第49話 河船(1)
「街中にはいったところが危ないかもしれない、とは思っていたのだ」
隊長は糞で汚れた手をひしゃくで洗いながら説明した。
「と言っても、こんなにいきなりとは思わなかった。これから乗船するが、そういう時に、あるいは逃げ場のない船の中で仕掛けてくるかもしれないと思っていた」
誰が、何を、の説明は不要だった。
「で、あいつ、あきらめたと思います」
「いいや。やつも仕事で受けたのだろう。次の機会を狙ってくると思う」
それで、クルル、ダルド、そしてリドとカザンに説明した。
「リドかカザン、もしかしたらダルドも狙われてるかもしれない。面白そうなものがあっても絶対見に行ったりしないように。かならず隊長か僕かクルルに相談してくれ。行くなら一緒に行こう」
目的は、人質を取って足止め。リドを狙った時点でそれしか考えられない。
「乗れるならすぐに船にのろう」
そんな話をしていると、いつの間にかはずしていたスルト執事が戻ってきた。
「次の便を取ってきました。急ぎましょう」
乗船券と座席兼を兼ねた、使い込まれた木札を人数分もっている。
素早い。
しかし、この判断は正しかった。
きょろきょろするカザンを背負い、リドの手を引いて、いろいろ売ってる街中を後ろ髪引かれる思いで横断し、バイキングのロングシップに艪をつけたような乗合船に乗り込むと、船はすぐに出た。だいぶ離れたころには船着き場のほうがなんか騒がしくなっていたが、船頭は操船に集中していて気づいていないようだ。たぶん、町の衛兵だろう、門のところにいた砦のものと似たようなお仕着せの男たちが数人、こっちを見ていた。やる気はあんまり感じられなかった。
町の権力使えるなら、なぜ最初からそうしなかったのだろう。
「買収か、次期領主の権威をかさにきた恫喝かわからないが、手配が間に合ってなかったんじゃないかな。あっこの隊長はカタブツだから、もう少し下でのってきそうなやつを探さなきゃならんかったんだろう」
隊長の見解だ。
それなら動かされた衛兵たちにやる気がなかったのもなんとなくわかる。
船の行先のことが気になったのはやっとその後だった。
北に向かっているのではなく、南に向かっている。水の流れもそちらになっているので、艪ですいすい進む。逆方向の時はどうするのだろう。
答えは逆方向へ進む舟とすれ違うときに判明した。
艪もこいでいるが、加えてラクダ三頭ほどがロープを引っ張っている。運河なので両岸は石積みなどでかためてあり、路面になっているからできることのようだ。
その岸辺に何かたっているところを通過した。旗竿が二本。一本にはハンノキ村で地面に倒れていたのと同じ、アンカレ領の旗、もう一つは何かの神話に基づくのか、後光をおびた猛禽類をあしらった旗。これが向い合せになっている。
「あれは王室の旗だ。ミョルド領はまだ王室預かりだからな」
ありがとう。解説の隊長さん。
「ここからはアンカレ領だ。つまり、我々はミョルド領を出た」
砦を出発して一日もたってない。だが隊長の声は長旅を終えたかのように安堵と疲れがにじんでいた。
アンカレ領にはいったかと思うと、船は最初の寄港地についた。
キンシの町というそうだ。この町も浚渫の泥を活用しているせいか、モクセイの町と似ている。
「ここで少し休憩を取りましょう。見たところ、屋台がでてるから何か買うといいと思います。船は人の乗り降りで出発まで一時間くらいです」
スルト執事が埠頭に二つほどならんでる屋台をさす。七輪のような簡易コンロを二つ三つ据えて鍋をのせ、何か魚介系のいいだしの匂いがしている。
「ここまで手はおよんでないと思うが、アンカレ領も魔物被害はひどかったそうだ。普通に人さらいには注意をしてくれ」
隊長がいましめる。気がゆるんでいたクルルとダルドがびくりとした。
この屋台の煮物は運河に住む魚とこのへんで取れたハーブや野菜を薄い塩味で煮込んだもので、大き目のお玉いっぱい銅貨六枚で売ってくれる。いれものは自分で用意するか、店のほうから銅貨一枚で借りることもできた。
味は鍋ごとに違うようで、特別よく売れている鍋のものは何かきくと、これは魚ではなく、鹿肉だという。気になったので、子供たちには魚を食べさせ、丼を借りていっぱいもらってみた。
あ、やっぱり。
肉と聞いて男の子たちがおかわりにほしがったがそれは禁じた。
「それ以上はだめだよ」
そしてにっこにこの髭だるまの店主に聞こえないよう声をひそめて彼らに警告。
「これ、魔物だから」
鹿魔物なら鹿といいはることができるだろう。中毒性を利用してあこぎな商売をやってるものだ。
もちろん毒性が最低限になって、ばれないようにしている。どうやってるのか知りたいくらいだが、道具の使い込み具合といいこの店主、長らくやってるのだろう。
そういうのを領主が見逃しているのもどうかと思うが、ここはアンカレ領だ。アンカレ卿が何をやったか考えると、多少の見返りで見逃していてもおかしくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます