【最終話】さよなら、僕の大好きだったメスガキお姉ちゃん。
――買い出しの帰り、姉はとても悔しそうな顔をした。
「どうかしたの?」
「
「楽しいなんて言ってもらえるとは思わなかったな。でも
「だから
「何なんだよ? 落ち込んだかとおもえば急に怒り出して……。心配して損した」
夕暮れが車のフロントガラスをオレンジ色に染めあげる。日の入りの長さが初夏の訪れを感じさせた。それまで
「それにしても最近のスーパーマーケットって
「べ、別に何もしてないし!! あんたが遅いから暇を持て余してウロウロしてだだけ」
「何を慌ててんだよ。ちょっと聞いただけじゃん……」
気まずい車内の空気に耐えかねて雑談のつもりだったのに、思わぬ反応が返って来てご機嫌取りに失敗したと思った。
「ねえ佑介、ちょっと遠回りになるけどいいかな? おうちに帰る前に連れていってもらいたい場所があるの……」
窓越しを流れる景色に視線を落としたまま、お姉ちゃんは今日初めての
*******
「……わあっ、この場所はぜんぜん変わっていないよ!! ほら佑介、あの目印にしていた岩もそのまんまだ!!」
「ははっ、まるで子供みたいにはしゃいじゃってさ、お~いお姉ちゃん、そんなに走って転んで泣きべそかいても僕は助けてやらないぞ」
「佑介、
後ろを歩く僕から夏月お姉ちゃんの顔は見えないが、きっと満面の笑顔をしてこの雄大な景色を眺めているんだろう。心地よい風が首筋を通り抜ける。
「それに子供の頃、この高台にむかう道すがらで、疲れた、もう歩けない!! ってさんざん泣きべそかいてお姉ちゃんにおんぶをせがんだのは佑介だからね、そこんとこ忘れたとは言わせないから!!」
「……よくそんな昔の出来事を覚えているな。ははっ、まったくお姉ちゃんには敵わないよ」
何げない言葉のつもりだった……。
「私はぜんぶ覚えているよ。だって昨日みたいなものだから」
胸が押し潰されたかのような強い感情に包まれた。寂しげな笑みを浮かべながら振り返った顔をまともに直視出来ない。
「な、夏月お姉ちゃん、ぼ、僕は……」
「このざぁこ……。なんで水に落ちた子犬みたいな情けない顔してんのよ。口角をあげて無理やりにでも笑いなさい!! やっぱり佑介は弱っちいままで大人になっちゃったの? 本当のあんたは違うでしょ」
「本当は違うってどういう意味なの? ……それに夏月お姉ちゃんが今ごろになって僕の前に現れた意味もわかんないよ!!」
荒ぶった感情の波をどうしても抑えきれない。いちばん触れてはならないはずの質問をつい口にしてしまう……。
「……佑介は最初から答えが分かっているからこの場所に戻って来たんでしょ。だから私はあんたの前に現れたんだよ」
最初から僕は答えを出していた……。誰も知らないはずなのになぜ!?
「夏月お姉ちゃんはどこまでお人よしなんだよ。自分は死んじゃったのに!! 幽霊になってまで僕のことをまた助けに現れてくれるなんて……」
「……佑介、あんたは充分に頑張ってきたよ。これまでの勉強も、そして都会での仕事も、決して無駄じゃない、誇りに思っていいんだよ。だからあの湖で死のうなんてもう絶対に考えちゃだめ」
「どうして……? 僕があの場所で死のうと考えていたことにお姉ちゃんは気付いていたんだよ!!」
「私が何年、あんたのお姉ちゃんをやってたと思ってんの。お父さんから事情は聞いていたし、初めてスーパーマーケットの前で会ったときの顔ですぐに分るよ。昔から佑介、顔に出るから……」
住宅関係のブラック企業で社畜同然に身体も精神も、ボロぞうきんみたいに
「……あんたがお姉ちゃんのことを大人になるまで忘れないでいてくれたのは本当に嬉しいよ。だけど一緒に抱えた重荷に潰されたら本当の弱虫だよ、そんな結末を私は望んでいないから」
「夏月お姉ちゃんにずっと謝りたかった。あの日、湖のほとりで遊んていた僕はなぜ言いつけをちゃんと守らなかったのか!? 本当にごめんなさいだけじゃ済まされない……!!」
これまで身体の奥底に閉じ込めておいたさまざまな感情が一気に涙となってあふれ出してしまう。
「佑介、お姉ちゃんとの約束をおぼえてる?」
差し向かいに佇む彼女が僕に差し出したモノ。
「そのカメラ!? いつの間にお姉ちゃんは……」
「ふふっ、あんたの
想い出復元師の父。
その仕事は物質的な意味だけではない。何らかの事情によってこの世に未練を残していった故人の想いを写真を通して現世にいる家族に伝える。この付近に数多く残された縄文時代から続く
「佑介、この場所で私との約束を果たしてくれる?」
「ちょっと待ってくれ、カメラで写真を撮り終えたらどうなるんだ!? 約束を
「……わがままを言わないで。私にはもう時間がないの。それにあの夕日が山のむこうに沈んでしまったら写真が写せなくなっちゃうから」
夕日のまばゆいオレンジ色が彼女の背後から差し込む。その姿を山あいに半分沈みかけるのが僕の視界に映りこむ。
「お願い、お姉ちゃんを守れるような強い男の子になって!!」
「わかったよ、それがお姉ちゃんの望みなら……」
「ありがとう佑介、素敵な大人の男性になってね」
「ああ、約束するから夏月お姉ちゃんも見守ってくれ」
「うん、私も約束するよ」
ジイッ、ジイッ、ジイッ。
カメラを構えてファインダーの窓に被写体を捉える。
「きれいに撮ってね……」
嬉しそうに微笑む、その笑顔の
「ああっ……。僕は夏月お姉ちゃんのことが大好きだ!! ありがとう、短い
「最後まで弱っちいんだから。もっとはやく素直に好きっていいなさいよ、このざぁこ♡」
震える指先でシャッターを押す。これほど露出不足の赤いベロが出ることを望んだ瞬間はなかった。
カシャ!!
――だけど光量は不足していなかった。
「じゃあね、佑介」
出会ったときと同じように彼女は姿を消した。最高の笑顔だけをカメラと僕の
*******
車の後部座席に置かれたままの買い物袋の山をみてまた切なくなった。振り払うように帰路を急ぐ。
「……あれっ、何で別荘の灯りがついてんだ。消し忘れていったかな?」
「ただいま、夏月お姉ちゃん」
室内に入っても独り言が自然と漏れてしまう。感傷的になって駄目だな。これからは一人で頑張っていかなきゃ、むこう側のお姉ちゃんに顔向け出来ないから。
「……この下僕。遅すぎ!! いつまでお姉ちゃんを待たせんのよ。今晩のわからせ勝負に怖気ついてザコキャラだから逃げ出したのかと思ったじゃん!!」
「な、何で消えていないの!? 成仏したんじゃないの!!」
「だからあんたは最後まで話を聞かないって子供の頃からお姉ちゃん何度も言ってるでしょ。だれが消えるって? 頼りない下僕弟の調教が残っているのに消えないっつーの!!」
あああ、そんなのアリ!? 全身から脱力して思わず抱えた買い物袋をリビングの床に落としてしまいそうになる。
「こらっ佑介!! 私のせっかく作った手料理、手荒に扱うなぁ!! 特に自信作の人参のシフォンケーキが崩れたらどうしてくれんのよ。このざああああこ♡」
「人参のシフォンケーキって僕の大好物!? もしかしてお昼の間に作ってくれたの」
「ゆ、佑介の為なんかじゃないんだからね。たまたま料理教室がやってて暇だったからよ!! そんなことよりわからせ勝負よ、うりゃ!! これがだいしゅきホールドよ。うぶなあんたなんかベッドで瞬殺してやるから覚悟しなさい、このざぁこ♡」
「夏月お姉ちゃん、やっぱりだいしゅきホールドの恰好間違えてるし、それじゃあおんぶだよ、本当は知らないんじゃない、性の知識なんて」
「……うそっ!? 少女漫画ではこの格好だって図解で載ってたのに」
「たぶんそれはお姉ちゃんの情報が古いね、本当のだいしゅきホールドはこうだと思うよ」
「その手と足のポーズは何なの!? あ、あんた変態じゃないの。キモいっ、こっちに近寄らないで。えんがちょ!! ザコキャラの上に変態属性なんて救いようがない下僕な弟ね、やっぱりお姉ちゃんが正しい道に調教してあげるから覚悟しなさい!!」
しばらく俺は退屈する暇はなさそうだ。ねえ夏月お姉ちゃん。
「このざこざこ、ざぁこ♡ これからも一緒にあんたと同居してやんよ!!」
【メスガキお姉ちゃん完結】
【メスガキお姉ちゃんは僕をわからせたい!!】 〜ひとつ屋根の下でロリ可愛い女の子がむにゅむにゅな癒しのご奉仕をしてくれるお世話係だと!?〜 kazuchi @kazuchi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます