第41話 博士(2)

 砦にはいると、好奇の視線にさらされた。

 たった二人で大型魔物に対処にでかけ、帰ってきたのもあるだろう。出て行ったとはいえ、避難仲間だったハンノキ村がどうなったのか知りたいだろう。そんな目なんじゃないかと思う。決して好意的なものばかりではない。

 衛兵詰所にむかうと、中から駆け出してきた三つの影。ダルド、リド、カザンの兄弟た。

 リドとカザンが子供の特権というか無邪気にクルルと手をとりあって踊るように無事を喜ぶのに、少しませてるせいかダルドはなんか疎外された感じになってた。

 隊長が咳払いしたので、クルルはリドとカザンに後で、と微笑んで手をふった。とまどってるダルドにも同様だ。彼のそらした視線が僕の目とあった。

「なんだよ」

 そっぽむかれてしまった。ぷりぷり不機嫌な彼にリドがぽんぽんと慰めるように腰をたたく。

 もうちょっと兄弟漫才を見ていたい気もしたが、隊長に無言の圧で促され、僕たちは砦の応接室まで通された。

 この部屋には初めて入る。異文化のものなので、程度はわからないが豪華な調度を整えてあるという感じ。長椅子には刺繍したクッションがしかれているし、椅子自体もかざり彫刻がほどこされている。

「座ってくれ。湯冷ましだが飲むものをだそう」

 隊長みずからの供応。いいかげんな対応したら後が怖すぎる。

 ぬるいが水はうまかった。喉がかわいていたようだ。

 さて、話を始めようとしたところ、扉の外がなんか騒がしくなる。

「あれは? 」

 隊長はため息をついた。

「ほっといていい。魔物関係の話は後でいいので、まずハンノキ村がどうだったか教えてほしい」

 大型魔物にのりこまれ、全滅していた。端的な報告をすると、彼はさらに深いため息をついた。

 その時、ドアが乱暴にあけられ、二人の人物が応接室に転がり込む。後ろから制止していたらしい衛兵のあせる声もした。

 一人は若い、とはもう言えない年齢。青年期を終わったばかりの感じで普通なら落ち着いてくる頃合いで、実際、顔立ちだけ見ればそんな感じだったが、興奮した表情が全部裏切っていた。着ている服はすその広がった袴のような臙脂色のズボン、袖も丸くふくらんでいて少なくとも作業で汚れる農民や職人の着るものではない。白い生地も絹のようにつややかで高級なものとわかる。そこに時代劇で侍のつけるような青い染め抜きの肩衣をつけている。染め抜きの意匠は斜めに点在する矢羽根。左胸のところにはマヤ文字を思わせるマークが染め抜かれているが、たぶんこれは彼の家紋なのだろう。そしてそれらを細い皮のベルトで閉めてある。そのベルトに細い剣を吊っていた。おそらくこれは飾りだろう。

 これが博士だった。

 もう一人はまるで僕の生まれそだった世界のビジネスマンのような姿。濃紺の上下背広に見えるものをきた口ひげを綺麗に整え、ほぼ白髪になった黒髪を総髪にしてきれいになでつけた初老の男性。この人物は杖をついていたが、握りの感じからして仕込み杖に思える。

 これが博士のおつきの執事だった。

「ゴリアス隊長、ひどいじゃないか」

 博士が興奮を隠さず隊長に抗議した。

 隊長のため息は深い。ただし、これ見よがしではなく小さく、深く、ゆっくりと吐いたため息だった。

「アンカレ卿の手先の賊の話や、村人の惨状など、博士には興味のないことでしょう。小官は任務上、まっさきにそれを聞かねばらならんのです」

「だからって閉め出すのはひどいのではないか」

「博士はご自分の興味のある話をしたがってすぐ割り込むのでご遠慮ねがったまでです」

「無礼ですぞ」

 背広の老人が静かに、上品に、しかし圧しの強い声でたしなめる。だが、隊長は喫しない。

「婉曲にもうしあげても博士には通じませんからな」

「それでも」

「それに博士も話は早いほうがお好きなので」

 なんか昔からの仲にも見えるやりとりだな。

「隊長のいう通りだ。かまわん。続けてくれ」

 博士は鷹揚に言うが目がなんかぎらぎらして品のいい顔立ちが台無しになっている。

「話の腰は折らないでくださいよ。ああ、その前に紹介をすませましょう」

 隊長は僕とクルルを彼に紹介した。

「農民ですが●●●ですので、今回協力をおねがいしました」

「たった二人でいかせたのかい? 」

「神兵殿が折り紙をつけ、すこし手ほどきなどなさいました。まあ、大型魔物をひきはなすだけでよいのでそれならなんとか」

「そうか、無事でなにより」

 博士はにっこり笑ったので勘違いしそうになるが、こういうのは社畜時代に何人も見ている。相手を気遣ってるようで、実は自分の面子や利益が保たれてご機嫌な連中。博士には狂気じみた情熱を感じるのでさしずめ研究馬鹿が研究データの無事を喜んでいるだけなのだろう、

「キチ、こちらはコリオ・ルダオ卿。ルダオ家は王家の分家で王都に隣接するルダオ市の領主。コリオ殿はその現当主の三男にあたるおかただ。魔物について研究をし、王室より博士の称号と予算をいただいて研究所を構えておられる」

 紹介された博士の出自、身分が案外すごくてびっくりだ。当主でも後継ぎでもないが、王族ってことだよな。ミョルド家もアンカレ家も及ばない高位貴族。

 そんなんがこんなとこに御供一人でほいほい来ていいのだろうか。

「さきほどから小官に文句を垂れておられるのはコリオ殿の執事のスルト・ガオ殿。もとはルダオ家の筆頭執事だが引退されてコリオ殿の個人執事となっておられる。もし、用件があればこちらにまず話をしてくれ」

 いや、あんたら実は仲がいいだろ。

 老執事がなにか文句を言おうとしたが、博士が片手をあげて制した。

「時間の無駄はもういいだろう、さあ、話をきかせておくれ」

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