53話 初歩

 暁班の四人は、各自選んだ剣術流派を極めるための鍛錬を開始した。しっかりと稽古をつけてもらうのは源治さんと竜仙さん以来で、緊張しながらも僕は鍛錬を楽しみにしていた。


堅岩流を選んだ新米団員たちと共に訓練をするので、20人程度の人数で師範を待っていた。


「お前らが堅岩流を選んだ団員たちだな?」僕らを見渡しながら師範が言った。


はい!と返事をすると、まず僕を見て師範が言った。


「神隠団に剣術流派という概念が生まれて、最初の世代がお前たちだ。この仕組みが今後も続いていくかは、お前らの出来にかかっている。いいな」


全員が真剣な表情で頷く。


「幸い、堅岩流の生徒の中には精鋭部隊『暁班』の楓がいる。知識や経験の豊富な彼に教えてもらいながら頑張るように」


視線が僕に集まった。


「いや、まぁ‥それほど皆さんと変わらないですけど‥」




早速稽古が始まり、僕たちは基礎を覚えさせられた。


「堅岩流の基本。それは防御と安定だ。お前たちがこの流派を極めるには、まず『崩れない』ということを体に叩き込む必要がある。攻撃を受けても動じず、地に足をつけたまま、次の反撃に繋げられるかどうかがすべてだ」


師範は竹刀を構え、一歩踏み出して地面を鳴らした。大地が微かに震えるような感覚が全身に伝わる。


「まずは構えだ。堅岩流では己の身が盾となる。腰を落とし、重心を低く、足を地に張り付けるようにして立て。敵の攻撃をそのまま全身で受け止まられるくらいに、体勢を固めろ」


全員が体勢をとり、師範は竹刀で尻を叩いてくる。それで体勢を崩すと怒鳴られる。


「全く姿勢が固まっとらん!やり直し!」皆が尻を叩かれている中、僕だけは一度も指摘されなかった。鍛錬の量が他の団員とは桁違いなので、これくらいは当然だ。


「そのままだ!その姿勢を維持しながら、五歩だけ前進してみろ。背筋を伸ばし、足音を響かせるように重く歩け。ただの歩行ではない、堅岩流の基本『鉄壁の歩み』だ」


あまりにも格好の悪い名前だが、とても重要なことらしい。


僕は重心を崩さないように、一歩一歩足を進めた。だが、膝にかかる負担と体の重さに、数歩進むだけで足が震えてくる。


「しっかりしろ!これが出来なければ、堅岩流の技など夢のまた夢だ!」


師範の叱咤に、誰も音を上げることなく必死で歩みを続けた。


「次は『受け止め』だ。敵の攻撃を弾くのではなく、衝撃を吸収し、次の動きに繋げる体の使い方を覚える」


僕らは並ばされ、師範が一本の太い木の柱を運んできた。柱には紐がつけられており、丸太のようなものがぶら下がっている。師範はその紐を揺らし、丸太を僕たちに向けて振り始めた。


「この丸太をお前たちにぶつける。受け止めろ。ただし、力で押し返すな。そのまま体全体で衝撃を吸収し、揺れずに立っていろ」


丸太が勢いよくに向かってくる。別の団員は受けきれずにふらついているが、必死に耐えようと努力している。


そして僕の番だ。丸太が向かってくる瞬間に体を硬化させると、僕にぶつかった丸太が割れてしまった。


「はっ‥」師範は困惑を隠せずにいた。僕が「すみません、丸太、まだ使いますよね‥」と謝ると、僕の体の方を心配しろと言われた。


「よし、一度休憩を入れるぞ。次はより辛い訓練になるから準備しておくように」




      *




 俺が雷光流の訓練場に足を踏み入れると、既に十数人の団員が揃い、鋭い目つきで自分の刀を確認しているところだった。彼らの中には研修生と思われる若い顔もあれば、ある程度の経験を積んでいる様子の者も混じっていた。


「雷光流‥速さと反射神経が求められる剣術、か。俺には合ってそうだな」心の中でそんなことを呟いた。


「おい、精鋭部隊の琉晴が来てるぞ」低い声で囁く団員の声が聞こえ、すぐに他の団員たちの視線が俺に集中した。


「さすが精鋭部隊だ、やっぱり選ぶ流派も一味違うな!」


少し興奮気味に話しかけてくる若い団員に、俺は軽く手を上げて応じた。


「俺だって雷光流を学ぶのは始めてだ。皆と何ら立場は変わらない」照れ隠しのように苦笑しながら返事をすると、周囲は少し緊張を解いたようだった。


やがて、足音とともに一人の男が訓練場に姿を現した。師範は中背で筋骨隆々の体つきをしており、年齢は50代に見えるが、動きには全く老いを感じない。鋭い眼光で団員たちを一人ひとり射抜くように見回した。


「‥お前たちが雷光流を選んだ新米たちか。雷光流を教える者として、お前たちを鍛えることになった。まず言っておくが、この流派は速さと精確さ、そして冷静さが求められる。力や体力だけでどうにかなるものではない」


師範の言葉に、団員たちは一斉に頷いた。


「雷光流に必要なのは、相手の攻撃を見切る『目』と、それに即座に対応できる『身体』だ。そのためには、自分の動きに一切の無駄があってはならん」


そう言うと、師範の竹刀を手に取り、床を軽く叩いて全員の注意を引いた。


「まずは動作の基礎だ。攻撃と防御を一体化させる構えを身につける」


師範が静かに構えを見せると、団員たちは息を呑んだ。竹刀が体の正面に自然と収まり、まるでそのまま流れるように動き出す準備が整ったような姿勢だった。


「琉晴、お前が最初にやってみろ」


突然名を呼ばれた。やはり認知されていたか。


俺はすぐに立ち上がり、竹刀を手に師範の前に進んだ。


「雷光流の構えは、刀を振り上げることなく攻撃に移れる構えだ。剣先を敵に向けたまま、わずかな重心移動で突きも斬撃も繰り出せる。この構えを覚えれば、相手の攻撃に反応しながら即座に反撃できるようになる」


師範は俺の動きをじっと見つめながら言った。


「こんな感じか?」俺は言われたとおりに刀を構えた。


「悪くない。だが、肩に力が入りすぎている。雷光流は軽やかさが命だ。剣先だけに意識を集中し、肩を脱力させろ」


俺は肩を緩め、剣先を少し動かして感覚を探った。


「よし、それでいい。では、その構えでこの球を受け流してみろ」


師範が突然、丸い木球を俺に向かって放った。


俺は反射的に刀を動かし、木球を受け流した。軽く息を漏らすと、周りの団員たちが感心したような顔でざわめいた。


「悪くない。だが、お前の動きにはまだ少し硬さが残っているな」


師範は腕を組みながら言葉を続けた。「雷光流では、あらゆる動作を連続的に繋げる必要がある。お前の動きだと、受け流した後に隙が生じる。次は、流れるように反撃に移る練習だ」




 その後も訓練は続き、俺は何度も刀を動かしながら師範の指導を受けた。周囲の団員たちも順番に師範に技を見てもらい、次第にそれぞれの個性が現れていった。


「琉晴さん、流石精鋭部隊ですね。あの反応速度は真似できませんよ」


若い団員が目を輝かせて話しかける。俺は肩をすくめて答えた。


「俺も完璧には程遠い。改めて見てもらうと、自分にも変な癖があると気付いた」


俺の言葉で、周囲の団員たちは少し和んだ。


「皆で上達していけばいい。俺も天狗にならないようにする」


俺の軽い言葉に一同が微笑みながら頷いた。




      *




 俺は訓練場の入口で息をつき、両手で自分の頬を軽く叩いた。今日もまた二つの流派の訓練を受ける。体力には自信があったが、流石に両方を学ぶのは想像以上の厳しさだった。


「烈火流は力で押し切る。嵐牙流は柔軟に対応する‥俺に合ってるはずなのにな」


俺はそう呟きながら訓練場へと足を踏み入れた。


嵐牙流の訓練場では、既に10名ほどの団員が集まり、それぞれが竹刀を手に準備運動をしていた。


「鳴海、遅いぞ!」


仲間の一人が手を振りながら声をかけてきた。


「悪い悪い。ちょっと烈火流の稽古が長引いてな」


俺は苦笑いを浮かべながら手を振り返した。


「今日も二つの流派の稽古を受けたのか?そりゃきついだろ」


隣の団員が驚いたように呟くと、他のみんなも感心したように頷いた。


「体力だけは自慢だからな。‥最近は体力が持たねぇけど」


その時、嵐牙流の師範が姿を現した。


「全員、並べ!」


俺たちは整列した。一通り技の練習を行ったあと、休憩時間は隣に座った団員と話した。


「正直、烈火流と嵐牙流の療法をやるのは無謀かもな。頭が切り替わらねえ」


俺が苦笑いで言うと、隣の団員が同情するように肩を叩いた。


「烈火流ってのは力任せでガンガン行くんだろ?嵐牙流と正反対じゃねぇか」


「そうなんだよ。烈火流の師範は『考えるな、振り切れ』って言うし、こっちは『考えろ、柔軟に動け』ってさ」


俺の言葉に周囲の団員たちが笑い始めた。


「鳴海さん、器用貧乏にならないようにな。どっちも中途半端に終ったらもったいないぜ」


「ああ、わかってる。でも、俺は一回決めたことは曲げねぇ。二つとも極めてやるよ」


俺は真剣に答えた。その言葉に周囲も頷いた。




 訓練が終わる頃、俺は疲労困憊になりながらも、自分の竹刀を見つめて小さく呟いた。


「力だけじゃだめか‥」


その言葉を聞いた師範がそっと背後から声をかけてきた。


「鳴海、二つの流派を学ぶことは誰よりも厳しい道だ。それでもやり切る覚悟があるなら、俺はお前を応援する」


「‥ありがとうございます」


正直、俺は今まで剣術を舐めていた。力まかせに大きな刀を振るっても敵は倒せていたからだ。


でも、強敵を相手にすると俺は全く役に立たずに、毎回琉晴や楓に助けられてばかりだった。あいつらは真面目に剣術と向き合い、技術を磨いていた。体力だけのバカとは違うんだ。


俺も変わらないといけないんだよな。あいつらと同じことをしていても、あの二人は超えられない。もっと辛い道を選ばないと、俺はいつまでたっても変われねえんだ。


「見てろよ‥七凶ども」


俺は掠れた声で呟きながら、訓練場の床に寝転んだ。




      *


  


 竹林に囲まれた静かな訓練場に、風華は軽やかな足取りで歩みを進めていた。心地よい風が流れ、さらさらと竹が揺れる音が耳に心地よい。訓練場にしてはなんとも穏やかな雰囲気だ。水月流そのものを象徴しているようにも思えるけど。


「おっ、風華さんも来てたのか!」一人の若い男性団員が声をかけてきた。「水月流って、風華さんにぴったりだよな。なんか優雅だしさ」


「そうかな?初めてだから不安だけど‥みんなよろしくね」


私は微笑みを浮かべて応じた。


やがて、竹林の奥から軽やかな足音が近づいてきた。そして現れたのは美鈴さんだった。


「よっす、みんな揃ってるみたいっすね」


美鈴さんはいつもの気楽な口調で挨拶をした。腰には愛用の刀が下げられ、美麗で無駄のない立ち姿が印象的だった。


「美鈴さん、どうしてここに?」私が尋ねると、美鈴さんは「水月流の師範は私っすよ。精鋭特務部隊の中でも仕事が少ないんで、この役割を引き受けたんす」と答えた。


なんて贅沢なのだろうか。美鈴さんの指導を受けられるとは。


「今日からみんなには、水月流の基本をみっちり教えるっすよ。気楽にやってくれていいけど、しっかり覚えて帰ること!」


団員たちは一斉に返事をし、美鈴さんの指導を待った。


「水月流は力に頼らず、相手の動きを流すように受けて反撃するのが特徴っす。だから、極限まで脱力して柔らかく動くことが大事。まずは『滴り切り』の練習から始めるっすよ」


彼女は軽く腰を落とし、真剣を構えて見本を見せる。


「よーく見てねー」


突如、彼女は模擬的な攻撃を受けるように見立て、刀を斜めに滑らせながら受け流す。その流れのまま刀を一瞬で回転させ、しなやかに反撃を繰り出した。その動きの滑らかさに、私たちは思わず息を呑む。


「力で押し返すんじゃなく、流れるように動くのが大事っすね」


美鈴さんは微笑んで刀を鞘に納めた。


「じゃあ、風華、前に出てやってみて」


突然の氏名に少し驚いたが、私は刀を手に立ち上がった。


「力を抜いてー。刀を振るってより、体の流れに刀を任せる感じっす」


指導の中、私は少しぎこちないながらも刀を構えた。


「よーし、いくよ」


美鈴さんがゆっくりと刀を振り下ろしてくる。私はそれを見極め、刀を滑らせて受け流そうとしたが、動きが硬くて刀が途中で止まってしまった。


「あちゃー、力が入っちゃってるっすね」


美鈴さんは微笑みながら言った。「脱力して。ほら、肩の力を抜いてみて」


私は深呼吸して気を整え、再び刀を構える。今度は刀を抜き、刀を滑らせるように動かすと、美鈴さんの刀を綺麗に受け流すことができた。


「おお、できてるできてる!その調子っすよ」


美鈴さんが嬉しそうに拍手をすると、周りの団員たちも微笑みながら拍手を送ってくれた。


褒めて伸ばしてくれる‥美鈴さんは優しい。




 訓練が終わり、一同が整列して挨拶をしていると、美鈴さんが私たちを見渡して言った。


「みんな、今日の動きは良かったっす。水月流は優雅に見えて、実は集中力と応用力が大事な流派っすからね。これからも柔軟に、でも芯を持って頑張るっすよ」


その言葉に、私たちは一斉に返事をして笑顔を見せた。


「風華さん、明日もよろしくね」


隣の団員に声をかけられ、私は笑顔で答えた。


「うん、こちらこそよろしくね」


他の流派の訓練はどんな雰囲気なんだろう。烈火流とか厳しそうだなぁ‥


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