第44話 冬到来(2)
雪が降り始めると、ミョルド領西部は交通が遮断される。
雪季と呼ばれるこの期間は分厚い積雪がそこかしこに現れ、村落をつなぐ街道はほぼ通行不可能になるそうだ。東部はそこまでの積雪はない。また、西部の町をつないで南北に走る古代の運河もどういう仕組みか氷結しない。このため、砦から東のモクセイの町までの数キロの道を除雪するだけで砦は孤立せずに済む。
魔物災害の元凶は除かれたが、冬支度もそこそこで避難してきた村村は、このまま国家の援助を受けながら春を待つことになった。
シイナたち、博士たちが砦を去った翌日にはどっさり雪が積もり、避難民、砦の衛兵と一緒に雪かきをしなければならなかった。
コツを掴むのに少し手こずったが、雪と土の違いが把握できればそういう作業は得意な僕と、元々慣れているクルルは大の男も舌を巻くほど雪の取り除けと廃棄に活躍することになった。
ダルドとの激しい手合わせも効果があったのだろう。ヨモギ村の連中も胡乱な目を向けなくなった。ダルドは衛兵にも稽古をつけてもらっていたし、ハンノキ村に行った時に持ち帰った山刀を与えたものだから彼だけで留守番しても比較的安心できるようになった。
それでも慢心は良くない。クルルはかなり厳しく彼を鍛えた。まだ出没する小型魔物を間引いたり、モクセイの街からの荷物の輸送をまわりもちで手伝うことが多かったからだ。
寒くて厳しい冬だが、街との往復、狩猟、夜の身を寄せ合った暖かさ。楽しく感じる時も多かった。
そんな日々が続く中、いずれ対峙しなければならない心配があった。
ミョルド領の新しい領主が決まりそうなのだ。
勝者側についたミョルド家の分家と戦功のあった軍人で争ってなかなか決まらなかったのだが、それがどうも軍人に決まると言うのだ。
分家は今の領地に多少の加増と宮廷での地位で納得せざるを得なくなったようだ。
そしてやってくる軍人は外国出身の傭兵上がりなのだが、「●●●」を積極的にスカウトした兵団を維持したまま来るらしい。この「●●●」たちは敵味方関係なくかき集めたもので、たぶん領内のそれも例外ではないだろうと思われる。
彼が領地争いに勝ったのも、領袖たる貴族に兵力で貢献できると働きかけ続けたおかげらしい。まあ、噂に過ぎないが。
「現状、危ないのはキチとクルルと魔弓だ」
それと、ヨモギ村の出稼ぎ傭兵も領兵として動員されそうだ、とのこと。
春になって、乗り込んでくる前に進退を決めないといけないだろうと言う。
スローライフよさようならだ。
だが、逃げる先もない。
それでまぁ、参考にするために魔弓氏を見舞うことにした。
見舞い品に滋養強壮の珍味とされる自然薯みたいな芋をもっていき、病床の魔弓に挨拶する。
魔弓は弓の達人で、森や野を踏み分けていく達人だときいている。年齢は四十前後という感じだが、本人もそこはわからないらしい。
怪我により長く病床にあったせいか、見舞ったときの姿はそれより老け込んで見えた。白髪交じりの髪をざんばらにたらし、無精ひげの頬はこけ、そのくせ目だけは鋭くぎらぎらしている。
「初対面でよろしいかな」
彼はぎろっとこちらをにらむ。こわい。だが、変に怯むとあやしまれる。村が違うし、あったことがなくてもおかしくはないのだ。
「はい、これは手土産です」
自然薯もどきを看病の女性に渡すと彼の目が別の意味で輝いた。
「これはこれはご丁寧に」
看病の女性は魔弓の娘さんらしい。すでに同じ村の男性にとついで子供もいるそうで、父親の介護のためにここにきているようだ。
「焼きがお好きでしたよね。お酒も探しておきます」
けが人に酒のまして大丈夫なのかなと思ったが、魔弓は上機嫌にうなずいている。
それでまあ、少しやわらいだところで、彼に新領主の話をした。「●●●」が徴兵されてしまう可能性が高いと。魔弓氏はどう考えているかと。
「それは逃げるしかないな」
彼の結論はシンプルだった。
「俺なら森のかなり奥でも自活できる。あんたも逃げたほうがいい。無理なら、最初からおとなしく従ったほうが便宜がいいだろう」
なるほど。
戻ってクルルたちと相談をすると、塩井のあたりは村の秘密だっただけに見つかりにくいだろうという。だが、必要なものを森から得る知識をもつ魔弓みたいにはいかず、あまり長く孤立状態を保つことはむずかしいだろうとのこと。
「あきらめるしかないのか」
村が壊滅状態なので、おそらくそのまま廃村になるか、新しい移住者を募って知らない村になってしまうか、どちらかしかないだろう。
もう少し、情報を集めて判断する必要がありそうだ。
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