第52話 大公都(2)

 クルルの師匠であるトルンの前歴について、彼女は何もきかされていなかったが、少なくとも白兵戦の達人で、頑丈な矛を振り回し、魔物にしろ獣にしろ、あざやかかつ力強い一撃でしとめるのを彼女は見ていた。くわえて徒手格闘も達人で、村の喧嘩に行き会ったときは双方をこれまたすぱんすぱんと本人たちが目をむく暇もあたえずに制圧し、村長の裁きに引き据えたりもしたそうだ。

 非常に強い「●●●」だったのは間違いないだろう。矛なんて武器を使ってるあたり、かなりの膂力の持ち主だ。クルルに描いてもらった先端の大きさは短めの幅広剣くらいあるし、大きく重い上に金属部分が多いだけにおそらく高価なものだ。

 それに、矛は槍ほど突くことについては洗練されていない。突いたのか、叩ききったのか弟子に確認すると、やはり断ち割るような攻撃が多かったようだ。

 ハルバードなんか渡したら喜んだんじゃないだろうか。

 この大公都の外側城壁の外のあまり治安のよくない区画に、年季奉公のあっせん所という名の奴隷市場がある。クルルの師匠はそこに何度か足を運んで彼の後継者となる「●●●」を探していたらしい。

 だから、彼女の知っている大公都は船着き場とその犯罪者だらけの治安のよくない町。食事をとった料理店や貴賓随行者向けの宿坊のような高級なところは初めてだった。その温度差に彼女は何を感じるのか、口数が多くなっていた。

 ダルドは何も言わない。クルルの思い出を聞いてじっと何か考えているようだった。

「案内のあいつ、クルルにだけは平然を装えてなかったな」

 ああ、ダルドにもわかったのか。当然だがクルルにもわかっていた。

「この町ではルマ人は年季奉公奴隷だろうと、自由人だろうと、城外のスラムにいるものだからねぇ」

「どうしてそんなに下に見られているんだ? 」

 質問してみた。答えは簡単だった。

「貧しいから。それに戦争も負けるほうが多くて、いい土地はずるいキツネの国に奪われてるからバカにされている」

「ずるいキツネの国? 」

「この国だよ。たしか、初代国王の伝説から賢狐の国と呼ばれているけど、他の国ではずるいキツネの国ってよばれている」

 ダルドが教えてくれた。脳筋系で文字も覚えたがらない彼がよく知っていたものだ。

「それだけかい? 」

「実はそんなにやられっぱなしってわけじゃあない。だから余計に腹がたつんだろうね」

 なるほど、ここまでのルマ人への憎悪を見るとなんとなくわかる気がする。

「この町の、汚い部分にもルマの民が大勢かかわってる。そいつらに借金とかで頭のあがんないキツネの民もけっこういる。よけいきらわれる」

 村にいたころ、砦にこもっていてはわかりにくかった差別の構造が少し見えてきた。なのにダルドはクルルに好意をよせてる。クルルはそれに応えるつもりはない。

 この問題は王都にいってもつきまとうだろう。

 眠そうな目をこすりながら、リドがとことことクルルのところに歩いてきてぴたっとだきついた。

「一緒に寝ていい? 」

 見るとカザンはもう眠っていた。それで、話は切り上げて眠ることにした。明日には王都めざして出発することになっている。

 スルト執事と隊長が酔っぱらってもどってきたときにはみんな寝ていた。

 二人は次席執事に挨拶にいったのだが、そのままなぜか大公と暖炉の前で酒をごちそうになったのだという。

「魔物災害の状況を聞かれたよ。アンカレ領もだいぶやられたみたいでね、大公も支援だけでなく、来年以降を考えないといけない」

 大公は仕事熱心なようだ。

「いや、他人事じゃないんだよね。アンカレ領はしばらく大公預かりになる可能性があるらしい」

 王家の不興を買った結果、現当主の隠居とその息子が成人するまでの何年かを大公の後見で管理する。そうなる方向で調整が進んでいるらしい。反発してるのは現当主とその側近数名。

「彼はキナン公の口添えを期待してるが、ミョルド継承問題で王家に借りを作った形になった公が王家にたてつく可能性は低いらしい。ほぼ決まりだろう」

 あとはアンカレ卿が捨て鉢になって兵を起こして、という可能性だが大公の軍だけであっさり制圧されるという話。

「本土はこのハマユウの町と近隣のみだが、大公は沖合に広大な農園をかかえた島の領土をもっておられるでな。海軍と海兵はかなり強力なものをもっておられる」

 アンカレ卿は新春とともに詰みが確定したという。

「どうもキナン公より、切り取り放題といわれておったそうで、そのキナン公が王家の詰問にたいして掌をかえしたようです。まあ、新領主はキナン公の同盟者となりますから、所領が削れるのは望ましくございませんしな」

 持って帰ったらしいあぶった干物をかじりながらスルト執事も情報を補填する。この干物、スルメイカのように見えるが気のせいだろうか。よほど気に入ったのか延々噛んでいた。

「で、明日以降のことですが」

 スルト執事によると、明日より川沿い陸路で王都を目指すけれど、道中完全に安全とはいえないキナン公領を通っていくので数人の商人が合同でしたてたキャラバンに同行させてもらうことになるという。話は既につけていて、ほぼ空荷の荷車に便乗させてもらえるらしい。隊長は乗船する船が二、三日中につくのでそれをここで待たせてもらって、毎晩大公の寝酒の相手をかねてミョルド領の冬のできごとを話すことになるそうだ。

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