第20話 S+ランク(笑)さん

 「ユイ⋯⋯」


 「少しのご辛抱を⋯⋯すぐに終わらせます」


 唯華のガチギレした姿は富川家を潰された日以来だった。


 「ちがっ」


 違うんだ。そうじゃない。


 唯華が本気で戦ったら周りに被害が出る。


 俺は知ったんだ。ここにいるモンスター達は全員、俺に助けを求めている。


 理由はどうであれ、助けを求められているのに助けないのは貴族の誇りを捨てたと同義だ。


 そこまでま腐ってない。


 ⋯⋯それに、きっとここのモンスターは全員人間だ。人を殺して欲しくない。


 「来い!」


 物陰に潜ませていたのだろう。狼のようなモンスターを呼び出した。


 「僕はモンスターを強制的に操れる【強制指示】があるんだ。人間には効果は薄いがね」


 つまり、それらの狼は純粋なモンスターって事だろうか。


 「奴を喰らえ!」


 「獣が、私の前に立つな」


 それは一瞬だった。ほんの一瞬、唯華のスカートが揺れ動いた。


 それだけの変化しか見れなかった。⋯⋯だと言うのに、モンスターが切り裂かれた。


 「な、んだその強さは。⋯⋯眠れ! 【熟睡誘発】」


 俺を眠らせたアビリティか。


 睡眠を誘発する⋯⋯精神攻撃に含まれそうだな。


 だったら⋯⋯。


 「私にその手の攻撃は効きません」


 唯華の【守護神ガーディアン】は精神攻撃を無効化する。


 「そんなっ」


 奴のアビリティが全て出揃った。攻撃的なアビリティはゼロ。


 それは唯華も一緒だけど⋯⋯スペックが大きく違う。


 「⋯⋯そうだ。止まれ! それ以上近づくとコイツらを殺すぞ!」


 「⋯⋯いやっ」


 「ミーシャさんっ!」


 人質を取った。


 対する唯華の足の速度は変わらない。


 ゆっくりと、じっくりと、ベルギーレを恐怖のどん底に陥れるために威圧しながら進む。


 「待って⋯⋯ユイ」


 「⋯⋯」


 ダメだ。唯華に俺の声が届いてない。


 唯華は他人に興味が無い。ミーシャさんや他の子供達が殺されようともモンスターに変えられても意に介さないだろう。


 「⋯⋯待って。その子に恩義がある。だから止まって!」


 「⋯⋯」


 唯華は止まらない。


 「そのままでは富川の名を傷つける行為になる!」


 「ッ!」


 ようやく唯華に声が届き、足を止めた。


 唯華は基本他人に興味は無い。だが、富川家と関わりがあれば少しは関心が向く。


 「⋯⋯ですがっ」


 「待つんだユイ」


 このままでは逃げられてしまう。


 俺は貴族として、ここのモンスターと子供達を助け出す。


 ミーシャさんは先程の解析の電撃で身体的ダメージが大きい。


 回復させたい。


 「⋯⋯そうだ。そのまま大人しくして⋯⋯」


 響くのは銃声だった。


 「がああああ!」


 ベルギーレの悲鳴。肩を銃創が貫いたのだ。


 「お前⋯⋯おと⋯⋯」


 「ユイ!」


 「御意」


 唯華は全力を出して子供達を救出した。


 「【少女変身フィーユ】!」


 ゼラモードだ。


 「かぐ⋯⋯ゼラ様!」


 唯華から投げ渡される鞭を受け取り、心を鬼にして子供達を軽く叩いた。


 この姿の攻撃は全て癒しとなる。


 「なにこれ⋯⋯気持ちいい」


 「ミーシャさん、それは痛みが気持ちいい訳ではなくてダメージが癒されているから気持ちいいの、分かるわね?」


 「う、うん」


 「良し!」


 心のケアをしなくては。同類をこんなところで生む訳にはいかない。


 「なんだと。男、だったのか」


 ベルギーレは頭を抱えて項垂れる。


 「男、だったのか」


 「いつまでやってんだよ!」


 「⋯⋯ここは捨てるしかない。⋯⋯くたばるが良い!」


 遠くから何かが開く音が聞こえた。解錠される音。


 鉄を打ち砕く轟音が響いて、様々な足音が聞こえる。


 「さぁ、喰らえ! 傑作のAランクモンスター達だ!」


 「強さには知性がいるって言ってたな」


 唯華が戦闘態勢に入ったが、俺は前に出た。


 あまり動けなかったが、自分を殴って回復した。


 美女に叩かれるのは好きだが自分で殴るのは別。普通に痛かった。


 「ゼラ様!」


 「大丈夫だ⋯⋯このゼラ⋯⋯いいえ、富川の名に誓ったわ。アンタ達はこのゼラの配下よ。頭が高いわ!」


 襲い来るモンスター達に鞭を振るった。


 「そのような攻撃は通じんぞ」


 「ゼラの攻撃は誰にも通じないわよ。ダメージはマイナスだもの」


 傷を癒したモンスター達。彼らは全てを理解する。


 「君達の願い感じ取れた。助けるわ。だから、心を許しなさい」


 モンスター達全員にゼラの名前が刻まれる。


 すぐさま管理世界へと送還する。


 「な、何をした!」


 「これで全部かしら?」


 「⋯⋯はっ! 皆、檻にいたモンスター達を全部解放するよ!」


 ミーシャさんが子供達に言って聞かせる。だけど誰もが足を動かせない。


 恐怖に打ち勝つのは簡単じゃないんだ。子供なら尚更。


 「大丈夫。私達を助けに来てくれたんだ。だから、私達にできる事をしよう! 大丈夫、私達は助かるんだ!」


 希望を全面に出して子供達を先導して離れて行った。


 「⋯⋯そうか」


 まだ、モンスターはいるんだな。


 「そんな、バカな」


 ベルギーレは膝を折った。


 自分の築き上げた物がドンドンと崩れて行く。どれだけの絶望だろうか。


 「お前は愚か者よ。どんな生物にも知性はある。皆懸命に生きているの。個々の感情があるの。お前はそれを捻じ曲げて作り替えた。その代償よ!」


 「僕の、僕の、うぅ」


 情けなく涙を流す。


 解放されたモンスター達は全員俺の方に向かって来る。唯華は動かない。


 もう分かっているのだろう。


 「気づなかった。接するまで分からないままだったでしょうね。アンタ達が助けを求めている事に。全員、このゼラ様が救ってあげる。全身全霊で感謝しなさい」


 歓迎の挨拶にしては酷いかもしれないが、効率を考えて鞭打ちで回復させて仲間にする。


 「静華ちゃん!」


 ミーシャが両手で抱えているのはグリフォンの子供。山目さんである。


 弱々しく、俺に助けを求める眼差しを向ける。


 「大丈夫よ」


 優しく撫でる。安心したのか、目を閉じた。


 「あっ」


 「安心しなさい。生きてるわ」


 ゼラの名前が身体に浮かび上がる。送還した。


 「それとミーシャさん」


 「え?」


 俺はミーシャさんの顎をクイッと上げて、顔を近づける。


 鼻と鼻がぶつかり合いそうな程に近い距離。喋るだけでも吐息がかかりそうな至近距離。


 「今はゼラニウム。ゼラよ。間違えないでね」


 「⋯⋯は、はい」


 おっとりとした、柔らかい瞳が気になったが項垂れるベルギーレに視線を戻す。


 念のため、静華モードに戻る。


 「⋯⋯輝夜様、帰ったらアレを私にも」


 「しない」


 「⋯⋯でしたら」


 「しない」


 「⋯⋯しょぼん」


 ベルギーレは一通り泣き言を吐いた後にゆらゆらと立ち上がった。


 全ての実験が無に返された。戦う力も残ってない。


 ⋯⋯戦えないからこそ、このような事をしたのかもしれないが。


 「これは運が招いた結果じゃない。アナタの行いが招いた結果。理解すると良い」


 「はは。まさか、こんな事になるなんて」


 「あの子達は元の生活に戻れないかもしれない。そうなった場合は僕が面倒を見る」


 「それを僕に言ってどうしろと?」


 「どうもしないさ」


 俺はきちんと言うべきだと判断して伝えた。


 「もう終わりでしょう。この酸素を無駄遣いする生ゴミを処理します」


 「止めろ。君が手を汚す必要は無い」


 「⋯⋯ですが」


 「もう終わった事だ。目くじらを立てるな」


 俺の言葉に、肩を揺らして笑い出すベルギーレ。


 おかしかった頭が壊れたらしい。


 「ククク。ははははははは!」


 「この不愉快オーラ撒き散らし腐敗物、壊れましたね」


 「そう⋯⋯警戒しろ」


 「⋯⋯下ですか」


 「はははは! 終わりだ。全て終わらせてやろう。この狂った日本を!」


 床から出て来たのは、巨大なタコだった。⋯⋯足の本数はイカか。


 でも見た目はタコに近い⋯⋯ああ、ややこしい。


 「S+ランクのモンスター、クラーケン! 様々なモンスターを配合する事で完成させた最高傑作! 唯一の欠点は賢くない事⋯⋯でも丁度良い。無垢の方が都合が良いのでな! 殺れ、クラーケン!」


 タコの触手が俺に伸びる。それには間違いなく殺意が込められている。


 「触手プレイは、輝夜様が私に対してのみ許されるのだ!」


 「僕に触手は出せないよ! 後、個人的には逆が良い!」


 「静華ちゃん⋯⋯」


 「ミーシャさん、今の冗談だ気にしないでくれ。そして考えないで欲しい。後は忘れて欲しい」


 触手を包丁で切断する唯華。


 「【換装】刺身包丁」


 刀身が長めの刺身包丁を取り出してクラーケンに猛進する。


 迫る触手。


 「くだらない」


 唯華はそれを事もなしげに切断した。


 「無駄だ!」


 切られた瞬間に再生し、唯華を捉えた。


 「超再生能力! クラーケンを殺す事はできん!」


 さらに、口の部分から炎と水が混ざったブレスが放たれる。


 その破壊力は絶大。唯華も喰らえば一溜りも無い。


 「無駄なのはそちらですね」


 唯華は力技で拘束から脱して、ブレスを回避した。


 「なんだと! クラーケンの力は⋯⋯S+ランクなんだぞ! そんなの⋯⋯Sランクレベルの能力者じゃないと⋯⋯お前は、それ程までと言うのか」


 「いいえ。これは産まれながらに備わっている、ただの怪力です。多分」


 唯華は閃光のような斬撃でクラーケンを滅多切りにした。


 それでも再生しようとするクラーケンは確かに、尋常ではない。


 「はむ」


 「なっ!」


 「ユイ! 何してんだ!」


 唯華は何と、再生を始めたクラーケンの肉を食ったのだ。


 「不味い」


 「吐け! 今すぐ吐け! 死ぬぞ!」


 「倒すにはこれが効果的ですので」


 唯華は再生が止まるまで、クラーケンを食いやがった。


 「そんなっ」


 俺は絶望感に押しつぶされ、腰が抜けた。


 唯華の今後を考えるだけで、生きる希望が見えなくなる。


 「は。はは。バカめ。モンスターの肉を生で食らうとは。死ぬだけだ!」


 クラーケンの再生は止まり、朽ち果てた。


 唯華はその場に立ち尽くしていた。一歩も動いていない。


 「ユイ⋯⋯そんな⋯⋯なんで、なんでそこまでするんだよ。ユイが居ないと、どうしたら良いか分かんないだろ」


 「⋯⋯私、死んだ事にされてます?」


 「「え?」」


 唯華は平然と、俺の方に振り返った。先程の発言が気まづいのか頬をカリカリとかいている。


 「なん、で?」


 「なんでと言われましても。私は昔からモンスターの肉を普通に食べられる体質ですよ。⋯⋯まぁ、生肉はその後腹を痛めるのですが」


 「あ、ありえん。そんなの、人間では無い」


 唯華は無事だった。⋯⋯てか、昔から生でも平気だった?


 「あっ」


 昔、キッチンの肉を盗み食いしていた時期があった。食事が用意されなかったから。


 その時に処置されてないモンスターの肉を食ったらしい。でも唯華は無事だ。


 それも【守護神】の力なのか?


 「なんであれ、無事で良かった」


 「はい。私は貴方様をお護りする限り、この命は朽ち果てませんよ。⋯⋯ただ、この後は腹痛に苦しみますが」


 「ありえん。そんなの、あって良いはずがない。それではまるで、モンスターでは無いか。化け物では無いか! ⋯⋯僕の目指した完成品では無いか」


 唯華は戦意喪失したベルギーレに包丁を掲げる。


 「止めろ!」


 「お優しいですね。⋯⋯ですが、私には我慢ならないのですよ。コレが。一撃で終わらせますので苦しみは与えません」


 唯華は包丁を振り下ろした。


 カキンっと包丁に何か硬い物が当たる。それは光の壁だった。


 「なんのマネですか」


 唯華が強い殺気をぶつける相手、それはアマテラスの聖女だった。


 「なん、で」


 「先程の炎と水が見えたので⋯⋯メイドさん、その方はアマテラス様を信仰する方々に手を出しました。天罰を下すべき相手、どうかお譲り下さい」


 「嫌だと、言ったら? こいつは私の全てを奪ったんだぞ?」


 「そちらの方は、わたくしの意見に賛成のようですよ」


 唯華は俺の方を見る。


 俺は微かに顔を縦に振る。


 唯華に手を汚して欲しくない。その一心で。


 「⋯⋯分かりました。ここは下がってやろう。だが勘違いするな。お前の指示に従った訳じゃない」


 唯華も俺もアマテラスを嫌っている。お門違いだとしても。


 「感謝します」


 聖女はベルギーレの前に降りた。


 「貴方に更生の余地はございません。人体実験など禁忌。外法に手を染めた者は罰を受けるのです。ただし、神は寛大です。苦しみを与えません。この世に別れを告げなさい。懺悔を聞き入れましょう」


 「僕は⋯⋯」


 ベルギーレは受け入れ難い現実に目を背けていた。


 最高傑作が瞬殺され、食われたのだから仕方ないだろう。


 「ベルギーレ、過去を打ち明けろ。せめて、僕はそれを覚えていよう」


 「かぐ⋯⋯静華様?」


 「どうしてこんな外道に堕ちたのか、その理由が知りたい」


 ベルギーレに助かる道は無い。アマテラスが死刑と決めたなら決定だ。


 それに⋯⋯こいつの行いを考えれば優しい方だろう。


 「⋯⋯僕は、この世界が嫌いだ」


 「それが懺悔ですか?」


 「少し待ってやって欲しい」


 聖女は静かに耳を傾けた。話の分かる奴だ。


 「僕には妻がいたんだ。大切な妻が。僕と違って優秀なアビリティを持ってモンスターにも怖気づかない気高き人だった。⋯⋯でも、その強さを認められて貴族地区に連れていかれたんだ」


 スカウトでも無く、連れていかれたのか。


 純粋な戦力増強か、貧民に力を与えたくなかったのか。


 理由は分からないが、平和的じゃないのは確かだな。


 「貧しい中、ただ仲良く暮らしていただけなのに、どうしてこんな目に遭わないとならないのか、分からない。でも確かなのか、格差の原因を無くせばこんな事にはならない。僕以外の他の被害者も生まなくて済む」


 「殺めた子供達についてはどう思ってる?」


 「モンスターに生まれ変わらせてしまったが死んでは無いよ。人間としては死んでいるがね。⋯⋯すまないと思っている。本心だ」


 俺はそれを嘘だとは思えなかった。


 コイツがもっと違う方法を選んでいたら、友達になれたかもしれない。


 だから残念だ。


 「諦めたら、女神は微笑まないんだよ」


 「懺悔は終わりましたか? それでは、アマテラス様の名の下に天罰を与えます。神は心の広い方々。きっと、貴方の祈りは届くでしょう。過ちを悔い改めなさい」


 聖女の言葉と同時に、ベルギーレは神々しい光に包み込まれた。


 苦しみも痛みも与えず、塵一つ残さず消滅した。


 「潔いのは、立派な人間の証拠だ。あの世で反省してくれ」


 「帰りましょう。この場はアマテラスが収めるでしょうから」


 「うん。そうだね」


 俺はミーシャさんに家の住所を伝えてから、唯華に抱えられて帰還した。


 聖女はそんな俺達に構う事無く、散って行ったベルギーレに祈りを捧げていた。







◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます


お話がごちゃごちゃになりました。悔しい限り⋯⋯

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