第7話 メイドはアイデンティティ

 「ああ、お嬢様!!」


 天に轟く声を叫ぶのは俺の尻に踏まれている四つん這いのメイド、唯華である。


 どうしてこうなったのか、それを語るには短い回想が入る。


 モンスターとの戦いの前に決まったおしおき、それをどうするか考えていた。


 そしてふと、配信用端末を確認するとおしおきに関して色々とコメントが流れていたのだ。


 その一つにコレがあった。


 “イスにしようぜ”


 なのでありがたく採用して今こうしている訳だ。


 美人なメイドの上に座っている時の気持ちを答えよ、と言う問いがあるとしよう。


 そしたら俺はこう答える。


 逆が良かった⋯⋯じゃなくて。


 献身的に貴族時代から逃亡、今に至るまで支えてくれたメイドに座るの罪悪感でいっぱいだ。


 申し訳なさがある。


 こんな酷い主人でごめんなさい、そんな気持ちだ。


 ただ、今の俺の顔はきっと、何も考えてない虚ろの顔だろうな。


 “ゼラ様何も言わねぇ”

 “え、座るだけ?”

 “もっとなんかあるやろ”

 “そんなんで終わって良いと思ってんのかい?”


 “ほら、もっとメイドさんを悦ばせないと”

 “何してんだよ”

 “まだかな?”

 “メイドさんに感想を聞きたい”


 「はぁ、はぁ。未成熟で小柄な身体。脂肪も筋肉もあまり詰まってない故に骨がくい込んで痛みが集中される。⋯⋯お嬢様の、お嬢様の温もりが直接感じられる。じあわじぇ!」


 「感想を言うなアホ!」


 「ああん! お嬢様、ただでさえ素晴らしい『ご褒美おしおき』なのにトッピングまで。そのお気遣い、感激の極みですっ!」


 あーもう嫌だ。


 十分だと思い、降りようかと考える。


 「お嬢様、昨日と同じように、この欲しがりなお身体に、お嬢様の愛をいただけませんか?」


 「少し黙ろうか?」


 「お嬢様申し訳ございません。私のお口はお嬢様への愛を伝えるために無意識に動くのです。塞ぐのであればお嬢様のソ、レで⋯⋯」


 唯華が横目で見たのは俺の腰にある鞭であった。


 “もう求めてるやん”

 “ご褒美と書いておしおきと読む”

 “さすがMMさん”

 “ゼラはどう対応する?”


 “ゼラ様の死んだ目から引き攣った目に変わった”

 “ゼラ様になら俺も踏まれたい”

 “足を舐めさせてください”

 “メイドさんを俺にください”


 どうしよう。本当にどうしよう。


 この、唯華バカをどうやって収めよう。


 俺は必死に考えた上で行動する事にした。


 唯華の顎に手を伸ばしてクイッと上に上げる。


 「このゼラへの忠誠心を轟かせる口ならば閉ざす必要は無いわね。そろそろ疲れたわ。終わりにして帰りたいわね」


 「そんな。今が良いところ⋯⋯ゲフンゲフン。モンスターも現れ始めたところです。ここらで沢山狩って今晩はお肉にしましょう」


 「必要無いわ。それにBランクモンスターの魔石でも十分、贅沢はできるわ」


 魔石を唯華の背中で転がしながら言う。


 魔石は日常品から武具まで幅広く利用される魔力を内部に秘めた石だ。


 今の時代、エネルギーは主に風力、太陽光、魔力で補われている。


 天に住むので水力は無理、火力や原子力も資源全てが貴重な今、難しいのだ。


 と、話が逸れた。


 帰る流れを作ったからもうおしおきは終わり。さっさと帰ろう。


 だが、このメイドの暴走は止まらない。


 まだ続けようと思考する。


 「良い、よーくその耳ゴリゴリかっぽじって聞きなさい」


 「私は麗しいお嬢様以外のお声は聞こえない体質でございます」


 「⋯⋯帰る、これは命令よ。命令に従う利口なメイドなら⋯⋯そうね。フフ」


 俺はカメラのマイクに聞こえるように唯華の耳元で囁く。


 「今晩、今よりももーっと、激しく」


 「激しくっ!」


 「過激でぇ」


 「過激っ!」


 「辞めてぇって懇願しても辞めないすごーい事、してあげる」


 「凄い、きょと!」


 もちろん建前なので帰っても俺は何もしない。


 これはゼラとメリーの約束だ。俺は関与してない。


 「帰るわよ?」


 ニコニコの俺の言葉に唯華は素直に従って、お姫様抱っこされる。


 あ、これ全力で帰るパターンだ。


 “終わりか”

 “おしおきに入ると早いな”

 “おつかれ”

 “また明日”


 「凄い事凄い事」


 唯華のヨダレが俺の頬に落ちて、口の中への流れて行く。


 そんな俺らに向かって上空からミサイルが落ちて来る。


 「イギャアアアアアアア!」


 情けない叫び声をあげたのは、俺である。


 妄想の世界へ入っていた唯華は即座に反応して安全地帯へ避難。


 「む。ゼラ様、少しご帰宅のお時間が遅延いたします」


 「わ、分かった」


 俺達を襲ったのは『エレメントタートル:爆薬装甲』である。


 『エレメントタートル』はSランクの中でも下の強さ。S-ランクと言われるモンスターだ。


 そんなエレメントタートルの中でも破壊力と攻撃範囲が優れた『爆薬装甲』。


 見た目は亀が巨大化した姿だが、魔力によって作り出されるミサイルを放てる巨大な武器を甲羅に装備している。


 「全く、素直に帰しなさいよ!」


 「短期決戦で終わらせます」


 唯華が包丁を両手に取り出して接近する。


 速いのは当たり前だが、放たれる弾道ミサイルを完璧に破壊してから接近している。


 俺への被害を出さないためだ。


 爆発範囲によっては俺に被害が出る。


 俺を護る時、唯華は無限大にその強さを上げる。


 簡単に言えば、今の唯華はとても強い。


 「ノロマめ、海に帰れずに土に眠るが良い」


 「あ! エレメントタートルの甲羅と肉は凄く高級品だからなるべく傷を⋯⋯」


 “ゼラ様?”

 “今めっちゃ金の話しなかった?”

 “良いのかそれで”

 “メイド雇えない金ないならメイドさんくれ。俺が雇う”


 “エレメントタートルの武器全部魔力だから腹立つ。武器もよこせ”

 “倒したら外部魔力は全部霧散するもんなぁ”

 “あれで火薬やら鉄やら手に入るんだろうなぁ。魔力じゃなければ”

 “まぁあの甲羅鉄よりも硬いからええやん”


 唯華の斬撃の嵐が真上からエレメントタートルを襲う。


 「むぅ」


 「まじか」


 パリンっと壊れたのは唯華の包丁だった。


 「私の使っていた料理包丁が⋯⋯」


 料理に使った回数はモンスターを倒した回数よりも少なそうな包丁だ。


 しかし、唯華の攻撃を受けて破壊できたのは武装だけか。しかもそれも魔力がある限る無限に復活する。


 甲羅へのダメージはゼロ⋯⋯正攻法で倒すのが手っ取り早いか。


 だけど、それをするには俺が元の姿に戻らないとならない。


 爆弾系の武器が無いから。


 「ゼラ様、エレメントタートルは重いんですよね?」


 「過去の大人の象並だって昔読んだ図鑑には⋯⋯」


 「硬い物が上空から落ちたら砕ける、簡単は話ですね」


 「え?」


 「【換装】」


 唯華は全身の装備を能力によって切り替える。


 「ガーディアンスタイル」


 モンスターの硬質の糸で作られたメイド服の上に部位鎧を重ね、両手には大盾を装備している。


 防御特化、守りを固める戦闘スタイルだ。


 アビリティとの相乗効果もあり、物理攻撃にも魔法攻撃にもビクともしない要塞となる。


 「でもそれじゃ」


 “勝てなくない?”


 唯華は盾を構えずに突っ込む。


 彼女に一直線に放たれるミサイルを防ぎふつつ肉薄した。


 一つの盾をタートルの手前に横向きで置き、それに重ねるようにして縦向きで置く。


 タートルの下側に盾が行くように。


 “まさか”

 “さっきの発言と良いもしかして?”

 “それできるん?”

 “盾とは一体”


 「打ち下げ花火、たっまやー」


 盾の端を踵落としで蹴り抜いてテコの原理を利用した打ち上げを見せる。


 宙を舞うエレメントタートルは重力に従って落下する。


 下は地面、硬い。そんな物に衝突すれば⋯⋯?


 「え?」


 唯華はなんと、エレメントタートルの真下で二つの大盾を真上に構えた。


 「地面よりも、こっちの方が硬い。落下の力と突き上げの力、砕け散れ生臭い亀が!」


 跳躍した唯華の盾とエレメントタートルの甲羅が衝突し、甲羅の方が砕けた。


 唯華の『戦う感じ』のある装備は元々貴族時代の装備。


 性能は折り紙付きだ。だからだろう。砕けていなかった。


 「【換装】」


 唯華は元の姿に戻りつつ、刺身包丁を二丁構える。


 「ノーマルスタイル」


 その後、肉を剥き出しにされたエレメントタートルは売り物にならない程に粉微塵に切り刻まれました。


 きっと、妄想の中でやっていた『凄い事』への時間を奪われた怒りが彼女を強くしたのだろう。


 エレメントタートル、お前の甲羅の破片と魔石はありがたく、今後の食費に使わせて貰う。


 “強いなぁ”

 “Sランク相当だったりする?”

 “それは無いだろ。Sランクは宮殿レベルだからな”

 “貴族レベルの力は絶対にあるよね”


 “ゼラ様は貴族だった?”

 “あんな人見た事ないけど”

 “どこの区画だろうか”

 “わかんね”


 「⋯⋯ねぇメリー」


 「はい。おしおきですか?」


 「違うけど⋯⋯ガーディアンスタイルの時になんで鎧の下わざわざメイド服なのよ。しかも分かるようにフルプレートの鎧じゃないし」


 ガーディアンにしては不格好だ。


 「メイドは、私のアイデンティティですから!」


 自信満々の表情に俺はそれ以上何も言えなかった。


 メイドなのに、家事が苦手なのそれ如何に。


 もはやただのコスプレした戦闘のプロである。


 だけどこの言葉は黙っておこう。唯華を悲しませるから。


 帰宅後、成果を換金しつつ帰宅して、『凄い事』に関する全てを屁理屈で無効にした結果。


 唯華がしばらく拗ねて口をきいてくれなくなりました。







◆あとがき◆

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