オラッ!お前がおしゃれになるんだよ!!

ちびまるフォイ

トレンドのインフルエンサー

「今日もつかれた……。家に帰って飲むかぁ」


コンビニの袋をぶらさげて家路につこうとしたとき、

街の入口には物騒なフェンスと検問が行われていた。


「あの、なにかあったんですか。この先が俺の家なんですが」


「あなたトレンド検定は?」

「なんですかそれ」


「では入れません」


「いや、家に帰るところなんですよ!?」


「この街はおしゃれの発祥、トレンドの中心地。

 トレンドを知らない人は街には入れません。

 この街のおしゃれの面汚しとなります」


「そんな……」


チラとフェンスを見た。

ぶっちゃけ越えられない高さではない。

あとはあの鉄条網をなんとかすれば……。


「なおこのフェンスには電流が流れており、

 もしも強引に突破しようとすると感電します」


自分のよこしまな考えを察したのか、

門番は冷たい言葉で告げた。


「ああちくしょう! トレンドを知ればいいんだろ!」


こうしてトレンドの勉強がはじまった。


「ええ? 今のトレンドは頭にショルダーバッグを巻くのか?」

「靴を左右別の靴に履くのがトレンド……?」

「ネクタイは背中側につける!? まじかよ!?」


もはやトレンドなのか、

自分にこっけいな情報を与えて惑わそうとしているのか。


その判別すらつかないが、これがトレンドらしい。


トレンドを学ばないとそもそも家に帰れない。

ネットカフェを渡り歩く生活も長くは続けられない。


「絶対にトレンド試験、合格してやる!」


定期的に行われる全国トレンド検定試験。

これを合格すればトレンド免許がもらえる。

このパスさえ手に入れれば晴れて家に帰れる。


朝も夜も寝る間も惜しんで興味のないトレンドを調べ尽くした。


試験当日。


「見てろ……。俺のトレンド力を見せつけてやるぜ!!」


完璧に腹筋をしあげて試験にのぞんだ。

結果は見事合格。

筋肉は裏切らなかった。


「はい、こちらがトレンド免許です。おめでとうございます」


「ありがとうございます! ああ、これで家に帰れる!!」


金色にかがやく免許を手に入れて家路につく。

あのフェンスまでたどり着くとこれみよがしに免許を見せつけた。


「さあ、この免許が見えるかね。

 俺はもうトレンドを知らない男じゃない。

 トレンドのすべてを知っている。道をあけろ」


「……」


「どうした? 前に追い出したやつに

 こうべを垂れるのがそんなにイヤか? んん?」


「それ、初級免許ですよね」



「しょきゅう……?」



「前に話したように、この街・ピカジュクは

 世界でも有数のおしゃれトレンドスポット。

 

 初級ごときの免許でイキられましても……。

 入場許可は上級以上でないと」


「えっ……」


自分はトレンドを甘く見ていた。

うわずみを少しかじっただけでトレンドを完全に理解したなどと息巻いていた。


しかしその実、トレンドとはもっと深く広いものだった。


「つまり……初級のつぎの、上級に合格しないと

 俺はやっぱり家に帰れない……?」


「初級の上は中級です。

 中級の上が上級です」


「果てしないな!!」


初級でもあんなに息も絶え絶えだったのに、

まだ第二・第三形態を残しているという絶望感にうちひしがれた。


が、ここで諦められる自分でもなかった。


「見せてやる。これでも子どものときは神童って言われてたんだ!!」


たとえそれが肉親や身内特有の

曇りきったまなこによるベタ甘評価だったとしても。

今の自分を奮い立たせるには十分すぎる後ろ盾だった。


「うおおお! トレンドを知り尽くしてやるーー!!」


トレンドを勉強に勉強をかさねて、ついに上級試験も突破。


地の文ではダイジェストにまとめられてしまっているが、

その裏の努力は筆舌に尽くしがたいものがあった。

具体的な描写すらはばかれるほどに。


ふたたび忌まわしきあのフェンスへと赴いた。


「またあなたですか。しつこいですね」


「ふふ、ははは、これを見てもそんなことが言えるかな……?」


「そ、それは! まさか上級のーー!?」


「そうとも!! これがトレンド上級者試験の合格免許だーー!!」




「あでもそれ、2024年度版ですよね。今年のを取ってください」



「……んんっ?」


「トレンドはめまぐるしく変わります。

 去年のトレンドなんて古いすよ。

 すでに今年の上級試験も開催されているので、

 そちらの上級免許がないと通せません」


「ああああああ!!!」


なぜこんなにも神は自分に試練を与えるのか。


自分の上級試験は年度の後半で取得したため、

発行されたときにはすでに古いものなっていた。


「うそだ……またあの上級試験をやるのか……。また学び直し……」


これには神童もさすがに心が折れた。

仮に今年度のトレンドを勉強して合格したところで、

また来年度には同じだけのトレンドを勉強する。


まるで賽の河原で石を積むような作業じゃないか。


それならいっそ家を諦めたほうがーー。


「兄さん、兄さん」


「え? 俺ですか?」


「そうだよ。あんたもこの街に入りたいのかい?」


「ええ……まあ……」


「だったらいいものがあるよ。

 このトレンド予想マシンさ」


「はい?」


「ちょいと値段ははるが、次のトレンドを予想できるんだ」


「あのな、俺はトレンドを知りたいんじゃなくて

 街に入るための免許がほしいんだよ」


「免許なんかなくても入れる方法も知らないのか?」


「え!? そうなの!?」


怪しい商人は自分のスマホの画面を見せた。


「昨日、ここを訪れたトップアイドルだ。

 彼女は免許なんか持っていない。でも入れた」


「それは……芸能人だからとかだろう?」


「ちがう。彼女がトレンドを知っているからだ。

 免許なんかなくても、門番にトレンドだと認められれば入れるんだ」


「そんなこと一言も……!」


「そりゃお前が見るからにトレンド知らなそうだからだろう。

 トレンドを実現できなくても知識があれば入れる。

 知識がなくてもトレンドを体現できてれば入れるんだ」


「お願いだ! そのトレンド装置を売ってくれ!!」


「そうくると思ったよ。まいど!」


商人から言い値でトレンド予想装置と書かれた洗面器を渡された。

水をはったこの洗面器に頭をつけると、次のトレンドが見えるらしい。


「次のトレンドを読んで、おしゃれになっちゃいナ」


商人の言葉はちょっとうさんくさかったが、

それでも試さずにはいられなかった。


顔を洗面器につけると、息が苦しくなるほどトレンドのビジョンが浮かんできた。



「つ、次のトレンドは……これなのか!?」



まだ誰もやったことのない斬新なファッション。

次に流行るトレンドはまちがいなくコレだろう。


あのフェンスを突破するため、俺はトレンドに身を包んだ。


ふたたび門番の前へとあいまみえる。


「お、お前は……!?」


門番も自分のトレンド力に後ずさる。


「ふっふっふ。ひかえおろう。これが次のトレンドだ!!」


「なんてことだ……!」


「免許なんかなくても、俺はトレンドを知っている!

 さあ、門を開けるのだ!!」


きわきわのビキニパンツをはき、

上着は半透明の雨ガッパを来たNEXTトレンドの体現。


あまりに斬新かつ奇抜なファッションに門番は動けなかった。

先に動いたのは近くを通っていた警察だった。



「この変態めっ! なんてもの見せてやがる!」



「ちがうんです! これはトレンド! トレンドなんですって!」


「そんなおかしなファッションがあるかぁ! 逮捕してやる!!」


こうして上半身ハダカの雨ガッパパンツ男は逮捕された。

翌日のニュースでも珍事件として、世間で大々的に報道された。


そして、その斬新すぎるファッションはまたたくまに若者を中心に大ブーム。



「やっぱり夏は透明雨ガッパファッションだよね」



おしゃれの発信地ピカジュクで、今年のトレンドを独占した。

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