第46話 冬の終わり(2)

 暦の上では新年となったが、春の訪れはまだまだ遅い。

 といっても、たまに吹雪くものの、晴れる日は多くなったし、日差しは明るくなった。屋根の積雪も溶けてずれてきて危ない。落ちてだれかに当たる前にと、脚立をたててスコップで雪庇をかき落しているのもあちこちで見る。

 僕たちは荷物をまとめながら、王都からの返事をまっていた。

 それとともに、もし色よい返事がなかったときはどうするかを相談していた。

「捕捉されたら、わたしとキチは兵隊、ダルドたちはどう扱われるかわかんないけど、わたしがその領主なら衣食住を保証して一種の人質にするだろうね」

 クルルはダルドを見た。

「あんたは武器の手ほどきもうけたし、もしわたしらになんかあったら、領兵に編入してもらうという選択もありそう」

 顔をしかめるダルド。

「悪い選択だと思う? 」

 彼女は現実をつきつける。村が壊滅状態で、地位のある親族ももういない。三人のきょうだいは流民になって時に盗み、時に理不尽に凌辱される生活になったり、どこかの「親切」な豪農に家畜扱いで保護されるか、そんな選択しか見えないのだ。

「悪く…ない」

 ダルドもそう認めた。彼にも現実は見えていた。

「だが、いやだ」

 彼は絞り出すように拒否した。

「魔弓の真似をするか、受け入れてもらえるかわからないけど別の土地にいくか。そのどちらかしかないよね」

 別の土地といってもあてがあるわけではない。自分たちの生まれ育った土地以外については彼らはかなり無知だった。

 もちろん、僕も知るわけがない。

 わかっている地理でこの程度だ。

 ミョルド領の南にアンカレ領、北にモルド領、遠く東にこの三つの領地をあわせたくらいのキナン公領。

 戦争はこのキナン公領の跡目あらそいで、アンカレ、ミョルドともに負けた長男の支持者だったが、勝った次男の調略でアンカレ卿が日和り、不十分な戦力で出兵したミョルド卿が戦死することになった、ということらしい。

 戦後荒らしていたあの傭兵たちはモルド卿にやとわれた連中で、報酬を受け取るためにモルド領に戻る途中で戦力不在のミョルド領を荒らしていったものだと言われている。もちろん、これにモルド卿は責任を持たない。

 そして、新領主はこのミョルド卿の忘れ形見である長女をめとるかたちで、正当性を得ることになっている。結果として、父親の仇を褥に迎えなければならないことになった。

 この情勢で、逃げるのに最適なのはどこか。

 魔弓の判断は正しい。誰の権力も及ばない魔物だらけの西の森林地帯なら、自分が生きのび、追手がいやがれば逃げ切ることは可能だろう。

 僕たちの場合、ダルドがなんとか戦力になると仮定してもリドとカザンを守りながらになる。魔物を食うことのできる僕はともかく、他の四人は食べ物を確保できるかも今のところ不明だ。

 あの日、魔弓がやめとけといいにきた理由をこのときやっとわかったと思った。

 ついてくるな、面倒は見切れない。そのことを言いに来たのだ。

 冷たいようだが、彼にも余裕がないのはわかる。

  いっそ、隣領に逃げるというのはどうだろう。魔物の森はアンカレ領もモルド領も接している。そのへんにいけばミョルドの新領主は手を出しにくいはずだ。だが、魔弓がその選択をしなかったのは理由があるはずで、危険な賭けであることには間違いはない。

 それでも、嫌ならかけてみるしかない。季節的に魔物はほぼいなくなっているはずなので、様子を見ながら立て直しをはかるしかないだろう。

 博士が色よい返事を出してくれなければ、もうそれに賭けるしかないのだ。

 いずれにしろ、ここから離れる時がくる。そのために準備を進めた。

 小型魔物もやってこなくなったので、村から持ち出したりした資金を使って足りないものを買い足す。野営用の小道具、保存のきく食料、薬類、最低限のものばかりなので、王都行きになっても多少の路銀は残る。

 どれくらい必要かはわからないが。

 そういう動きをしたのが悪かったのだろうか。

 新領主の手先らしい男が僕たちのところにやってきた。おそらく、隊長に脅しを入れに来たというのと同じ人物だろう。

 その男はなりこそ、商家の番頭という風情だったが、目つきは鋭く、やせた顔は植えた肉食獣のようであった。この男が働いているのを見たことはない。数回見かけた時には何かを見て手元の帳面に何か書いているだけだった。

 その切り裂くような視線が向けられ、直接むけられたわけではないがリドは怯え、カザンも一緒になって震えていた。子供にもわかるような殺気だった。

「キチ、クルル、わしは領主さまの使いじゃ」

 がらがらの声が圧をこめて放たれる。豺狼、という言葉が浮かんだが、あまりくわしくその意味を知らない。

「領主さま? 」

「偉大なゴルガウ閣下だ。婚姻が済めば正式にミョルド領主になられる」

 ほお。名前のほうは初めて知った。婚姻とはみんな人となりは知らないのに「かわいそうなお嬢様」として同情が集まっている前領主の娘さんとのものか。

「そのお使いとかが何の御用でしょうか」

「領主さまはお前たち二名をお召し抱えになる。これは決定事項だ」

 そして剣呑なその男は、僕たちに命じた。

 領都ミョルドに行き、新領主の到着を待てと。

「これは領主さまの命令である。さからうことは許さない」

 先手を打たれたらしい。

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