第2話

 混雑している帰りの電車の中、私は何の感情も宿らない瞳を移ろう外の景色に投げやっていた。電車の、のんびりとした揺れの後、扉が開いて、私は機械的に足を動かした。



 「舞野さん」

 ・・いつからか聞かなくなった声。記憶に爪を引っ掛けて、引き上げるには十分すぎるその声。ただ、呼び方が違うだけ。

 振り向くと、やはり『彼』がいた。最後に見たときより少し日に焼けて、でも、落ち着いた目元も柔らかな髪も、変わっていない。身長が近づいた気がするのは、私の背が伸びたからかな。

 「・・久しぶり」

 微かな緊張を伝えないように、応えた。

 「久しぶり」

 丁寧に発せられた音が鼓膜を震わす。

 【本当に、『祉湧さん』なんだ。】

 夕方の始まりは、柔らかな日差しを祉湧さんの黒鳶色くろとびいろの瞳の中で煌らせた。彼が言葉を続ける。

 「このあと、時間ある?・・・少し、話したい」

 私に、断る理由など無かった。

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