第4話 メイドは馬乗りを希望した。主はそれを拒否した

 配信を始めた翌朝、昨日使っていた刺身包丁を研いでいる唯華。


 朝早いのは昔からである。


 「おはようユイ」


 「輝夜様、おはようございます。今日は何時頃から地上に参られますか?」


 「う〜ん休んでられないのは分かっているけど、精神的な回復をしたいところだ」


 「一度の甘えを与えてしまうと、また明日、また明日と先延ばしになりますよ。思い立ったが吉日、考えたなら即行動しないと何もできなくなります」


 ド正論である。


 かと言って無理は良くないが、メインで戦ったり叩かれたりするのは唯華だ。


 唯華がやる気あるのに俺がこれでは良くないだろう。


 主人として宜しくない姿だ。


 ⋯⋯主人と見栄を張る事もできない貧民だけどな。


 「ユイは良かったのか。こんな俺と一緒にいてさ」


 「もちろんでございます。私は心から輝夜様といられて幸福でございます。どの道、私には他の道はございませんので」


 「ユイは強いし、全然やって行けると思うけどな」


 「アビリティの事情はご存知でしょう。私は輝夜様がいなければ戦う理由がありません。理由が無ければ、私はとことん弱い」


 「何はともあれ、一緒にいてくれて俺は嬉しいよ。ありがとう。朝ごはんにしよう」


 パサパサのパンを取り出して、半分に分ける。


 配信として金を得るには投げ銭か広告収入が必要となる。


 投げ銭も広告収入もこのチャンネルは多くの人に観られ、それだけの価値があると思われないといけない。先は長いか


 主な収入源はモンスターの素材になるだろう。これも唯華に頼り切りになる。


 「【複製】、塩」


 これは変身してない状態の俺が使えるアビリティ、【複製創造リプロダクション★】だ。


 触れた物を無から創造する能力。


 制限としては複雑すぎたり大きすぎたりするとできない。


 後は同時に三つまで。そして意識を切らすと消滅する。


 だから商売なんてのはこのアビリティじゃ難しい。食料も消えるので使い道は無い。


 ただし、調味料はただその場の味さえ変えられれば良いので重宝する。


 「本物と比べるとその味も劣るけど⋯⋯」


 「この食生活では目標達成はまだ先ですね」


 「そうだな。でも始まったばっかりだ。長くこの生活を続けるつもりは無い」


 俺の目標。それは。


 『貴族に戻る事』


 俺のフルネームは富川とみかわ輝夜。元は貴族出身だった。


 思想の違いで派閥争いとなり、我が家は滅んだ。


 俺は唯華と共にこの貧民地区へ流れるようにして逃げて来たのだ。


 持ち出せたのは唯華の装備と彼女の給料くらいだった。


 そのお金も生活を安定させるために消えてしまったが。


 復讐なんて上等なモノは考えていない。


 しかし、父に託された武器があるため俺はその意志を継がなくてはならない。


 息子として、生き残りとしての責務だ。


 そのためには貴族に戻る必要がある。


 俺の事を知っている敵派閥の連中に素性がバレれば刺客が送られて来る可能性もある。


 だから姿や名前を隠して生活している。


 大金が必要だから地上に行くし、配信で貴族と繋がる事で貴族になれるパイプも用意する。


 唯華は目立つ。彼女の存在を知っているなら既に刺客が送られてきてもおかしくない。


 だから問題ないと判断している。


 「⋯⋯ここでの生活もあるし、資金が圧倒的に足りないな」


 「配信機材も最低限ですからね。このままではコンテツのマンネリ化が進み飽きられてしまうでしょう」


 「そうだなぁ。編集機材は高いし⋯⋯はぁ。世の中能力社会だが金は付きまとうな」


 むしゃむしゃとパンを食べ終え、一度管理世界へ向かう事にした。


 そこに放置したアースワームが気になったからだ。


 人間が通過するための入口ゲートを顕現させ中に入る。


 硬い地面が真っ平らに広がっていただけの世界だったが、ふかふかの地面になっている。


 「お、いたいた」


 小さなミミズサイズのアースワームを持ち上げる。小さくて読み辛いが、刻まれた主人名は俺の本名だった。


 変身先で変えてくれるのはありがたいな。


 「しっかし⋯⋯これ全部土を耕したのか?」


 そうだよーっと言っているのか、身体を左右に揺らした。


 一辺十メートルの空間だが、一体このサイズでどれくらいのペースならば終わるのだろうか?


 深さも十メートルくらいだ。


 「天候も俺次第でいじれるし、畑でも始めようかな」


 「良いかもしれませんね。ただ、狭くないですか?」


 「使役した魔物テイムモンスターが増えれば自ずと増えるだろ⋯⋯その辺は詳しく分からない」


 俺とてアビリティについて詳しく知りたい。


 生まれながらに漠然と使い方は分かるが、あくまでも大まかな事しか分からない。


 だけど、変身先で変化するアビリティや管理世界なんてのは聞いた事も無い。


 調べてはいたが、過保護だった家族の元では限界もあった。


 地上でモンスターをテイムしたかったが、許可が降りなかった。


 地上は危険な所。それは分かっている。


 でも、やらないと前には進めないのだ。


 「アースワーム、何か欲しい物とかあるか? 食料が欲しければ頑張って調達するぞ」


 特に必要無いのか、身体を左右にブンブンと振り回した。


 唯華と共に地上に行くべく転移陣の場所まで向かう。


 貧民地区は栄えている訳では無いが、人間らしい生活を送れているのが大半だ。


 アビリティを有効活用できるかできないか、それが重要なのだ。


 自分のやりたい事とアビリティが一致するかは、運次第だが。


 「おや。昨日のお二人ですね。おはようございます」


 「おはようござ⋯⋯おはよう。アンタ達は早いようね」


 「ええまぁ。32時間交代ですから」


 「食事とか大丈夫ですか?」


 唯華が心配になったのか質問する。


 「人手不足でしてね。貧民地区の仕事を受けたいって人も中々いませんし、仕方ありません。そもそも地上に行く人が少ないので、ずっと休んでいるようなモノです。ご心配ありがとうございます」


 「いえ感謝など。そもそも私はゼラ様の手前質問しただけで心配はしておりません。くたばるならゼラ様のお目の届かない所で」


 「おいユ⋯⋯メリー、さすがに性格が悪いわ。謝罪しなさい」


 「申し訳ありません」


 微笑んだ唯華の顔は整っており、暴言を吐かれた兵士さんがうっとりとした。


 本心じゃないだろう。叱って欲しいから唯華はああ言う行動を取る。


 地上に降りてから唯華に言う。


 「あの態度はさすがに失礼だ。今後はするな」


 「かしこまりました」


 「⋯⋯今後はあの態度をしても注意はしないし無視もしないからな」


 「グッ。肝に銘じます」


 全く。


 さて、ゼラニウムとしてのキャラ設定に意識を切り替えて行こう。


 ライブ配信しか選択肢は基本無いが、タイミングをどうしようか?


 少し出入口から離れた位置からスタートする方が良いかもしれない。


 少ないとは言っていたが、他の人も来る可能性がある。


 スーツケースのタイヤが転がる音をBGMに俺達は移動する。


 「それじゃ、始めるから。なるべく本性は隠しなさいよ」


 「あらゼラ様。私の本心はいつも清らかですよ。何か隠すような事があるでしょうか」


 「清らな心の持ち主は長時間労働をしている方にくたばれ、なんて言葉はでません」


 「偏見ですよ」


 偏見かな?


 ライブ配信をすると、昨日と引き続きで見てくれる人がチマチマ現れる。


 昨日の配信を誰かが拡散してくれたのか、俺達の知らない所で広まったらしく、噂を聞きつけてやって来る人もチラホラ。


 今日は二日目。


 コンセプトは維持しながら派手な事をやりたい所だ。


 まだ完全なファンじゃ無い人達を取り込みたい。


 「ゼラ様、移動しましょう」


 「そう⋯⋯ね?」


 俺が同意すると、ムスッとした表情を唯華が浮かべた。


 そうだな。そうだったな。


 今の俺はわがままなお嬢様だ。自分で言ってて鼻で笑いたくなる。


 「何勝手に決めてるの? ま、まぁ。移動する予定だったし、構わないのだけれど」


 なるべく『おしおきタイム』とやらに行かないように言葉選びを気をつけ、演技も忘れない。


 今回はツインテールの髪を手で靡かせてみた。


 「かしこまりました。それでは下僕として馬に⋯⋯」


 「ケースに乗っていた方が速そうね。移動を始めてちょうだい」


 「⋯⋯はい」


 残念そうにしないで?


 “馬になれなかったメイドさんはしょぼくれた”

 “ゼラ様に乗られるって羨ましいな”

 “マゾが集まりだしたな”

 “メイドの反応が楽しみ”


 “Aランクモンスターを瞬殺するメイドがいると聞いて来た”

 “少し楽しみや”

 “まだまだ認知されてないし、今のうちに古参アピしとこ”

 “死なないと良いけどな”


 “こんな茶番しながら地上に行くとか舐めとる”

 “解放者をなんだと思ってるんだが。信念の欠けらも無い”

 “侮辱しているとしか思えん”

 “頭の硬い連中がやって来たな”


 “ええやん別に”

 “楽しませようとしてくれているだけ。俺らは楽しむだけ”

 “死ぬのはどうせこいつら”

 “死んでも自業自得”


 “あの小さな足にふみふみされてゴリゴリされたい”

 “ざーこ、とか言われたい”

 “え、出しちゃうの? すぐに出すとかなっさけなー、とか言われたい”

 “なんなら『おしおき』を決めたい。おしおき会議したい”






◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る