弔と愛
紫鳥コウ
弔と愛
お手洗いから出たところで、ひとりの女性とぶつかりそうになった。目元の涼しい彼女は、
僕たちはこの港町からローカル線に乗り、駅員さんのいない四方を山に囲まれた無人駅で降りた。不思議と一本だけ種類の違う樹が山にあり、この一帯の情緒を乱していた。それに、喪服姿でここにいることも、この風景と調和していなかった。
木造平屋建ての彼女の家は、いまは独り暮らしだということもあって、
網戸にくっついている蝉が、扇風機の羽根の音を打ち負かしている。それに頓着する様子もなく、彼女は着替えて、裸になった僕の横へと座った。
「クーラーはないの?」
「ここは、涼しいのよ。夜も朝も。いまがちょっと暑いだけ」
布団を敷くことはなく、ざらざらとした畳の上で、静かに求め合った。夏の蝉は、庭の松の木に何匹もとまっているだろうし、家のあちこちには、何匹もの
夕暮れ。駅まで送ってくれた彼女に――涼子に口づけをした。夏の夕陽の味がした。葬儀のときには潜ませていた、この情熱的な顔にもう一度口づけをしようとしたら、もうお別れだからと
港町は蜜柑を溶かしたように
五年後。
夢を見た。あの駅……駅員さんのいない駅から彼女の家へ歩いているはずなのに、どこまでも
同級生が死んだ。不眠症のせいで重くなった身体に
よほど顔色が悪かったのだろう。「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのは、ずっと笑っていられるようにしてあげたいと思ってしまうほど、マジメな表情が似合わない女の子だった。きっと歳が十くらいは離れていると直感したが、聞いてみると、大学を卒業してしばらく経つとのことだった。
その晩、一緒に寝た。事が終わると、すんなり眠ることができた。この子と付き合いたいという気持ちが、こころの奥底から
それからも不眠症が続き、今度死ぬのは自分ではないのかと思いはじめた。だけど、死んでしまえば、この苦痛から解放されるのかもしれない。そう考えると、涙が止まらなくなった。
しかし、次に
このオトコの浮気相手は、葬儀場まで彼を迎えにきた。彼がトイレに行っている間に、僕は彼女へ――双葉へキスをした。
大学院生だという双葉は、アルチュセールの研究をしているのだと言った。その哲学者のことを知らなかったので、入門書を買って読んでみた。だけど、彼女のことを理解する手助けにはならなかった。双葉のことを知ることができるのは、他愛ない会話からだけだった。
両親も最愛の妹もいない。ひとりきりで生きていく――はずだった。しかし僕は、双葉と結婚をすることになった。かなり年上の僕との結婚の話に、双葉の両親は、難色を示した。しかし何度も話し合いを重ねた末に、快く承諾してくれた。
博士課程を修了してから、なかなか研究職にありつけない双葉は、僕に申し訳ない気持ちを
こうしたやりとりをした日は、必ず一緒に寝たし、事が終わると、ぐっすり眠ることができた。悪い夢を見たことは一度もない。
〈了〉
弔と愛 紫鳥コウ @Smilitary
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