第4話 高校一年 紅黄のボイパ実演編

 紅黄が口周りのマッサージを終えると、

紅黄「じゃあやるからな」

緑斗「おう」

 ボイパの実演が始まろうとしたその瞬間、辺りの雰囲気ふんいきが変わったような気がした。

緑斗(なんだ?これ・・・。なんというか、空間自体が緊張感であふれている感覚で、うまく呼吸ができていないような気がする。)

 こうして始まるボイパの実演。

緑斗(1番初めの息を歯にかけてスゥーッと吐く音で、一瞬で完璧に秋間の世界に引き摺り込まれた。すごい。)

 そこから先は紅黄の独壇場どくだんじょうで、何をするにも、どんな音が口から出ていても、そのすべてが紅黄の作り出す音楽の雰囲気に溶けている。

緑斗(ボイパがラップみたいなものだと思ってからずっと、ボイパは激しい曲調のものばかりなのだろうという偏見があったけど、前言撤回だ。なんというか秋間のは、おしゃれで少しかっこいい・・・?)

 おしゃれだと思ったその時、すでにサビ前の盛り上げが完了していた。次の瞬間・・・。

 今までおしゃれだった曲調がすべてかき消されるほどの重低音じゅうていおん

さっきは柔らかい音だったバスドラム「ぶ」とスネア「ぷ」の音圧おんあつも格段に上がり、曲の雰囲気がガラッと変わった。

緑斗(急になんだ?!今まで落ち着くビートだと思っていたのに、勝手に体が上下に揺れるような爆音、それでいてリズムが一切崩れていない!)

 無我夢中むがむちゅうで頭を振っていると気づけば重低音は消え、さっきまでのオシャレなビートに戻っていた。しかし、それと今とでは少し違いがあった。

 さっきまではオシャレなビートの時は柔らかい音のバスドラムとスネアを使っていたが、今はサビの時に使った音圧のある音を採用している上に、「つ」という歯に息を当てて出すシンバルのような音が、サビ前よりも間隔が短く入っている。

これらにより、オシャレというより、カッコいい寄りのビートになっている。

 そして次の瞬間、またも衝撃が起きた。

緑斗(ハミングしながら・・・ビートを刻んでいる?!)

 そう、鼻で音程おんていをとりながら、口でリズムをとるCメロに入ったのだ。

さっきまでの、オシャレ、かっこいいなどを若干じゃっかん残しつつ、メロディを奏でて新しく独特な雰囲気を作り上げている。

と思えば、さっきサビ前にあったような盛り上げに入る。

しかし、さっきの盛り上げは単純にスネアの入る間隔を短くする盛り上げだったが、今回の盛り上げは話が違う。

 何かというと、ハミングしながらビートを刻むという方針は変わらず、しかもさっきのようにスネアを打つ間隔を短くはせず、ただ同じようなメロディラインをなぞって、同じようなビートを刻む。

 そして、サビに入る直前に2拍ほど置いてから重低音というこれまたシンプルな盛り上げだった。

しかし、1回目のサビと比べると、1回目のサビだと、ここが盛り上げだとわかりやすいので、サビのための心の準備ができるから良かったが、今回の場合、サビが急にくるために、準備ができていないぶん衝撃が大きくて、サビの攻撃力が増すという効果がある。

緑斗(は、気付けばもう秋間のボイパ終わってた・・・)

緑斗「え、うますぎじゃね?!」

紅黄「そ、そうか?ありがとう・・・」

 紅黄本人は今回の実演が納得いかなかった様子。しかし・・・

緑斗「俺、ボイパー目指すわ。」

 緑斗にとって、好きなことを新たに作り出すには十分すぎるくらいの実演だった。

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