第45話 冬の終わり(1)

 先行きに不安だらけだが、少し楽しかった冬の日々はどんどん過ぎていった。

 もちろん、冬は冬だ。寒さを乗り越えられず、二人ほど死者を出したが、このへんとしては高齢と、小さく体力のない子供で魔物災害で十分準備ができていないことを考えると、少なく抑えられたほうだと思われている。

 幸い、うちのチビどもは元気に年変わりの日を迎えることができた。

 新年は春とともに始まるそうだ。だが、それがばらばらだと記録上困るということで、国のほうで整えた暦に従う。そのせいで、新年になったが季節が切り替わった感覚はなかった。ただ、少しづつ雪の日がなくなっていき、日がさすことが多くなって春の予感は感じるようになっている。

 このあたりになると、小型魔物もみなくなった。たまに見かけるとしても死体で死因は凍死や餓死など。大型魔物も、彼らを追い払った超大型が除かれているから元のもう少し事情のいいあたりに引き上げてくれただろう。

 そして年明けにどうやらミョルド領の継承問題がようやくの決着をつけたようだ。

 王都から使いがやってきて、町、砦を巡回しているらしい。

 新年とともにやってきた気の早い商人がそんな情報をもたらしてくれた。

 今は王室直属あつかいになっているミョルド領の兵士、役人たちの処遇もこれから決まるらしい。砦の衛兵も、新領主に仕えるか、王室の兵としておそらく消耗の激しい兵団に編入されるか、辞職するかなどこれから決めていくことになるようだ。ざわざわとその話をしている。辞職する場合はさまざまだが、スカウトや紹介を受けて他の貴族のもとに再就職したりするらしい。

 そのような人事を含めた王室から新領主への引継ぎと引き渡しは新年の一か月の間に行われ、その中にはちょかいだしたアンカレ家への対処がふくまれるとのこと。

 いよいよ、進退をさだめなければならない。

 クルル達と話をして、塩井の拠点にたてこもろうという方針にはなったが、それでやっていけるかははなはだ不安だ。大型魔物の被害もわからない。とてもすめる状況ではないかもしれない。

 そんななか、残雪をふんで魔弓がでかけていった。各村の状況を確認し、魔物がのこっているかどうかを報告するためだ。

 彼は出発直前にうちの小屋に立ち寄り、警告してくれた。

「おまえたちも隠れようと思ってるようだが、やめとけ。噂にきくかぎり、新領主はかなり腕利きのレンジャーを抱えている。俺は今回の偵察行で生死不明になるつもりだが、追手はかかるだろう。そいつをふりきるために魔物だらけの奥地まで逃げるつもりだ。身一つだからなんとかなると思うが、キチたちはそうはいくまい」

 じゃあ、どうすればいいんだ。

「博士か、神兵殿をたよることを勧める。隊長に相談して、王都に手紙を出すんだ」

 彼らの保護にはいれば、新領主もうかつなことはできなくなる。魔弓は忠告してくれた。では、彼はそうはしないのかというと、そこまでの仲ではないし、王都になんかいきたくないという答えが返ってきた。

 隊長に相談すると、こころよく手紙の執筆を引き受けてくれた。

「今は王都方面と行き来する手紙が多いからね。で、どういう手紙を書こう? 」

 まあ、力仕事は得意だから、下男にでも雇ってもらえると助かる。でないと、戦場にひきずりだされそうだが、それはまっぴら。

「よしよし、わかった。そんな感じのを書くよ。執事のスルトさんならうまく対処してくれるだろう」

 隊長は新領主が気に入らないのだろうか。ずいぶん協力的だった。

「しかし、少し惜しい気もする。キチ、自分の力が強くなってるのに気づいているかい? 」

 オランウータン魔物に撫でられたおかげでまた少し強化されたアストラル体ほかのことを言っているのだろう。見ればわかるし、シイナたちも気づいていて何も言わないでいてくれた。

 確かに強くはなっているが、防具や武器などがしっかりしてれば大型魔物でも小さいものならもう少しましに戦えるという程度だと思う。正面から一騎打ちなんて絶対無理だ。

 ただ、この秘密を新領主にかぎつけられたら面白くないことになりそうだ。

 強化の名目で毎日リンチされることになるだろう。超回復は便利だが、連続的に使われ続けると弊害が出るような気がする。それに苦痛を受け続けて肉体は回復しても心はそういうわけにはいかない。

「まあ、死にかけましたからね。クルルに心配かけたし、あんな思いはもうまっぴらですよ」

 そういえば、とここでよけいなことが気になった。

「ゴリアス隊長はどうされるので。新領主の兵団への参加資格は僕よりお持ちだと思うのですが」

 隊長は苦笑した。彼はここで微力をつくしたいが、一度新領主の下にはいれば、それはおそらく許されまいとわかっているようだ。それで辞任して従兄が使えている王国のほぼ反対側にある国境地帯の貴族に仕官する方向で働きかけているのだという。

「あそこは紛争が多くて殺伐としてるが、新領主みたいに他人ちの紛争に売り込みにいって火事場泥棒やるようなことはしないからね」

 新領主、嫌われまくりだな。

「ああ、君んとこには行ってないようだが、新領主のとこの誰かの手先らしいのが商隊に紛れ込んできている。逃げないよう脅しにくるから注意しておけ」

 つまり、隊長には脅しが入ったってことか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る