
「ダディ、そろそろ寝ましょうか」
タオルで手を拭きながらMs.クレイジーはダディエールに話し掛けた。
ダディエールは、ぼぅーっと虚ろな瞳で自分の脚を見ている。
「大丈夫、貴方の脚はーー」
その視線に気付くと、Ms.クレイジーはダディエールを抱き締めて、慰めの言葉を紡ごうとした。
だがーー。
「もう2度と動かない」
ーーそれは、ダディエールの言葉で遮られた。
「そんな事」
その次の言葉が出なかった。
理由は簡単である。
「僕の脚はもう動かない」
その言葉が真実だから。
だから、Ms.クレイジーは続きの言葉が出なかったのだ。
(ナニカヲシッテイル?)
親指の爪をギリッと噛みながら、ゆらゆらと瞳が狼狽する。
(いや、そんな筈はない。何故なら、あの事故はーー)
「今日も僕を窓辺に置いてくれないか」
虚ろな瞳に、狼狽している彼女を映して、ダディエールは微かに笑う。
Ms.クレイジーは、少し躊躇いながらも言われた通りにダディエールを窓辺に移動させた。
「……」
「ダディ」
後ろから緩やかなに首筋へと腕を回す。
そっと、首筋に顔を埋める。
ひんやりと冷たいダディエールの体。
(いいえ、大丈夫だわ。ダディは何も知らない)
ーーゴロゴロ。
(だって、あの事故は、私が雇った)
ーーピシャァァァ!!
ゴロゴロ…。
(ならず者に起こさせたモノだもの)
(だから、私が犯人だなんて、誰も思わない)
雷の光で反射した窓硝子に、ダディエールが細く笑む姿が映る。
その微笑みは、まるで。
まるで、Ms.クレイジーの罪を知っているかの様に感じさせた。
その微笑みを、Ms.クレイジーは
首筋に顔を埋めたまま、Ms.クレイジーは愛おしいダディエールの感触に陶酔した。
この少年は、Ms.クレイジーの世話無しでは生きていけない。
そう思えば思うほど、Ms.クレイジーの何とも言えない感情が疼くのであった。
****
ダディエールの肩に毛布を掛けてやると、Ms.クレイジーは微笑んだ。
「おやすみなさい」
そう言うと、Ms.クレイジーはダディエールの額に軽くキスをした。
ダディエールは返事を返さない。
それが通常通りなのか、気にも止めずに、Ms.クレイジーは灯りをフッと消すと、踵を返して部屋を出た。
独りになった一室で、ダディエールは窓辺に肘を付いて呟く。
「僕に気付かれてないと思ってるんだよね?」
ーーくすり。とダディエールは笑った。
それと同時に、ダディエールの雰囲気がガラリと変わった。
感覚の無い脚を撫でて更に口許を歪ませる。
(ーー気付いてるよ、僕は気付いてる!何故なら、こうなる様に仕向けたのは、この僕なのだから!)
笑いを堪えながら、ダディエールは髪を掻き上げた。
「嗚呼。
そのまま、背もたれに背を預けると、天井を見つめる。
未だ止む事の無い雨音を、まるでクラシックの音色を鑑賞しているかのように、ダディは時折り人差しでトン・トン・トン、とリズムを刻む。
其処にはーー
ーー己の奥底で燻る罪悪の余韻ーー
コレも含まれているのかもしれない。
さぁ。また〝明日〟を迎えようか。
PM21:00
ーーカチッ。
Ms.クレイジーの日常
.
Ms.クレイジーの日常 我妻夕希子 @kiko0224
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