52話 流
「七凶‥それぞれが自然を象徴する力を持ち、定められた地に根ざしている。そこは彼らが力を最大限に発揮できる場所であり、人間が立ち入ることはできない領域だ」
隆鬼はどこか遠くを見つめるような虚ろな目をしていた。
「まず‥『
僕は話に耳を傾けながら、頭の中でなんとなく想像してみた。
「次に『
永善殿は真剣な面持ちで聞き入っていた。総務部も複数人で話を書き留めながら聞いている。
「それから『氷厳』。東北の奥入瀬渓流に潜む、氷と静寂の象徴だ。冬になると奥入瀬の地が凍りつき、あの方が目を覚ます。主な攻撃手段である氷柱と氷壁に対抗する手段はない」
七凶はかなり全国に散っているようだ。面倒だな‥。
「‥そして『雷道』。雷と破滅の象徴で、北陸の立山に隠れている。雷鳴と共に現れるその姿は雷神そのものだ。嵐と稲妻を操り、どんな相手でも一瞬で死に至らしめる。七凶の中でも特に力を持つ妖冥だが、栄狂様の前では常に従順だ」
僕は彼の説明を頭の中で整理していた。
「次が『風蓮』。風と自由の象徴で、紀伊半島の熊野古道に潜んでいる。気性は七凶の中で最も穏やかだが、半透明な体は動きが視認しづらく、対応が非情に困難だ。特に熊野古道のように木の多い場所ではまともに戦うことすらできないだろう」
半透明‥日本刀が通用するとは思えない。
「最後に‥俺と同じ、岩を司る『
隆鬼は目を伏せ、少し沈黙を保った。
「そして‥栄狂様。我らの頂点に立つ者であり、人間の存在を否定し、この世をあるべき姿に戻すため、我らを導く偉大なお方だ」
隆鬼の口から七凶の情報が語られると、永善殿はしばらく黙り込み、何かを噛みしめるように息をついた。その表情には、憂いや覚悟、そして理解の色が滲んでいる。
「‥ありがとう。君がここまで話してくれたこと、その誇りと覚悟に、我々も敬意を抱いている。きっと、簡単な道ではなかっただろう。私たちも、君の話を無駄にしないために、覚悟を持って戦い抜くと約束する」
隆鬼は永善殿の真摯な言葉に眉をひそめたが、その瞳にはほんの少し、迷いのようなものが浮かんでいた。これまで見下していた人間が、自分の話に対してこれほど真剣に、そして深い敬意を込めて耳を傾けるとは思っていなかったのかもしれない。
僕は小さな声で隆鬼に語りかけた。
「教えてくれて、本当にありがとう。僕も、あなたたちの信念に負けないくらい、自分の覚悟を持って戦うと誓おう。‥隆鬼の言葉、忘れないよ」
隆鬼は僕らを見つめ、静かに目を閉じた。そして、かすかな声で呟く。
「‥人間が、栄狂様に歯向かうことは絶対に叶わない。それでも戦うというのなら、せいぜいその覚悟とやらを貫き通してみるんだな‥‥」
隆鬼が目を閉じ、動かなくなった。永善殿が目で合図をしたので、僕は頷きながら銃を構えた。
「ありがとう、隆鬼」
僕は彼の頭にニ発、弾丸を撃ち込んだ。
「さて‥」永善殿は膝に手を付きながら立ち上がり、精鋭特務部隊の方へ歩いていく。
*
主殿会議室の内部では、成河義統とともに幹部が頭を抱えていた。
「先ほど、永善が相手の妖冥から情報を聞き出すことに成功したらしい。その調査書を読んでみたが、出てくる情報全てが大問題だ」義統はため息をつく。
「まず間違いなく、『七凶』とやらは幕府の支配下にある災害級と比にならない強さを持つ連中ってわけだな。そして、そいつらが妖冥の頂点であり始祖であると‥」冬馬も続いてため息をつく。
これまで、目の前に存在する妖冥をがむしゃらに倒し続けてきた神隠団だったが、妖冥による人類の滅亡はもうすぐそこまでやってきている。その足音にも気づかず、幕府との無為な争いを始めてしまったのだ。
「どうする‥?幕府と対立している場合はないぞ」義統が頬を搔きながら言う。
「問題は山積みだな‥精鋭特務部隊から久々に死者が出た。竜仙の体は八つ裂きにされ、原型を留めていないらしい」冬馬が茶をすすりながら言う。
「隊士の純粋な能力で対抗できる時代は終わったのではないでしょうか?」側近の一人が手を挙げて言った。
「どういうことだ?」冬馬が聞くと、側近は「神隠団の隊士たちは非常に優秀ですが、ひとつの剣術流派を極めた者ではありません。なので、生まれ持った剣術の才能を持つ人だけが精鋭になっていきます。ここでいくつか、神隠団における剣術流派を生み出すことで、隊士の平均的な戦闘能力を底上げすることが可能なのではないでしょうか」と語った。
「なるほど‥隊士の身体能力や特性に活かした剣術流派を集中して鍛錬することで、より戦術の幅が広がるかもしれん。その案を採用しよう」義統が即決する。
「幕府が七凶のことを把握しているかどうか‥今度、手紙なりなんなりで聞こう」冬馬が呟くと、義統が「答えてくれるとは思えんが‥」と苦笑した。
*
弦無らの襲撃から2週間。精鋭特務部隊及び暁班の負傷者は全快し、次なる戦いへの準備を進めていた。
永善殿の指示で主殿に呼ばれて大広間に座っていると、やがて精鋭特務部隊や幹部が集まってきた。
「諸君を今日を集めた理由は、神隠団にとって初の試みである『剣術流派の定着と普及』の実現について報告するためだ」永善殿が語り、次に補佐のような人が話し始める。
「まず、現状から説明いたします。現在、神隠団内に剣術流派は存在せず、各団員が独学で学んだ剣術で敵と戦っています。しかし、それだけでは七凶を含む栄狂派閥の有力な妖冥には対抗できないと考え、この案を出しました」
全員が頷く。確かに、教え手によって戦い方も剣術も全く違う。個性は出るが、素質次第で団員の強さがまちまちになってしまう。
「そこで、我々は神隠団内に7つの剣術流派を広めることにした。今後入団する者は必ず適性検査を行い、流派を決定する。流派別の訓練班を編成し、各流派の指導者を配置する。そこでは定期的に訓練成果を共有する『模擬試合』を開催し、団員同士が技を競い合う場を提供する」
永善殿が語った。何だか楽しそうな内容だ。
「そして、最終的に流派の奥義を習得するための認定試験を設定する。流派ごとに段階的な認定試験を設け、熟練度に応じて次の技や戦術を学べる仕組みを導入する。資格を持つ団員は、より重要な任務や七凶討伐の戦力として優先的に起用する」
僕はその仕組みに感心しながら話を聞いていた。
「最後に、流派の修練を特別行事に組み込む。剣術祭や流派対抗戦といった催し物を開催し、流派ごとに団員たちがその技を披露する場を提供する。観戦者として他の団員や市民も招き、神隠団の流派の実力を示す。流派の優秀者には名誉や褒賞を授け、団員たちの指揮を高める。といった感じだ。何か質問のある者はいるか?」
永善殿が話し終えると、拍手が巻き起こった。
「団員の向上心を煽る仕組みに、市民からの評価も視野に入れた素晴らしい案だ。採用するほかない」風間さんが満足げに頷いていた。
「肝心な流派だが、これは引退済みの手練れや、精鋭特務部隊の君たちから技を盗んで決定した。以下の七つだ。まず『迅風流』。迅速で精密な間合い管理と、流れるような動作を活かした剣術だ。風のような軽やかさと、一瞬の隙を突いた鋭い攻撃が特徴だな。そして『烈火流』。火のように強烈な威力と、豪快な一撃で敵を押し切る剣術だ。重く力強い一撃を重視し、接近戦での圧倒的な火力が売りだ。『水月流』は柔らかく、しなやかな動きで相手の力をいなしつつ攻撃に転じる剣術だ。水の流れ尿に連続した技で相手の力を吸収し、打ち消す。『雷光流」は一瞬の隙を突く反射神経と、鋭い反撃で相手を討ち取る剣術だ。敵の動作を読んで攻撃に転じるため、一撃で決着をつける速さが必要だ。『嵐牙流』広範囲を攻撃し、多方向からの敵にも対応できる剣術だ。刀を自在に操り、連続して周囲の敵を切り裂く戦い方に優れる。『蒼天流』は高い機動力と跳躍力を活かして、上下の立体的な動きで相手の攻撃をかわしつつ、空間を自在に操って攻める剣術だ。空中からの斬撃や相手の頭上に飛びかかる技が特徴で、地上戦に偏らない戦い方が求められる。『堅岩流』は絶対防御と耐久戦を重視する剣術で、重厚な構えと体勢の安定性が特徴だ。極めて堅固な防御を誇り、相手の防御を受け止めた上で反撃する体勢を持つため、強大な防御力が求められる。耐久力が必要とされるが、確実に相手に攻撃を与えられる技を多く持つ‥以上だ」
多いし長い。聞き疲れたが、かなり個性があって面白い流派たちだ。
「精鋭特務部隊の皆に剣術流派を設定させることはないが、暁班はまだ若く戦い方も定まっていない。君たち四人には剣術流派を選んでもらうことになる」永善殿が言った。
「僕は堅岩流ですかね‥」正直、僕のためにあるような流派だ。
「まぁ、君はそれを選ぶと思っていた」と、永善殿は微笑んだ。続いて琉晴は「俺は雷光流にする」と言った。
すると、永善殿が「雷光流の奥義は君の特技である疾雷一閃にさせてもらった。今度、やり方を詳しく教えてほしい」と言った。
「御意」琉晴は頷いた。
風華は「水月流にしようかな。私、力強くないし」と言った。風華は前線で戦う隊士ではないので何を選んでも問題ないだろう。
そして、ずっと悩み続けているのは鳴海だった。「嵐牙流がいいな‥でも烈火流も俺に合ってる気がする‥クソ、どっちを選べばいいんだ‥!」
その間抜けな姿を見て笑いそうになったところで、永善殿は「両方という選択肢もあるが」と言った。
鳴海は「良いんですか!?」と目を輝かせる。
「ああ。どちらも君に合っているし、君なら使いこなせるはずだ」
永善殿の気遣いに感謝し、僕たちは剣術流派を決定させた。これで、七凶とも渡り合えるようになるのだろうか。
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