第13話 魔物(2)

 打ち解けた、というわけではないが、クルルとは比較的穏便につきあえている。彼女が僕に好感をもってくれているかどうかはわからないが、会話に不自由はあるものの、一番年長なためか、それとも彼女なりに人しれぬ苦労があったのか、時々通じ合うものを感じるし、出会いこそ拘束と蹴りだったがどこかかげを感じさせるのに一本通ったところがあって公明正大であろうとする感じがある。こういうのをなんというのだろう。なんかうまい表現があった気がする。

 まあ、彼女とは結構うまくやれている。たまにストレス発散なのか徒手格闘の相手を申し付けられなければ申し分ない。彼女の徒手格闘の実力はずいぶん高い。独学ではない型のきれいさもある。だが、武器を持とうとはしない。僕が鎌にアストラル体をまとわせて草刈りをしているのに目を丸くしていたから、彼女のは格闘特化なのだろう。だが、体重を生かした攻めは苦手なようで、一本取れるときはそれがうまくはまったときだった。

 嫌な経験があったのか、そんなときの彼女はかなりおびえた顔をするので、それは封じ手にしたけど。

 彼女が僕に一線引いているのはもしかするとそこにあるのかもしれない。考えたら、成人男性と中学生くらいの少女だ。無理のない警戒だし、そこはこっちも気を遣うところだ。

 年少のほうの少女、リドはクルルの手伝いでついてくることがあるが、姉貴分のクルルのうっかりをさりげなくフォローしたり、しっかりした感じのお嬢さんだ。クルルのかわりに兄のダルドとくることもあるが、その時には年長の兄のくつわをがっちりつかんでいる感じがある。

「クルル、臆病、少し。キチ、慎重、えらい」

 そんなことを言ってくるおしゃまさんでもある。これは「けんさくくん」によって「クルル姉はちょっとびびりだから、気をつけてあげてね」と翻訳された。あってるのかな。

 そして彼らの末弟カザンはあいかわらずいたずらもののクソガキだ。相変わらず毒キノコだの虫だらけのキノコだのもってきて「食べる、できる? 」と聞いてくる。

 一度はしゃれにならないくらい毒の強いキノコをもってきたらしく、クルルに取り上げられていた。

「これ、死ぬ。だめ、さすが」

 まあ、即死するくらいの毒だからさすがにヤメロとそんな感じらしい。確かに見かけはカエンダケに似ていたので、森でみかけたことはあるが避けていたやつだ。超回復は死ななければきくというやつだから、死んでしまうのはだめだろう。

 もちろん、虫だらけのキノコは丁重にお断りした。

 カザンは背丈の小ささもあるのだろうが、いろいろ見つけてくることがある。薬に使える草やキノコを見つけてきてクルルやダルドに「これ、なに?」と聞いていることがあった。知識は共有して、僕も森で見つけたらとって干しておくようにしている。

 最初に小型の魔物を見つけたのもカザンだが、変なもぐらとだけいうので、魔物とわかったのは後になってからだった。

 ダルドはずっと僕を敵視していた。クルルには逆らえないので、取引や弟妹を引率してくるときにはしぶしぶといった様子であの棒きれはあいかわらずいつでもふりまわせるように手にしている。

 特にクルルと話をしているときの視線が殺意さえ感じるほどなので、まあ本音がわかりやすいよね。

 朝夕の冷え込みがシャレにならず、やりかたがわからずごわごわにした臭い毛皮でもないよりましと積み重ねて寝るようになったころ、朝食の支度をしていると森のほうからダルドの助けを呼ぶ声が響いた。

 昨日、得物が取れたサインに黄ばんだボロ布を旗のようにたてておいたので、取引にやってきたらしい。

 それ自体はおかしなことではないが、助けを求めてくるのは尋常ではない。

 かわいくない相手だが、後味が悪いのも嫌だ。手に負えない脅威だったらどうしようと思ったが、その時はその時判断しよう。こんな近くなら知らないふりですむとは思えない。

 狩りで使う手製の槍、それと無骨なこん棒をつかんで現場に急いだ。

 背中にカザンをかばって、あちこちかすり傷だらけで汚れた姿のダルドが、地上にはいあがった少し大きめのもぐらもどきと対決していた。

 その手にあるいつもの棒は半分になっていて、断面が鋭利になっている。もぐらもどきは顎がとくに巨大化していて、前歯もするどくでかい。あれにやられたのだろう。

 そのもぐらもどきは大きいだけではなかった。

 赤紫色のアストラル体がはみ出していたのだ。

 アストラル体の色は、僕もクルルも、それにあの森の王のような鹿も全部一緒だ。

 じゃあ、なんだこの色は。

「注意、×××」

 まあ、「気をつけろ、×××だ」という意味だろうし、「けんさくくん」もそう解釈した。

 たぶん×××は魔物かなんかだろう。

 そいつのアストラル体は歯に特にぶ厚くつきまとっていて、最大の武器が何かはもう聞くのも野暮という状態。

 あんなの近づきたくないな。

「足止め、一緒」

 そういってダルドはカザンをちらっと見て彼に声をかけた。

「合図、逃げる。呼ぶ、クルル」

 ああ、まあつまり二人でこれの足止めをして一番頼りになるクルルを呼んで来いの名目で、小さなカザンを逃がすつもりなんだ。

 けっこい男気のある小僧だな。

「キチ、あちら、注意、引く」

 そしてダルドは反対側から気をひいてもぐら魔物をきょろきょろさせるつもりらしい。

 アストラル強化したものが衝突するとどうなるかわからない。ダルドの棒のような強化されてないものは元の素材がよほど硬くないと負けてしまうだろう。

 武器はもう一つある。リーチのあるこれで一つためしてみよう。

 槍は長すぎない長さにしている。くくり罠の獣の蹴りとかがとどかないくらい、でもアストラルをまとわせることができるくらい。

 僕はそっと歩いて魔物の視線の外にでた。魔物はじっとダルドをにらんでいるとおもったんだが、このとき、小さなカザンを見ているのだと気づいた。見ているだけではない。よだれが出ている。あの子を食うつもりなんだ。

 注意が集中して少し接近されたことにも気づかないようなので、悪戯心がわいた。  

 ちょいちょいと穂先でやつのほほをつついてやる。後で考えたら、ここで思い切り突けばよかったんだが。

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