第4章:記憶
「お父さん、お母さん、やっぱりまただめだったよ……」
「今度こそ本当に仲良くなれそうだったのに……」
崖の上から荒れ狂う海を見て、琉花はため息をついた。
そして幾度となく再生されたあの日の記憶が、今日もまた琉花を堅くとらえて放さない。
夕暮れ時。
海沿いの崖道。
そこを走る一台の車。
ハンドルを握る琉花の父親の眉間にはしわが寄り、助手席の母親は不安げな表情を浮かべている。後部座席では、幼い琉花が窓の外を無言で眺めていた。
「琉花、すべてお前のためを思ってのことなんだ。分かってくれるよな?」
父親の声は微かに震えていた。
琉花は黙ったまま、ただ首を小さく縦に振った。
母親が振り返り、優しく琉花の膝に手を置いた。
「ごめんね、琉花。私たち、もうどうしていいか分からなくて……」
琉花は母親の手を見つめ、小さな声で言った。
「私のせい……だよね」
「違うよ、琉花!」
父親が声を荒げた。「お前のせいじゃない。お前のせいじゃない……。この世の中が……世界が……」
父親の言葉は途切れた。車内に重い沈黙が流れる。
琉花の心の中では、様々な感情が渦巻いていた。両親への愛情、自分の能力への恐れ、そして深い孤独感。彼女は両親が自分のことを心配してくれているのは分かっていた。しかし同時に、自分が両親にとって重荷になっているという罪悪感も感じていた。
「お父さん、お母さん……私、頑張るから」
琉花は涙ぐみながら言った。
「だから……」
その言葉を遮るように、父親がアクセルを踏み込んだ。車は急加速し、ガードレールに向かって突進していく。
「愛してるわよ、琉花」
母親の最後の言葉が聞こえた瞬間、琉花の中で何かが弾けた。
突如として、車内の全てのものが宙に浮き始めた。琉花の能力が、彼女の意思とは無関係に暴走したのだ。
車がガードレールを突き破り、崖下へと転落していく。その瞬間、琉花の体だけが車外へと放り出された。
「お父さん!? お母さん!?」
琉花の悲痛な叫び声が夕暮れの空に響き渡る。彼女の能力は彼女自身を守ったが、両親を救うことはできなかった。スローモーションのように、ゆっくりと車が海に飲み込まれていく……。
崖の上に一人取り残された琉花。彼女は茫然自失の状態で、崖下を見つめていた。波の音だけが、この世界に存在する唯一の音のように感じられた。
「どうして……」
琉花の目から涙が溢れ出す。彼女の周りの小石や砂が、彼女の感情に呼応するように宙に浮かんでは落ちた。
両親を失った悲しみ、自分だけが生き残ってしまった罪悪感、そして制御できない能力への恐怖。これらの感情が琉花の心を激しく揺さぶり、彼女の魂に深い傷を刻んでいった。
この日の出来事は、琉花の人生に消えることのないトラウマとなった。両親との最後の会話、車が崖から落ちていく瞬間、そして自分だけが助かってしまったという現実。これらの記憶は、琉花の心に永遠に刻み込まれることとなったのだ。
琉花はただ、そこにマネキンのように立ち尽くしていた。
永遠にも感じられる時間のあと、琉花は眼下の海に向かってゆっくりと一歩を踏み出した……。
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