第18話 メイド、主の救出に動く
「遅い⋯⋯」
輝夜様の帰りを待ちわびいるメイドである私。
「何か嫌な予感がします」
私のこの感じは中々に当たる。
輝夜様に対して害がある時にこの勘は鋭く働く。
特に強くもないしモンスターでもない小さな虫、屋敷内で何回も湧く虫も輝夜様に仇なす存在と勘づく程には鋭い。
今回の勘も当たってしまうのだろうか。
「嫌だっ」
私の居ない所で輝夜様に何かあれば私は⋯⋯自分自身を制御できなくなる。
すぐに行動に移ろう。
顔も思い出せない誰かが誘拐事件を示唆していた。
輝夜様の変身後の圧倒的可愛さの前には愛玩用でも誘拐する理由には十分だ。私なら拐う。
「輝夜様、必ずお助けに参ります」
私はとにかく移動する事に決めた。行動しないと何も分からない。
この手の事件で動く組織がアイツらだ。そこから探ろう。
移動している間、輝夜様に忠誠を誓った瞬間でも振り返ろうと思う。より想いを高めるために。
私は赤子の頃から富川家の屋敷で育った。産まれも育ちもそこである。
物心着く前から両親はいないらしく、肉親の顔を知らない。今もどうでも良いと思っている。
小さい頃から大人の男よりも力が強く、それはアビリティとは関係無いモノだった。
人間の姿でありながらモンスターのような力を出す幼女は周囲の人から冷たい視線を向けられた。
富川の隠し子でも無ければ親戚と言う訳でもない。
ただ、富川家に何の理由も無く育てられた。だからこそ、周りは私を嫌っていた。
家族のいない私は一人ぼっちだった。居場所も無い。
勉強すれば賢くはなる。その分自分の立場が分からなくなる。
幼い時には力の制御もできず周りの物を簡単に壊す。周りとは違う自分が嫌いになり、死にたいとさえ考えた。
そんな時だ。私に手を差し伸べてくれた。それが輝夜様。
壊すのが怖くて手を握れなかった。でも、彼はお構い無しに私の手を取った。
『怖くないの?』
『怖くないよ?』
『私に触れると、壊れちゃうよ。私、力強いから』
『良いね。カッコイイ』
『え?』
初めて褒められた気がした。その一言だけでも、私の心に暖かい何が入り込んだ。
だからだろう。気が緩んでとある愚かな質問をした。
『私には居場所が無い。どこから来て、どうして育てられているか分からないの』
『ん〜居場所なら僕の隣が空いてるよ?』
『え?』
『居場所が欲しいなら僕の隣に居てよ。同世代の友達がいないしさ。僕が君の望むものを与える。だから笑ってよ』
それがきっかけだ。私が大きく変わったきっかけ。
私の居場所は輝夜様の隣。彼の傍なのだ。
富川当主である旦那様達から優しくも厳しい指導を頂いた。
力の制御、武芸、学術など。富川家には返しきれない恩を頂いた。
輝夜様の御家族だけが全てが不明な私を受け入れ愛を持って育ててくれた。
富川家は私にとって全てだった。まだ返しきれてない恩義が山ほどある。
しかし⋯⋯富川家は滅んだ。滅ぼされた。
今の私に残されたのは居場所でもある輝夜様だけ。輝夜様は私の全て。
戦う理由、抗う理由、剣を振るう理由、生きる理由⋯⋯全てだ。
依存だと言われても否定しない。寧ろ肯定しよう。
私は輝夜様に依存している。誰もが嫌いモンスターを見る目で私を見る中、一人の人間として見てくれたのが彼らだけだったから。
これが私が忠誠を誓った最初のきっかけだ。
何も知らず、何も分からず、ただ嫌われ居場所のなかった空虚な私に居場所や知恵、技術をくれた。
私を人間にしたのは間違いなく、富川御家族である。
⋯⋯私は輝夜様をどんな奴からでも護る。例えそれが輝夜様に嫌われる行為だったとしても、護るためなら迷わず選ぶ。
今の世には二種類の存在がいる。輝夜様かそれ以外か。これは私の中の定義だ。
◆
アマテラスの戦闘部員である聖騎士数人と聖女が貧民地区にて会合をしていた。
聖女が一枚の紙を取り出す。
「これは行方不明となった女の子達をまとめたリストです。共通点は少ないですが姿が見えなくなった場所は近い」
「そこから誘拐犯の場所を探るのですね」
「いえ。もう目星で付けております。ただ数箇所あるのと、ここでは無い貧民地区の区画となっております。我々を快く受け入れずに追い出そうとするかもしれません。⋯⋯そこで、今回は目星を付けた場所に隠密に攻めたいと思います」
「部隊を分けますか?」
「そのつもりです。いち早く被害者の女の子達を救わねばなりません。犯人の狙いが分からない今、何をされてもおかしくはありません」
聖女は何枚かの紙を取り出した。
犯人が拠点としている場所に目印を付けた地図である。
そこにどのメンバーがどこに特攻するのかを指示する資料も用意されている。
「アマテラス様の名の下に子を誘拐しモンスターを街に解き放つ大罪人に天罰を下します」
どうやら、連日のモンスター暴走事件と幼女の誘拐事件は同一犯だと確信しているらしい。
「それでは現時刻を持って作戦を⋯⋯」
「それ、私にも頂けませんか?」
マークされた地図に指を向ける。
「どちら様でしょうか? 一体どこから入ったのですか?」
私の質問に対しての答えがそれならば、今すぐにでも首を刎ねたい所だ。
輝夜様は騙されている、と言っていたが私はそれだけで納得できない。
違うか。輝夜様も納得してない。それでも貴族として間違った事はしないと決めているのだろう。
私は違う。富川家を直接潰したコイツらはゴミ以下の存在。
輝夜様が何もするなと言うから心を噛み殺しているに過ぎない。一度指示が出れば皆殺しにする。
「返事は無しですか⋯⋯それにしても⋯⋯随分の殺気ではありませんか」
「お前達を殺す気は無い⋯⋯少し違う。何かをするつもりは無い。だが今回の事件は別だ。私の大切な方が被害に遭われた。救出したい。だから情報が欲しい」
「人にものを頼む態度には思えません⋯⋯が、それはどうでも良い事でしょう。アマテラス様の庇護下に置かれた貧民地区での暴挙、この事件は我々アマテラス様を信仰する者が対処致します。今は安全を祈りお待ちいただけませんか?」
あくまでも自分達の問題は自分達で解決する、って事ね。
私も本来ならこんな事に首は突っ込まない。面倒だし意味が無い。
だが今回は話が違う。輝夜様が被害に遭われたのだ。
私の全てが奪われているのだ。ロリコンゴミカス豚野郎に。
「私の全ては私が取り戻す⋯⋯だから情報を寄越せ」
「話になりませんね」
「お前なら分かるだろ。ここにいる聖騎士が束になっても私には勝てない。それだけの実力がある⋯⋯一番有力な所を教えろ」
聖女は私の格好を見た後、後ろに置いてあるスーツケースを見る。
タイヤを引き摺った跡が入口と繋がっているのも確認する。
「真正面から入ったのですね⋯⋯最初の質問に答えてください。返事はその後です。⋯⋯ただ少し意味を変えます。いつからいましたか?」
どこから入ったのではなく、いつからいたのか。
「想像にまかせる」
「最初からですかね。タイヤの跡も先程できたようには見えませんから。確かにアナタはお強いようです。ですがどうか、ここは我々を信じて⋯⋯」
聖女の信念は固い。あくまでも自分達で解決しようとする。
でも、私は我慢できない。
一秒と刻まれるだけで不安な心が全身を支配する。
輝夜様が居ないと考えるだけで心臓を縛る鎖が強く締められる。
「断る」
「⋯⋯」
聖女と私の目が交差する。
ずっと憎い相手と会話しているので、殺意が濃くなっている。
空気が重苦しくなり、聖騎士達が少しだけ苦しそうな声を漏らす。
「⋯⋯分かりました。良いでしょう。今回ばかりは協力をお願いします」
「願われるまでも無い」
「自己紹介は⋯⋯」
「必要ない。時間の無駄。情報を寄越せ」
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
昔はお友達のような関係だったのかも?
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