第43話 冬到来(1)

 博士の脱線だらけの話を相手しているのが十歳くらいの少女というのは不思議な光景だった。彼女は彼女で、これまで触れることのなかった知識を貪欲に吸収し、一を聞けば十を察してどんどん知力のあがっている感じがある。

 この子、頭脳の化け物かもしれない。

 なので、博士は念願の魔物の話はあまりできなかった。

 ただ、彼は彼でリドがどんどん賢くなるのが面白いらしく、翌日も同じ状態で、彼につきしたがってきた執事と護衛を困らせていた。

 とんでもない自由人だ。

 三日目、事態が動く。

 シイナたちが戻ってきたのだ。

 彼女たちも僕たち同様、前の夜、閉門後に門前についたので実際には二日目の夜にはいたことになる。

 隊長が開門と同時に迎えにいったのも同様。あっちはもっとでかい魔物と戦ったはずだから、博士にからまれるのもおしまいかなとのんびりしていた。

 まあ、そうはいかなかったんだけどね。

 報告が終わったあたりで衛兵隊の幹部、眼鏡かけたほうがやってきて僕を呼び出した。クルルは子供たちのこともあるのでそのままでいいという。

「でも」

 不安そうな彼女にダルドの稽古をつけてやるよう言っておく。

 基本の綺麗な貴族出身の傭兵に手ほどきを受けたおかげで、素人目だがダルドの某の扱いはかなりさまになってきている。忘れてしまう前に何度も組手をやって自分なりのものにしたほうがいいと思う。これは組織の訓練教官の受け売りなんだけどね。

 それに、彼女らがかなり戦えるってことをデモンストレーションしとくのは女子供と甘く見たトラブルを防ぐのに少しは役に立つんじゃないだろうか。

 できれば、組手だけではなく、打ち込みも見せて破壊力も見せておいたほうがいい。素手で瓦を何枚も叩き割れる女に襲いかかる気は普通しないだろう。

 呼び出された先は先日と同じ応接室だった。というか、たぶんそこしかないんだろうと思う。

 上座下座の考えはたぶん同じなんだろうと思うが、上座には博士が座り、その背後にスルト執事が控えている。はさんだ左右に隊長、シイナがいて、シイナの後ろにはスツールにちょこんとのっかったサボン、そしてそういう性分なのか壁にもたれたオリアスがいて、下座にもってきた古い椅子に座るよういわれた。

「ええと、ご用向きのほどは? 」

 なんで呼び出されたのか本気でわからない、というかわかりたくない。

「『●●●』である君の知っておくべきことがいくつかある」

 嫌な予感しかしない。

「まず、魔物に関係する情報だ」

 やだやだ聞きたくないってだだをこねたら許してもらえるだろうか。

 そんなアホなことを思ってるとシイナから聞いた報告の要約と前置いて隊長が説明を始めた。シイナたちは間違いがあったら訂正する役なのだろうか。

 隊長の話によると、超大型魔物は非常に厄介なタイプで、詳細を知りたければ博士に聞けばいくらでも説明してくれるだろうとのこと。わくわくこっちを見る博士を僕は無視した。絶対時間の無駄だ。

 それでもなんとか倒したが、倒しきれてない可能性があること。

「詳細は博士に」

 話聞かなきゃだめなほうに誘導しないでほしいな。

 ただ、当面その脅威は心配しないでいいこと。同じく詳細は博士に。

 それで時間を食ったので、白百合村の賊の様子を見るだけ見てもどったとのこと。

 白百合村に賊はもういないらしい。だが、時間を取られたので他の大型魔物の動きはまだ把握してないといのこと。

「本来であれば、オリアス殿にもうひと働きしていただいた上で対応を定め、追い払うなり駆除するなりもしていただくところであったが、このタイミングで使いがきた」

 使いとは? 声にださなかったが、隊長にはわかったようだ。自明の問いというやつなのだろう。

「王都より正式な用件と内々定の秘密通知をもってきた使者殿だ」

 昨日、のんびり博士たちと遊んでいる間に出入りした商人に紛れて密使がきたらしい。

「神兵殿らは王都に帰還せねばならなくなった。どこかは伝えられなかったが魔物災害が報告された地域があるそうだ。博士もついていかれる」

 それは静かになっていいな。だが、ここに呼び出されているというのがそれですむわけがないということを実感させた。

「残りの大型魔物への対処は? 」

「こっちでなんとかするしかない」

 その「こっち」に僕やクルルが含まれていると?

 いやそうな顔をしているのでシイナが苦笑していた。

「キチさん、雪がふりはじめたの」

 雪がふりはじめたらどうなんだろう。

「冬ごもりの時がきたということだ。対応は春になってからになる。そのころには魔弓も回復しているから、彼に大型魔物がまだいるか偵察してもらってから決める」

 つまりすぐに何かしろというわけじゃない。

 でも、春先に大型魔物の駆除をしなければならないかもしれない。ちゃんとあったことはないが、魔弓さんが手伝ってくれるとしても命がけなのは一緒ではないのか。

 そういうと、隊長は首をふった。

「いや、おそらくキチさんには冬の間に迷い込んできた分の対処だけご協力願うことになると思う」

 隊長はそんなことを言う。そして声をひそめた。

「ここで問題なのはもう一つの内々定の通知だ」

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