第51話 大公都(1)
夕食は結構高級な料理屋でとることになった。
安くあげようと思えば、船着き場近辺の船員向けの飲み屋でもいいのだろう。だが、せっかくだからと町の中心、崩れかけた古い城壁の切れ目を縫ってはいったいかにも高級住宅街のようなところにある料亭は貧乏人が入っていいものではない。
実際、追い払われそうになった。が、スルト執事が話をすると、態度がかわってやや広めの個室に通された。
カニかエビかわからない甲殻類の潮煮、鯛ににているが味は鮭に近い魚の酒蒸し、そんな豪華な料理が出てきて、代金の心配をしたがスルト執事が全部払ってくれるという。
「私が食べたいので、みなさんはついでです」
「足りなかったら、俺もだすよ」
隊長もそういうので、かなりお行儀悪く食べてしまったと思う。森の幸しかしらないダルドたちは最初はおっかなびっくり、味を見た瞬間がつがつ夢中になって食べている。それに比べればクルルは落ち着いたというか、取り澄ましてたべている。ルマ国では海産物は珍しくないそうだ。ただ、彼女ももっと安い魚の干物や塩辛しか食べたことがないらしい。ならがつがついっていいのに、お姉さんぶってるようだ。
いや、僕もあんまり人のことは言えないな。隊長程度にはがっついていたと思う。個室でよかった。ホールなら絶対白い目で見られている。
スルト執事は店の便箋にさらさらと何かかくと、マネージャーを呼んでどこかに届けるよう依頼していた。それから彼は実に優雅に料理を食べる。マナーはああなのか、と真似をすると、クルルたちもいつのまにか真似しはじめていた。
「さっきのメモは? 」
質問してみる。
「大公の次席執事あてですよ。食事は食べていくので、宿坊を借りることができないかお願いしてみたのです。大公のもとにはやんごとなき人も訪れますからね。その随行員用のものをあてられると思いますが、町の宿よりずっと安全で、快適です」
美味な食事を堪能し、返事をまっていると、ノックして黒い学生服のようなものを着た少年がはいってきた。店の人間はもっと華美で機能的な上下をきている。裏方か全然違うところの人間なのだろう。
「スルト・ガオ様のお部屋で間違いないでしょうか」
声変わりをしたばかりらしいまだがらがらした声の少年は見誤ることなくスルト執事にお辞儀した。
「次席どののお使いか」
「はい、お泊りの方はこちらの七人で間違いないでしょうか」
そういいながら、少年は僕たちを値踏みするようにちら見する。ルマ人であるクルルを見たときにちょっとほほをひくつかせたほかは見事に無表情だ。たぶん、なんでこんな奴ら的な思いをしているのだろう。
「モミ砦の元隊長、ゴリアス・ラ・ハマユウ殿と王室学者のコリオ・ルダオ様の新しく雇い入れる者たちだ。礼儀などはこれから教えるところなので、不調法はご寛容ねがいたい」
隊長のフルネーム、初めて聞いた。しかもなんかこの都市の名前がはいっているぞ。
少年は隊長の家名を聞いてちょっと何か思い出したようだった。
「北のラ・ハマユウの町の町長家の方でしょうか」
「当代の末弟だな。手紙をおいていくので、ついでがあれば届けてくれればいい」
「承知いたしました」
案内されたのは内側の城壁のすぐ中の区画。裏手のほうで、木造漆喰と思われる大きな小屋がいくつも並んでいる。その一つだった。普通の家と違うのは、魔法具によるスイッチがあちこちにあって、これを起動することでランタンがついたり、井戸から水が自動的に組み上げられ、あるいは暖炉に火がはいるところ。消したり止めたりももちろんできる。電気のスイッチのようだ。
寝具などは用意済のものからカバーを取るだけの状態だったので、少年が案内しながらカバーを回収していった、
ふかふかのベッドで、カザンは歓声をあげて飛び跳ねる。少年は僕のほうを見てやめさせてくれと懇願してきた。
まあ、クルルのひとにらみでおさまったけど。
「私と隊長はちょっと挨拶してくるので、先に寝てもらってもかまわんぞ」
スルト執事はそういった。
「大公都ハマユウか」
クルルはふかふかのべっどをいとおしそうになでながらつぶやいた。
「知ってる? わたし、ここで師匠に買われたのよね」
人身売買は建前上禁止なので、これは彼女のもってる債務を買ったということになる。
「ルマはここからずっと東だっけ」
聞きかじりの地理知識。この王国の対外的な名称も知らないようなあやふやなものだが、地方の村人が世界知識をきちんともっているほうが珍しい。
「ええ、他の売れ残りと一緒に船で運ばれてきたわ。元値はもっと高かったけど、師匠はその半分出すだけで済んだ。それでも大金よ」
その師匠の生死は不明だ。あの死体の中にまじっていたとしても僕は彼を知らないのだから判断はできない。
あの爆発魔法を使うやつにやられてしまった可能性が高い。
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