第3話

 喫茶店の空調を横目に、制服のカーディガンの袖を伸ばすと、私はレモンサイダーに口を付けた。

 「・・なんだか、懐かしいですね」

 「うん」

 なぜ私に話しかけたのか、その疑問を持て余して、まだ記憶に新しい過去を緩やかに蘇らせる。

 私たちは、数年前まで付き合っていた。そのとき、私は中学一年生だった。だが、祉湧さんの中学卒業と共に関係は自然消滅した。よくある話だ。その後、見かけることも意識することも無かったが、今こうして再び顔を合わせている。

 「今朝、偶然見かけて話したくなった」

 意外そうに私が瞬きすると、彼は微笑んだ。

 「舞野さんを見た瞬間に、思い出した・・・幸せな思い出ばかりだった」

 祉湧さんの瞳が真っ直ぐに私を捉える。

 「今までありがとう。伝えそびれちゃって、ごめんね」

 「え・・・こちらこそ、ありがとうございます」

 動揺よりも遥かに大きく、心の底から感謝の気持ちが沸いてきて、私の口からはすんなりと言葉が零れていた。

 祉湧さんは安心したように目を細めて、アイスコーヒーに口を付けた。透明な氷が涼やかな音を立てる。

 「舞野さんは、高校どう?」

 「えっとーー」



 手元のレモンサイダーに視線を落とすと、グラスの底で氷が小さくなっていた。時計を盗み見て、小さく嘆息する・・・そろそろ、帰らないと。

 「最近、彼女できたんだ」

 ん?

 「今の高校で知り合って・・・」

 しばし思考が停止してしまった。

 【祉湧さんがほっとかれる訳ないもんな・・】

 祉湧さんの人の良さは、少し話せばすぐに分かる。納得して、でも、喉が微かに詰まった。

 運命的とも思える再会に勘違いでもしたのだろうか。それともー

 「良かったですね」

 「うん」

 今なら、言わなくていいことまで言ってしまうかもしれない。

 「ー私は、別れました」

 かける言葉が見つからないというように、祉湧さんはただ私の言葉の続きを待った。

 「別れたんです・・谷口と」

 祉湧さんとの別れが綺麗な自然消滅じゃないことは、私が一番分かっている。

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