第53話 キナン公領(1)

 まだ眠いと文句を言うリドとカザンをなんとか起こして、厨房の早番のおばさんが持ってきた残り物をあたためただけの朝食を食べさせる。

 朝の開門とともに出発とのことで、夜明けごろには便乗させてもらえる商人のところにいって挨拶くらいしないといけない。

 あまり時間もないのでばたばたやってると、しばらくはのんびりできるはずの隊長が起きてきた。

「いやあ、騒がしくてな」

 などといいながら、一人づつと話をする。

 これからは行く道が完全に分かれる。二度と会えないかもしれない。

 もちろんそんなことは誰もいわなかった。

 出発の時にもかれはそんなことはおくびにも出さず、ただこうあいさつしただけだった。

「またな」

 一冬だけとはいえ、結構世話になったにしてはずいぶんあっさりした挨拶だった。

 僕たちはそれからあの執事見習いの少年に案内され、目覚め始めて朝の活気に満ちた大公都の商業区域にはいった。

 同行を許してくれた商人はそこで出発準備をしている。ぽっちゃりした福々しい中年男で、作り笑顔をはりつけているのが少し不自然で怖い男だった。なにしろ目は笑ってないのだ。当然というか値踏みの視線が向けられる。

 商人はスルト執事とだけ話をした。僕らは執事の荷物にすぎないようだ。

 村に来ていた商人よりあきらかに豪華なものを着ているし、運ぶ荷も行商人のようにこまごま雑多というより、大量の資材という雰囲気。重量もありそうで、牽引するラクダはどれも四頭。便乗させてもらう荷車だけはこまごましたものらしく、箱というより櫃が積み込まれ、それぞれに内容をわかるようにした石盤を専用のホルダーにおさめてある。それと、ロープをかけて封蝋をしていた。これを破ると弁償ものらしいので、スルト執事経由で厳しくいましめられた。

 王都まで三日の旅程だという。野営一泊、宿場町二泊。

 当然護衛がつくが、この護衛も普通の傭兵、村をあらしたあの連中とは違っている。博士の護衛についていた貴族傭兵にやや近いが、これは商人傭兵で、先々行商人としてでも自立するため、あるいはどこかの村で商売を始めるための資金稼ぎをしている連中だった。将来、自分の資産を守れるよう戦う技術を身に着け、商人としてのふるまい、慣習を体得し、そして任務を通じてコネも形成する。そんな上昇志向の持ち主ばかりのようだ。

 商人はそれぞれ、自分の商会を示す旗と、荷主などとして貴族や豪商の保護を受けている場合はその旗をかかげた。変なちょっかいだすとそのへん敵にまわすぞということらしい。

「だいぶ落ち着いたとはいえ、キナン公領はまだあれているところがありますからな」

 そういえば、ミョルド領が主なしになってしまったのもキナン公領の跡目争いのせいだったな。

 まずないが、もし一戦となったら自衛してくれと言われる。

 キナン公領の旅はのどかな田園風景の中を進んでいくというもので、そんな警告を受けたのは担がれているのかと思うほどだった。

 だが、戦死者を埋めたらしい塚があり、工作放棄された畑が入り混じるような場所、そして復興の槌音の響く半分焼け落ちた村などを見かけるとやはりここは戦場だったのだなと思い知らされる。

 そして内戦は終わったが、今でも兵団の駐屯している集落をいくつも通り過ぎた。

 戦争で稼いでいる彼らは戦争が終わったのだから、次の戦争を求めて移動するのが常のはずだった。

 実際、継承戦争で戦った傭兵団はどちらのものであっても戦争終結とともにキナン公領から去ったそうだ。

 そうでないのが戦時に新編成された兵団。小規模の傭兵集団や、難民を含む流れ者を雇い入れ膨れ上がった軍事組織で、キナン公のひざ元で軍事衝突こそ避けているが、同盟したり対立したりときな臭いことになっているらしい。

 キナン公領の目下の問題は、彼らの整理だった。

 ミョルド領の新領主などはその措置の一環で、有力な兵団を同盟領の兵力としてまるごと外に出すという成功例であったといえるだろう。

 隙を見せれば対立派閥によって整理されてしまう。

 旗をかかげて進む商人たちが襲われる心配はなかったが、だからといって無事というわけではなかった。

 整理を行うくらいで、どの兵団にも十分な予算が回せていないのだ。不足分をたかる分については彼らは遠慮しなかった。ただ、やりすぎるとやはり整理が怖いのでそのへんは海千山千の商人たちの腕の発揮できる弱みでもあったが。

 そんな交渉の二回目。野営の夜のことだ。

 トラブルに巻き込まれることになった。

 原因はクルルだ。

 ルマ人だから、というわけではない。

 その兵団は自分の地位を自分の力で、という貴族の部屋住みの成り上がりパターンで結成されたもので、直属の兵のほかに編入した小規模傭兵団をいくつか抱えているというものだった。この小規模の傭兵団にはそれぞれ事情があるようだが、そいつらについては思わぬ痛手を受けて独立した傭兵団としてやっていけなくなったので、有力な傭兵団に吸収されるか、有力者の臣下になって安定したくらしを得るかの選択を行った結果、ここにいる連中だったようだ。

 ボスの地位がまだ不安定ということで、彼らは解散することなく、いまでもまとまっている。そのリーダーがこれ見よがしに掲げていたものが問題だ。

 ぴかぴかの青銅の矛。彼らの武勇を示し、結束の象徴として掲げている非実用武器。ただし、元の持ち主にとってはそうでなかったもの。

 クルルの師匠の武器だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る