第19話 運で決まる能力社会
トコトコと付いて行く。
移動する度に目にする牢屋には歪なモンスター達が収容されており、その全てが俺の方を見ていた気がした。
「⋯⋯先頭の二人は中々に冷静だね」
俺とミーシャさんの事を言っているらしい。
こんな状況なら普通は怯える。それが女の子として子供として⋯⋯いや、人間として普通だろう。
だからこそ俺は冷静にならないといけないのだ。
自分の恐怖心を押さえ込んで冷静に状況を把握してないといけない。
この子達を守れるのは現状俺だけなのだから。
元貴族としての責務を全うする。
「怖いよ。でも怖がっても状況は変わらない。抵抗して殺されるのはごめんだ」
「う〜ん。実に僕好みだ。僕は気高く強い女子が好きなのだよ」
「キモイな」
「ふふ。褒めるなよ」
「褒めてない」
どことなく同類の臭いを感じる。
まぁ、だけどコイツの根本は違うけどな。
「一体ここで何をしている?」
「質問できる立場かね?」
「恐怖を紛らわせるには良いだろ? だから言葉を選んで欲しい」
ミーシャさんは俺の行動に驚いてオドオドしている。
それは純粋に俺への心配から来る動きである。
「ふむ。そうだな。まずは自己紹介と行こうか。僕はベルギーレ、この世を憎みバランスを正す革命者だ」
「大それた事を言う」
「事実そうなのだよ。君らは知る事は無い、世界の闇だからね」
コイツの過去には何かありそうだな。そう感じさせる。
長い廊下である。モンスターを捕らえている牢屋ばかりなので薄気味悪い。
獣臭だけではなくアンモニア臭もする。排泄物もそのまま放置されている可能性がある。
劣悪な環境からモンスターは逃げて来たのか⋯⋯こんな扱いをされたら人間を憎むだろ。
なのに俺に向けて来た目は⋯⋯。
考え事の海の潜る前に風景はガラリと変わる。
怪しげな実験室、そう言えば分かりやすいかもしれない。
人一人が入れそうなカプセルが複数個用意されている。
「うっ」「いやあああ!」「何よあれ!」
目を背けたくなる、箱が存在した。
はみ出ているのは人のモノ⋯⋯一人の少女だったと思われる肉塊だ。
どうして人だと思うのか⋯⋯床に転がる頭蓋骨と長い髪の毛から判断できる。
大きめの箱からはみ出るくらいにある肉塊⋯⋯それは少女一人分では到底辿り着けない。
生臭い錆びた鉄の臭いと吐き気を催す苦い空気。
一体どれ程の犠牲があったと言うのか。
「君なら察していると思うが僕がしている事はキメラの研究だ。僕のアビリティ【合成創造】と【分解解析】を使ってね」
「どうしてそんな事をする必要がある」
「それを知ったら恐怖が増すだけだ。だからこれ以上は言えない。できれば長く生きてくれよ、まずは君からだ」
「⋯⋯いや、離して!」
ミーシャさんの腕を引っ張って一つのカプセルに強制的に入れられる。
見る事しかできない不甲斐なさに押し潰されそうだ。
「いや、怖い! 嫌だよ!」
「冷静だったがここまで来ると限界か⋯⋯すぐに終わる。⋯⋯多少は痛いがな」
「え⋯⋯あああああああああ!」
この世のモノとは思えない叫びが研究室を覆い尽くした。
ミーシャさんを包み込んだのは青い電気である。
「あ、ああ」
幼き身体では一撃でも絶命レベルな電撃を浴び、意識をギリギリで繋ぎ止めたミーシャさん。
「う〜む。適合するモンスターがいないか? もう少し分析が必要か。壊れないと良いんだがなぁ」
「待て!」
「なんだね⋯⋯友達が苦しむ姿は見ていられないか? だが」
「変わる」
「何?」
「僕が変わりにやるから、その子を休ませてやってくれ。このままじゃ死んじゃう!」
「⋯⋯」
ベルギーレは考える。ミーシャを下から上へと眺め、そして俺を見る。
俺の眼差しから強い決意を感じ取ったのか、了承してくれた。
自らミーシャさんの元に行き、機械から引き剥がして自主的に中に入る。
「協力的なのはありがたい」
「苦しませたくないだけだ」
乾いた、作り笑顔のような笑みを浮かべるベルギーレ。
その顔はまるで⋯⋯。
「悪魔だな」
「この世に善な存在は皆無よ。そう思えるのは幻想を抱き理想と現実の境目が曖昧な者のみ」
「案外いるかもしれないぞ。神を盲信し自分達が正しいと思い込んでいる連中が」
「視点を変えれば悪よ。己が善と思っても周囲から見たら悪だ」
「共感する」
ベルギーレが機械を操作して俺にも電気を流す。
かなりの電圧だろう。
「なぁ、ここでゲームをしないか」
「ん?」
「僕が耐えて、意識がはっきりしていたら、質問に応える⋯⋯どう? 呑み込むなら僕は一切の抵抗をしないと約束するよ」
「約束を守るようには見えないが?」
「僕は偽善者だ。周りから善人に見えるような行動をする」
「まるで貴族だな。良かろう」
操作され、俺に青い電撃が与えられる。
「ああああああああああああ!」
想像を絶する痛みが全身を駆け巡る。冬にある静電気とは比べ物にならない。
脳が沸騰して破裂しそうだ。腕や足の感覚が失われて行く。
じゅわぁっと下部から流れる生暖かい液体が太ももから爪先へと流れて行く。
鼻を突き抜けるようなアンモニア臭を感じれない程の痛みを脳は受け入れていた。
「あ、ああ」
焦げ臭い。そして未だに残る痛み。遠のいて真っ白になる頭。
「ふむ。お主は人間か? こんな分析結果は初めてよ」
「⋯⋯」
「ゲームは成立しなかった。残念だ」
「⋯⋯し、質問」
耐えた。
中身は男だ。これでも二十歳近い年齢なんだよ。
ミーシャさんも苦しんだ。俺が耐えずして何が元貴族か。
「質問、お前のこれまでの経験を話せ」
「中々に良い質問だ。それに僕が答えれば、良かったかもしれんな」
「答えるだろ。お前は会話が好きなようだし」
ケーブルに吊るされているため、俺はベルギーレを見下ろす形となっている。
奴は一瞬、キョトンしたが可笑しそうに笑った。心の底から楽しんでいるような、顔だった。
「良かろう。僕が今までにして来た事は単純、キメラの作成だ。それも飛び切り強く、Sランクに相当するモンスターを」
「どうして」
「質問の回数設定はしてなかったな。ルールが甘かった弊害か。まぁ良い。今の世の中は完全な能力社会。そこには経験も技術も関係なく、産まれた時の運によって優劣が決まる。⋯⋯経験や技術でのし上がる事も可能だが、根本は運だ」
納得できる。今はアビリティと言う超常現象を起こせる力が人間に備わっている。
それがどのようにしてできているのか、法則性などは分かっていない。
ベルギーレの言うように完全な運なのだ。
「Sランクのモンスターは化け物が多い。それに対抗できるのもまたS相当。それらは全員宮殿へ行き天皇の庇護下で生活できる。誰よりも贅沢な環境で!」
「それで?」
「理不尽だとは思わないか。運によってたまたま手に入れた力で頂点に君臨する事が。強いモンスターには強い能力者が必要だ。だが、被害がでなければ動いてはくれない」
「それはどんな時代でも似たようなモノだと思うぞ。リスクを事前に察知して取り除く事なんて、誰にもできやしない」
例え預言者が存在しても、全ての問題を取り除く事はできないのだ。
「そう。だから僕はモンスターを狩るモンスターを作る事に決めたんだよ。化け物には化け物を。簡単な論理だ。強いモンスターを作って地上に放ちモンスターを駆逐して貰う」
「それで、どうして女の子を攫う必要がある」
「モンスターを作るのは難しくてね。母から子が産まれるように母体が必要だったんだ。だから女の身体が必要だった。未熟な身体を中心に集めたのは穢れが無くモンスターを孕むには適切な身体だったからだ」
「清楚系を集めた理由もそこにあるのか?」
「それは純粋な趣味だ」
クソロリコンめ。
キメラを作るための母体ならモンスターの方が適しているだろうが。
なんでわざわざ人間じゃないとダメなんだよ。
大体、未熟な身体だからこそ危険な事⋯⋯。
そこで俺は牢屋にいたグリフォン、山目さんを思い出した。
「人間の脳を移植⋯⋯」
「おぉ。分かったか。モンスターはあまり賢くない。だから賢い人間の脳を使う事にした。子供は成長に伴い様々な知識を蓄えやすい。キメラの脳には適していると思わないかね?」
「⋯⋯ゲスが。お前は何人の人間を怪物に変えてきたんだ!」
「数えるなんて無意味だよ。モンスターを滅ぼせるモンスターを作るには何百と言う試行錯誤が必要だからね。それに、モンスターを滅ぼした暁にはそれらの子は英雄として崇められるでは無いか」
恍惚とした表情を浮かべた。
モンスターを滅ぼすには力が必要だ。力を持つ者は裕福な生活を約束され戦わなくなる。
だがそれに誰もが逆らえない。運によって決まる絶対的な格差社会。
それを変えるために強力なモンスターが必要と感じて作るの事を決意した男。
強いモンスターを作るには胎児からじゃないと無理らしい。その母体として人間を選んだ。
それは産んだ後に脳を使うための再利用の素材としての理由も込められていた。
強いモンスターは賢くなければならない。己が役目を理解して倒すべき敵を滅するために。
だから人間の脳を移植する。
それでは、人間をモンスターに変えているのと一緒だ。
「誰もが平和に暮らせる世界。誰もが運によって格差を与えられない世界。それを実現するためには守り神が必要なんだよ。理解できるだろ?」
「理解できないね。僕は全く理解できない。力ある者が力無き者を護る。それが⋯⋯」
「本当に君は偽善者なんだね。そんな綺麗事が通じないから、貴族だの貧民だの格差があるのだよ。金銭や功績ではなく、アビリティと言う絶対的な運によって」
「ああああああああああああああああ!」
再び流される電気。同時に流れ込んで来るモノがあった。
それは同じように研究に使われたモンスターや女の子達の悲しみと怒り。
それでようやく分かった。
襲って来たモンスター達に向けられた今までにない視線の正体が。
理由は分からない。もしかしたら俺のアビリティに関係するのかもしれない。
「僕は⋯⋯き、ぞ、く、だ」
「ん?」
「ぐっああああ。やぐ、ぞぐ、ずる!」
「中々に強いね。最高のモンスターが作れそうだよ!」
「ぼぐば!」
約束しよう。分からずに葬ってしまった彼らにも伝わるように。
誓おう。僕は誇り高き富川家の人間だから。
我が家の名に懸けて成し遂げる。
「助ける!」
俺の叫びと同時に天井に亀裂が入り、崩れた。
「な、なんだ!」
ケーブルに銀閃が走り、柔らかい感触に包まれる。
貧民地区での生活や地上でのモンスター討伐を得ても昔と変わらない。花壇の中心にいるような、心が安らぐ匂いがした。
「お助けに参りました。⋯⋯遅れて、申し訳ありません」
「そんな事無いよ。だって僕は、生きてるんだから」
ポツポツと頬に落ちる雫。手を伸ばして、頬に触れながら親指で拭った。
唇を噛み締めて、必死に声を堪えている唯華。
彼女を不安にさせてしまった。泣きたいのに、俺の方が苦しい思いをしたと思って我慢してくれている。
肉体的苦痛を与えられた俺と精神的苦痛を感じた唯華。
種類は違えど痛みは一緒だ。
「助けに来てくれて、ありがとう」
「もちろんでございます。⋯⋯少々お待ちください。あの畜生を駆逐します」
唯華は包丁を構えて、ゆっくりとベルギーレに近づく。
彼女から漏れ出る殺意は向けられていない子供達やモンスターをも怯えさせる程にドロドロとして重かった。
でも⋯⋯俺にはそんなの一切感じなかった。
「私の全てを奪い傷つけた。苦しめた。その罪を清算する力がお前にあるか?」
◆あとがき◆
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