第42話 博士(3)

 報告は隊長に対するものなので、衛兵隊から幹部二名も参加しての報告会となった。博士のことは気にしない、口をはさんでも無視でいいという。王族に対してそれでいいのかと思ったが、ありがたく淡々と説明させてもらった。

 白百合村への分岐点での賊の警邏のバーベキュー。

 潜伏がばれて戦闘になったこと。警邏の三人を倒したこと。(吹き矢を使ったことはクルルの魔導師適性がばれそうなので伏せた)

 ハンノキ村についたところ、裏の塀がやぶられ、村内があらされていたこと。

 村に潜伏していたオランウータン魔物に発見され、追い回されながらなんとか倒したこと。魔物が小型魔物を村人の死体で飼育していたのでこれも処理したこと。

「まて、でかいほうを倒したのか」

「はい、運よく」

「信じられん」

「やつにだまされて、絶体絶命だったんです」

 あんなのは二度とごめんだ。その意図をこめて僕はもうそういう任務はふらないでほしいと目で懇願した。

 隊長は目をそらした。もう無茶ぶりするな、の視線を注ぎ続けていた僕は、急に肩をゆらされて視線をはずしてしまった。

「猩々の死体は、どうしたのだ? 」

 博士だった。

 そんなものわかりきってるだろうにこの人はばかかもしれない。

「あんな重いもの、おいてきたにきまってるでしょう」

 ところで猩々というのは魔物岳上のオランウータン魔物の呼び名らしい。

 いまごろは、小型魔物に食いつくされてるんじゃないだろうか。

「まだ残ってるかもしれない。案内してくれたまえ」

 興奮する博士。その肩に後ろからぽんと手をおいたのは執事のスルトだった。

「坊ちゃま、残っていると本気でお考えで? 」

 静かに、たしなめるように、そしてえもいわれぬ圧がこもっている。こわいぞこの爺さん。

「そんなもの、やってみないとわからんだろう。それに死体がないにしても猩々の知能を示す痕跡がのこってる。今回のやつも偏った知性を感じる。それを見たい」

 動じない博士はとんでもなく鈍感なのか、これはこれで度胸が据わっているのか。

「途中には賊どものいる村もあります。およしください」

 隊長が却下した。博士は唇とがらせてすねるんじゃないかというくらい不満そうな顔をしていた。子供かこの人。

 あのう、とクルルが手をあげた。

「報告は以上なので、家族で村の倉庫にもどっていいでしょうか」

 ダメだなんて言わせる気のない声。

 人が残っていて急いで対処しないといけない村、ツツジ村にはシイナたちが対処する以上、もうおしまいでいいよね。

 隊長はああ、と言った。彼は執事とともにこれから博士をなだめなければいけない。感謝の言葉と、今回持ち出した物資に些少の追加を謝礼としてもらって、僕たちはいそいそ小屋に戻った。

 再びダルドたちと再会を喜び、干し肉などからとっておきを出してその日は少しぜいたくをして、のんびりすごした。クルルはやはりこたえたのかぐったり寝ている。好奇心いっぱいに冒険についてきいてくるカザンの相手は、自然、僕の仕事になった。


「で」

 翌日、リドと話にもりあがる博士にじっとりと批判的な目を向けるクルル。

 スルト爺さんは折りたたみ式の机と椅子を広げて主人のお茶を知らん顔で準備しているし、カザンに棒きれで剣を教えているのは初対面だが王都からついてきたという護衛。この二人、傭兵は傭兵だが、貴族など上客の護衛そのほかを引き受ける高級傭兵だそうで、だいたいは貴族の次男三男で礼儀作法を心得、元軍人で実戦経験も豊富という経歴らしい。そのうち、出世に縁のなかったのが第二の人生のための資金稼ぎをやってるんだそうだ。第二の人生もいろいろで、一人は開墾の余地のおおきい農園を買って結婚するのだといい、もう一人は商売を始めると言っている。

 で、カザンのついでにダルドも一緒に手ほどきを受けていたりする。ダルドは小型魔物にもおよばなかったのをかなり気にしているようだ。

 で、僕はというとリドと一緒に話につきあわされている。話題は魔物の生態、これまで見た大型魔物についての話、そして時々脱線して王都の名所や流行の話。

 博士は僕からいろいろ聞きたかったようだが、なぜかやりとりの多くはリドになっている。博士はこの賢いおませさんと話すのが楽しいらしく、彼女に感心させるためにいろんな話をする。リドは実際賢いので、素直に感心してから鋭い質問をなげかけることもあり、それが博士を喜ばせているようだ。はたからみればただのロリコンである。

 で、この話、クルルも最初巻き込まれていたのだけど、彼女はあんまりつきあえないので、食事の前準備などの口実をもうけて脱出。いまはあきれたように片付けとか下ごしらえをやっていた。

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