第12話 魔物(1)
半年がたった。いや、たぶんそれくらいだと思う。数え方を途中で変えたので正確なところはわからない。
僕とクルルたちは距離を取りながらもなんとかスローライフを過ごしてきた。
語感はのんびりしたものだが、全然楽じゃないよね、スローライフ。
出来合いのものを参考にして縄を編むことができるようになった。縄を編む道具は村の廃墟で拾ったものをクルルに伴われたリドが渡してくれた。しぐさと片言で彼女が見た範囲での使い方を教えてくれたので大いに助かった。材料をどこから持ってきたのかは彼女はわからなかった。しっかりしたお嬢さんで、わかるものとわからないものははっきりわからないといった。材料は森の特定の樹木の樹皮で、採取跡を見つけて自分で確保した。これで罠でちゃんと使えるようになるまでが一苦労。
それから籠の編み方も同じように覚えた。採取した根菜や木の実を整理するのに使えるし、背負っていけば手があくし多く持ち帰れる。これも一苦労。
今は草鞋の編み方で悪戦苦闘中だ。村から拾ってきた靴はぼろぼろで履物の確保は衣服の新調より深刻になってる。
木靴を作ってみたけど履き心地よく彫るのは至難だし、なんとかなっても脱げやすい、足の柔軟性が生かせないのは森の中で活動するのにはむかない。クルルもはいているのは草鞋だ。彼女は自分で編めるらしいが、ずっとあてにしていいもんじゃない。幸い、材料は藁でも干し草でも大丈夫なようなので、ぼろぼろの鎌にアストラル体のはみだしたのをまとわせてすぱすぱ刈っている。
アストラル体というと、炎を出すまでにはいたってないが薪をかわかすことができるようになった。村の備蓄や家屋の廃材などを回収していたが、しけってないのがこころもとなくなってきたので、森の枯れ枝を拾い集めてたきつけてみたんだが、煙がすごくて火もつきにくい。確か、本当は薪って年単位で乾燥させるんじゃなかったかな。
で、まあ縛られているときにほんのり熱が出せたのを思い出して温風でもあてればはやく乾燥するんじゃないかと思ったところ手ににぎった生木から蒸気がむわっとあがって数秒でほぼ乾燥していた。
どうやら、生木の中の水分を直接加熱したっぽい。電子レンジだ。
そしてこれをやるとおなかがすく。薪を一束作った時は毒キノコでもなんでもかまわず食った。少し超回復が働いた気がする。
それを除けば、この半年は超回復で強化される機会はなかった。
あのアストラル体の立派な鹿のような危険な相手は避けていたし、黒山猫たちは僕が無傷なもんだから避けてもっと与しやすい獲物を探しにいってしまう。危険な動物にはいまのところ他に遭遇していない。森の下草や虫などをたべる、猫くらいの小型の猪ににた動物や、地下茎と地中の虫をたべる大型のもぐらなどが獲物に加わったが、猪もどきは気が付けばものすごい速さで逃げていくし、もぐらは歯に気をつければあぶなげなく捕まえることもできる。どっちも肉にしてしまう。
そうして取れた肉はクルルたちに保存食にしてもらって手間賃などとして三分の二を渡すのが定番だった。
食料と燃料はこの通り、わりあいなんとかなっているが、どうしても不足している。あるいは将来間違いなくこまるものが少なくとも二つあった。
炭水化物、つまり米や麦などの主食ポジションの食べ物と衣類だ。仕立てはがんばるとしても布は困る。村の廃墟からできるだけ回収したから、直せばしばらくは大丈夫だろう。ただ、衣類は多少きれいならそれなりに値段がつくようで、ほんとうにボロしかのこっていない。主食も畑が荒らされ、蓄えていたものも略奪されていたので村にはあまりなかった。この村の人は米の半分くらいの粒の雑穀を粉に引いてひきわりパンにして食べていたようだ。
「春、畑、やる、必要」
困った顔のクルルに相談された。
アシスタントAIの「けんさくくん」がこれを「来春から、畑をやらないといけないかも」と翻訳する。語尾のあげさげなどのニュアンスをきちんと解釈してわかりやすくしてくれるのだ。まあ、だいぶ僕自身もわかってはきたが。
「助け、求める、しない。なぜ? 」
何度目かの質問をした。村を保護してた領主かなんかが自治体があったはずだから、事情を説明して助けを求めるべきではないか。そんな疑問だ。
そしていつも彼女は悲しそうに沈黙してしまう。何か事情がありそうだが、無知な僕にはどうしようもない。
あの村は、「ミヨルド家族」つまりミヨルド家という貴族に所属していたらしい。「十分の二、渡す。ミヨルド家族、守る」つまり納税して保護を受けていたと。
そのミヨルド家は「争い、加わる、負ける」つまり戦争の負けた側についていたというわけだ。負けて保護者がいなくなった隙に野盗に襲われたらしい。あの盗賊たちが元は何者だったか、クルルは知らなかったが、おおかた敗残兵や負けた側についていた傭兵団というとことろだろう。
と、いうことはミヨルド家になり替わった貴族の手のものが現状確認にやってくる時が来るんではないだろうか。彼らはこの孤児たちの存在に気づいたらどうするのだろう。そう考えると畑をやるのはリスクが高い気がする。
襲撃があったのは初夏だったらしい。この半年、だんだん暑くなって獲物が増え、そして半年の終わりあたりには数は減ったが脂肪を蓄えた獲物が増えた。やがて冬がくるだろう。この土地の冬がどの程度きびしいかよくわからない。
「冬、寒い、どれくらい? 」
「薪、たくさん、用意。保存食たくさん、用意。食べ物ない。×××でる。危険。クルル、ここ、来る、ない」
知らない単語が出てきた。
それが、魔物のことだと知るのは実物に遭遇したあとだ。
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