第5話 メイドは料理する

 ふむ。これは困ったな。


 移動を続けてはいるがモンスターがいない。


 本来はありえない事だ。


 地上を散歩していたら近所の人とすれ違う確率と同じくらいにはエンカウントするのに。


 「これではモンスターの素材を売っての資金調達も不可能じゃない。まずい。今週の生活が⋯⋯」


 空腹で死ぬのは嫌だ!


 せめて貴族の誇りを持って死にたい⋯⋯死にたくないけどっ!


 「そろそろお昼頃ですね。ゼラ様、私にお任せ下さい」


 「え?」


 「【設置】キッチン!」


 虚空より一瞬でキッチンにある最低限の設備が出現する。


 唯華のアビリティ【総合施設アーキテクチャー】である。


 様々な施設を創造し生み出す事ができる。同時に一つまで。【守護神】の効果で唯華が認めた相手以外使わせない力もある。


 最低限、と言ったが実はかなり充実している。


 調理器具は無いがガスが使える。


 調理器具は唯華のインベントリに常にある。


 これ程までに長期に渡る探索に有能なアビリティは中々無いだろう。


 しかし、包丁は使い方を誤ると人を殺す道具になるように、アビリティの使用者が劣っていると無駄にしてしまう。


 その結果は数分後に現れる。


 「⋯⋯」


 キャラ設定的に俺が料理するのも止めるのもおかしな話⋯⋯だけどやっぱり止めるべきだった。


 「ゼラ様、オムライスでございます」


 貴重な食料を無駄にされた。


 これも演技ならば、七割程の怒りで済んでいただろう。


 しかし、唯華は⋯⋯唯華は⋯⋯料理に関してはいつも真剣に取り込むのだ。


 怒りを通り越して呆れと哀れみの感情が湧き上がる。


 “え、黒”

 “ダークマター?”

 “もしかしてこのメイドさん”

 “いやいや、わざとだろ?”


 “流石に素人もそこまで綺麗なダークマターにはしないよな?”

 “貧民地区出身にしてはかなり豪勢な食材だった気が⋯⋯しないでもないが⋯⋯これは貧民も食わんだろ”

 “貴族に生まれて良かったーちゃんとした料理人がいて良かったー”

 “もしかしてアソコの区画か? それなら納得”


 「ざ、ゼラ様。そんなに無言で料理を見詰められると恥ずかしいのですけれど? どうぞ、お召し上がりください」


 俺は用意されたスプーンを手に取る。


 銀製なので俺の顔が反射する。


 一言で表すなら、酷い顔。


 家の目の前にカラスの食い散らかした生ゴミが転がっていた時のような、そんな目をしている。


 「い、いただくとするわ」


 いただきます。命に感謝。


 スプーンをオムライスの名前を与えられた黒い物体に当てると、サラーっと塵になって風とダンスしながら光となった。


 貴重な食料が、お金が、ドブに捨てられた瞬間である。


 「あ、あれ〜おかしいな?」


 唯華はふざけていない。真面目に取り組み、これを作ったのだ。


 昔はまだ、腹を壊す程度で収まっていたのに。最悪の場合は食中毒を起こしたけど。


 だけど、今は⋯⋯。


 「原型すら留められないくらいに料理下手が加速したのか⋯⋯悲しいな」


 「ゼラ様。落ち込まないでください! 次こそは!」


 「あ、いや。もう作らなくて良いから。食材が可哀想」


 「⋯⋯私、料理に関しての口攻めは嗜好に合いません」


 「プレイじゃなくて本音だし」


 「うぐっ!」


 【守護神】の能力で精神攻撃を無効にする唯華に精神ダメージを与えたらしい。今の俺の攻撃は回復になるのに。


 ちなみに物理攻撃は無効では無く強い耐性がある。身体が鋼鉄のように硬いのだ。


 “気まずい空気”

 “メイドさん料理についてはダメなのね”

 “戦闘ではあんなにカッコよかったのに”

 “切るのは得意だろう。知らんけど”


 “おしおき⋯⋯できる空気じゃねぇw”

 “おふざけ無しか”

 “原型が保てない、だと?”

 “あれ? もしかして五つ目のアビリティか何かですか?”


 本当はここで責めるのがあるべき姿なのだろう。


 だけど小さい頃から知っているし、分かっていた事だ。


 全く成長してない姿を見せられたら、呆れて何もする気がおきない。


 「申し訳ございません。ご期待に添えず」


 「期待は最初からしてない」


 「はぐっ。即答⋯⋯いつもなら悦びに打ち震えているのに⋯⋯やはり辛い。メイドとして、お料理ができないと言うのは⋯⋯」


 項垂れ地面に頭を擦り付ける。摩擦で炎を出しそうな程に速く強く擦り付けている。


 手で心臓の部分を抑えて苦しんでいる。


 「はぁ」


 キュルルゥ。


 しかし、空腹なのは確かだ。お腹の虫もご飯を求めている。


 ご飯を食べたい。


 「仕方ないわね。特別にこのゼラ様が作ってあげるわ!」


 「そんな! ゼラ様のお手を煩わせる訳にはいきません!」


 「何、不満がある訳?」


 「滅相もありません! ゼラ様のお手を使わせるならば泥水だって美味しくいただける自信があります!」


 「それは嘘ね」


 「嘘ではありません。なんならお確かめになりますか?」


 「遠慮するわ。早く食材を出しなさい」


 唯華なら本当に泥水を喜んで飲みそう。


 さて、久しぶりに唯華のアビリティで作られたキッチンで料理するな。


 携帯食なんて食材を買うよりも高いから基本買わないし、今日も午前で終わる予定だった。


 モンスターが出ないから、わがままお嬢様が料理をするって言うキャラ崩壊が起こるんだよ。


 悪態をつきたいが、今は料理に集中しよう。


 “え、作れるの?”

 “今度は紫鍋でも作るのかな?”

 “火怖くないでちゅか?”

 “普通に危ないだろ”


 “止めろよメイドさん”

 “メイドさん何してんの?”

 “子供に火使わせるなよ?”

 “どうすんのよ?”


 さっきオムライスとか言ってたし、それの食材は揃っているのだろう。


 「それじゃあ、オムライスでも作ろうかしら」


 俺はテキパキと下準備を終わらせる。


 鶏肉は無いので、ただのケチャップライス。


 フライパンでバターを溶かし、その上に溶き卵を流し込む。


 しっかりと広げて数秒熱し、オムレツのように形をまとめる。


 形を作っておいたライスの上に乗せ、包丁を使って上を切ればトロトロとした卵のオムライスが完成である。


 食材が少ないので少し寂しいが、味は問題ないだろう。


 「メリー、先に食べなさい」


 「いえ、私は見ていただけ。先に食べるのはゼラ様であるべきです」


 「毒味よ」


 「そう言う事でしたら、ご好意に甘えます」


 スプーンで卵とライスを一緒に取り、口に運んだ。


 「どうかしら?」


 「とっても美味しいです」


 「そ、そう。⋯⋯と、当然じゃない!」


 “今普通に喜んだな”

 “喜んでたな”

 “メスガキはただのツンデレさんだった?”

 “こんなチャンネルだっけ?”


 唯華が一筋の涙を流した。


 「メイドであるこの私よりもお料理がお上手ですね、ゼラ様」


 震える声で唯華は本音を暴露した。


 泣き崩れる彼女を見て、かける言葉が見当たらなかった。


 この光景を見て、慰める言葉を出せる人は尊敬に値する。


 「ゼラ様もどうぞ。二人で一緒に食べましょう」


 「そうね」


 最後の食材を使ったし、二人で食べなくてはならない。


 唯華には多めに食べてもらいたい所だ。戦って貰うのだから。


 「活力になってちょうだい。いただきます」


 俺がスプーンを取ろうと探す。しかし、どこにもスプーンは無かった。


 ⋯⋯今思い出したが、スプーンは一つしか用意されていなかった。


 「どうぞ、ゼラ様」


 微笑みながら、いっぱいにすくい上げたオムライスを俺の口元に持って来る。


 恥ずかしがる素振りもなく、むしろ望んでいるかのように俺が食べるのを期待している。


 「はい、あーん」


 「⋯⋯全く、仕方ないわね」


 俺は一口食べた。⋯⋯うん。悪くない。


 もっと金があり、食材が豊富で調味料をケチらなくて良いならもっと美味しくできた。


 本来の姿のアビリティが恋しくなるな。


 “平和や”

 “なんだろう。この心が浄化されていく感じは。俺はアンデッドだったのか”

 “俺が期待していたのはSMの関係だった、はずだ。いや、違ったな。俺が求めていたのは至高なる尊い百合なのだ”

 “エデンはここにあった”


 唯華は俺にしか聞こえない声で、ボソリと呟いた。


 「次はこの味を、私が輝夜様にお作りします、何年経とうが」


 「⋯⋯お金に余裕ができたらね?」


 「酷いっ!」


 “今回は純粋に悲しそうなメイドさんが見れた”

 “段々とこの二人が分かった気がする”

 “メスガキ‪‪✕‬、ツンデレ〇”

 “ツンデレさんだったか”


 “ツンデレとMMさんだな”

 “チャンネル名詐欺やん”

 “ワイはSMが見たかったんや。おしおきしてくれよ”

 “ちゃんとメイドさんが傷つく姿は見れたやん。弱点は料理や”






◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます


◆食べ物を無駄にしてはいけません◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る