第6話 どんな状況だろうと目的は一つ

 ご飯騒動で一悶着はあったが、気を取り直して探索を再開する。


 “料理作れる意外な一面を見れました”

 “ツンデレのゼラ”

 “モンスター中々いないね”

 “これはメイドさんのおしおきは無いのでは?”


 “さてはて”

 “ずっと同じ光景は飽きるな”

 “どうするの?”

 “モンスターカモンぬ”


 明らかに発見できないモンスター。


 もうこれは何かあると見て良いだろう。


 しかし、そう言った異変を調査するのは基本的に貴族地区に住む人間の仕事だ。


 この世は能力社会。階級が高い即ち能力が高い者。


 強い人が危険を探るのは当然である。


 ⋯⋯ま、ほとんどの貴族は危険を犯さずに金で雇った貧民地区の人間を使って調査させるのが現実なのだが。


 「ゼラ様。体力の方が問題ありませんか? なんならこのメリー、誠心誠意のお馬さんをやる所存です。むしろそうするべきかと」


 「必要ない。体力だって自分を攻撃すれば回復するし」


 「そんな! 自傷行為など似合いません。叩きたいのならどうかこのメリーの欲しがりな身体にゼラ様の長く硬い物を⋯⋯」


 「ええい黙らんか!」


 回復行為を自傷行為って言うなよ!


 こっちだって何が悲しくて自分を叩かないといけないんだよ!


 後、長くて硬いとか紛らわし言い方をするな! ただの鞭だろ!


 それと、欲しがりな身体とか言わないで。昨日の光景を思い出すから。


 「メリーアンタ、さては飽きてるね?」


 「⋯⋯そんな事はございません」


 「間があった! 今明らかに間があった! 飽きたからってこのゼラをからかうんじゃない!」


 「申し訳ありませんゼラ様! ゼラ様に対して無礼を働いたこの雌豚にどうか裁きの鉄槌をっ!」


 あーダメだこのメイド。ペースに乗せられると毎回こうなる。


 どうしよう。もう帰りたくなった。


 “露骨すぎでは?”

 “ゼラ様の目からハイライトが消えて行く”

 “もうメスガキ以前にこのメイドさんヤバいよ”

 “このチャンネルは頭のおかしいMMさんに振り回されるゼラ様を楽しむチャンネルだったのか”


 “おしおきする?”

 “別におしおきするタイミングじゃないよな?”

 “さぁ、どうする?”

 “ゼラ様ってあんまりメイドさんを攻撃したくない風に見える”


 俺は唯華の頭に手を乗せた。


 「退屈な時間を紛らわせようとしたのでしょ?」


 「⋯⋯え?」


 「特別に褒めてあげる」


 よしよし、と俺が頭を撫でると露骨に残念がる唯華。


 「も、勿体なきお言葉。この汚らしい頭からどうぞお手をおどけください。そして聖水を用いて手を洗いましょう。穢れてしまいます」


 「そんな事ない。さっさと行こう」


 俺が先に進もうと指を適当な方向に向けた瞬間だった、唯華の纏う気配が変わった。


 キッと目を細めて瞬時に動く。


 「ゼラ様抱く事を暫しお許しください」


 「え、わぁ!」


 俺を抱えた唯華が距離を取る。


 すると、俺を喰らうべく牙を剥き出しにした大きな白い虎が現れる。


 種族名:ホワイトタイガー


 シンプルな名前だが、高い機動力と爪と牙の攻撃が凶悪なモンスター。


 ランクはBと真ん中。


 だけど場所によってはアースワームなんかよりもよっぽど厄介なモンスターになる。


 この辺りは平地なので、有利に立ち回れるだろう。


 ⋯⋯そもそも、ホワイトタイガーだろうが唯華の力があれば簡単にねじ伏せられる。


 「さぁメリーやっておしまい!」


 “動画のネタ参上!”

 “さぁどうする?”

 “ホワイトタイガーも瞬殺できるのかな?”

 “見もの”


 「⋯⋯お断りします」


 唯華は満面の笑顔で断った。


 その顔にドキッとするが、すぐに血の気が引く思いに駆られる。


 この子は今、なんと言った?


 「え、いや。⋯⋯お、おかしいわね。ゼラの耳が腐っちゃったのかしら? さっさとあの猫を倒しなさい!」


 「お断りします」


 今度は一切の間も無く言い切ったよこの子。


 またかよ。またなのかよ。


 「メリー!」


 俺が叫ぶと同時に、目の前にホワイトタイガーの強面の顔が現れる。


 唾液を飛ばしながら咆哮をあげる。


 食われる、そう思った時には浮遊感覚に包まれる。


 唯華に助けられたらしい。


 「ほんとに戦えよ!」


 「お断りします!」


 なんなのこの人!


 俺このままじゃあの虎に食われて死んじゃうんだよ!


 それで良いのかよ!


 俺が死んだら化けて⋯⋯そしたら唯華も一緒に死んでしまいそうだな。


 どうするべきか⋯⋯。


 俺が悩んでいると、唯華はしっかりとカメラも持っている事に気づく。


 ⋯⋯ああ。そうだったな。


 これは配信。そして俺達のコンセプトを忘れていた。


 だったら俺のやる事は、一つだろう。


 心の中をざわめく罪悪感と羞恥心を抑え、演技をする。


 「⋯⋯ふぅ。全く使えないノロマな亀メイドね」


 「ッ!」


 俺が軽く暴言を吐くと、唯華は目を見開いて驚いた。


 同時に身体を小刻みに震わせる。


 彼女の目が俺に訴えかせる。まだ足りない、と。


 「さっさと動きなさい。それとも動くためにはスイッチをオンにしなくちゃならないのかしら? 不便な事ね」


 「ぜ⋯⋯ゼラ様」


 「このゼラ様の命令無視に関しては後でみっちりと後悔させてあげるわ。⋯⋯と言うか、頭が高いわね?」


 「申し訳ありません!」


 一体何が起こっているのだろうか、警戒心を示して襲って来ないホワイトタイガー。


 お前は狩る者だ。だからこそ不可解な獲物の行動には細心の注意を示すだろう。


 だから今が好機チャンス。終わらせる。


 俺は小さな足を四つん這いになった唯華の前に持って行き、スーツケースに腰を下ろす。


 「まずはあの獣臭のする子猫を倒しなさい。何度も言わせないで。それとも何度も言わないと理解できない小さなおつむなのかなぁ?」


 「ふへへ。お、お嬢様〜申し訳、ありましぇん」


 唯華が俺の足を舐めようとしたので、すぐに足を上げる。


 と、カメラの位置的に下着が見えそうなので直ちに下ろす。


 “ちょっと見えた”

 “うん”

 “白だったな”

 “くっそワロタ”


 しょぼんっとする唯華に対して俺は続ける。


 メスガキ(?)としての仕事。


 「アンタの脳みそもその乳くらい大きければ、こんなに何度も何度も命令しなくて済むのに、ほんと、余計なところへ栄養が行ったのね」


 「んん〜」


 胸を揺らして高い声を上げる。必死に出したかった言葉を抑えているのが伝わってくる表情だ。


 長い銀髪が垂れ、その隙間から見える恍惚とした表情の唯華。


 「も、もっとぉ。このノロマでバカで愚かなお嬢様の下僕を、その可憐で聞いているだけで昇天しそうな美しい声で、この私を罵って⋯⋯」


 「ひっ!」


 “おっとw”

 “優勢だったゼラ様に己の興奮が抑えられなかったのかメイドさんがゾンビのように立ち上がる”

 “エロイか?”

 “最高!”


 “これを待ってた”

 “もうゼラ様の方が酷い目にあってるように見える不思議”

 “ホワイトタイガーさん空気状態”

 “そろそろ来るやろ”


 唯華が暴走して俺に飛びかかろうとした時、救世主たるホワイトタイガーが俺を食べに来た。


 「良いところを邪魔するなよでかいだけの白い猫風情が!」


 唯華がホワイトタイガーの爪の攻撃を片手で受け止める。


 強烈な殺気を前にして震えた。


 「この鼻が腐り落ちるような悪臭をこれ以上至高たるお嬢様の繊細な鼻に入れる訳にはいきません。直ちにその臭いごと、消えろ!」


 唯華が握り拳を作り、ホワイトタイガーの腹へと放った。


 胴体を粉砕し、鮮血が雨のように降り出す。


 知っていてもやはり、この化け物じみた力には畏怖してしまう。


 “え、ワンパン?”

 “さすがにこれは予想外かな”

 “包丁すら出さないのか”

 “拳一つで十分だったのか”


 “命令違反のおしおきこの後すんの? ハードルたっか”

 “頑張れゼラ様。骨は拾ってやろう”

 “どんなアビリティなんだろう?”

 “気になるけど教えてくれるかな?”


 “始めようぜおしおきタイム”

 “ゼラ様の手腕に期待”

 “メイドさんを満足させなければどうなるんだろう”

 “強い”







◆あとがき◆

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