50話 刺客

 目の前にいる巨大な妖冥「隆鬼」は、刀など通らなそうな硬い質感の体をしている。まさに鋼の肉体だ。


しかし、僕も似たような者を持っている。刀が駄目なら拳でやり合おうじゃないか。


「さぁ、僕より何倍も大きくて重いなら負けるはずがないよね?」


僕が構えると、隆鬼はこちらを見下ろしながら「虫けらが」と呟いた。


「聞き捨てならないね!」僕は高く飛び上がり、彼の頭に回し蹴りを繰り出した。しかし隆鬼は僕の足を人差し指で弾き返した。やはり力が桁違いだ。


「‥もう、好きにはさせないよ。神隠団の本拠地に妖冥が立ち入った以上、生きて返すことはないから」


僕の目は青く染まり、冷静に隆鬼を見据えた。


僕は巨体に向かってまっすぐ突進し、硬化させた拳を振り上げた。拳が隆鬼の腹部に直撃すると、衝撃で隆鬼は少し後退りした。よし‥こちらの攻撃も効いている。


「ほう、少しはやるようだ‥だが、この程度では俺に傷一つつけられん」隆鬼は怒りを込めた目で僕を見下ろし、拳を勢いよく振り下ろしてきた。


一瞬で身体を硬化させ、拳で攻撃を受け止める。石がぶつかり合うような音が響き、強烈な衝撃に前進を震わせながらも、なんとか耐えきった。しかし、あまりの力の強さに地面がひび割れ、足元が沈んでいく。


「くっ‥!」僕はじわじわと拳を押し上げながら、体全体を硬化させ、腕に全力を込めて拳を押し返す。


拳を押しのけ、さらに隆鬼の顔面に一撃を食らわせてやった。


隆鬼の頭が一瞬傾き、目つきが変わった。「貴様‥少しばかり舐めていたようだ」


その時、背後から声が聞こえてきた。「楓、俺も助太刀に入る!」


蒼真さんが駆け寄ってきた。確かに彼の魔術なら隆鬼にも有効なものがあるかもしれない。


「わかりました‥!隙を作ります!」僕は全身を硬化させ、隆鬼の巨体に全力の体当たりを繰り出した。何度も身体を激しくぶつけ、隆鬼の動きをわずかに鈍らせていった。


「小さい体でも、大きい力は生み出せるんだよ!」僕は白い長髪を靡かせながら、次々と拳を繰り出し続ける。隆鬼が顔を歪めたその瞬間、蒼真さんが素早く動き、魔術を一気に放出した。


「楓、今だ!こいつにありったけを食らわせる!!」蒼真さんが叫び、爆発的な魔術が炎と雷の渦となって隆鬼に直撃した。雷鳴が鳴り響きながら、隆鬼の体を炎が包み込む。すかさず僕は全力の拳を放った。


「なるほど‥なかなか面白い」手応えを確かめるように隆鬼は自身の腕を見つめた。


あの術が全く効いていない‥だと?


「畜生‥何なんだアイツ!」蒼真さんが息を荒くして言った。


「蒼真さん、下がっていてください。風華!今すぐ霞月さんを呼んできて!主殿にいるかわからないけど、とにかく早くここに連れてきて!!」僕が指示を出すと、風華は頷いて戦線を離脱した。


不思議と、僕は追い込まれるほど良い戦法が浮かんでくる。隆鬼を倒す唯一の策を、今思いついたかもしれない。


「ここからは刀も使うとするよ‥」僕は刀を抜き、すぐに隆鬼の口元を切り裂いた。体液が噴き出るがおかまいなしに切り続けた。


「どうだ‥?」


やはり、すぐに再生している。じゃあ、やっぱり『直前』にやるしかないか。


僕は隆鬼の顔を狙い続けた。幸い体力は有り余っている。霞月さんの到着まで攻撃の手は緩めない。




      *




「災害級妖冥と違って人間のような大きさだが、お前の方がよっぽど厄介だ」竜仙さんが言った。


「低俗な江戸幕府の従える妖冥と我々を同視しないでもらえるかな」弦無が刀を振るいながら返す。


幕府の支配下の妖冥ではない‥?そんな奴らがわざわざ本拠地までやってきたのか。


「なるほどな、どうりでお前らは異質だと思ってたんだよ。琉晴、こいつらはきっと栄狂の手先だ。言葉を話せて、人間に近い知恵を持つ。あとこの綺麗な身なりを見てみろ。幕府の支配下ではなく、独立した存在であることは間違いねえ」蒼真さんがこちらに近づきながら言う。


栄狂がついに神隠団にも牙を剥いてきたということか。災害級妖冥を捕獲したあいつが神隠団に直接的な害を与えることはないと思っていたが、考えが甘かった。おそらく栄狂は人類全体を敵視している。


「12年前、精鋭特務部隊の奴を殺した」弦無は突然立ち止まってそう言い放った。


その一言で場の空気が凍りつく。竜仙さんの表情が険しく変わり、弦無を睨みつけた。


「‥お前が精鋭特務部隊の隊員を‥殺した?」竜仙さんが視線を落としながら言葉を漏らす。


弦無は冷笑を浮かべ、刀を構え直した。「優れた剣士だったが、俺たちに歯向かうには100年早かったな。12年前、妖冥の秘密を暴こうと俺に歯を向けてきたが、結局はこの手で葬られた」


竜仙さんの拳が震えている。彼が怒っているところは見たことがないが、今は抑えきれない怒りに溢れていた。


「ふざけるな。お前らのような妖冥に精鋭特務部隊が負けるはずが‥それに、12年も前から神隠団を狙っていたのか?」歯を食いしばりながら竜仙さんが言った。


弦無は何事もないかのように「妖冥ってのはそもそも、栄狂様らから始まってるんだよ。お前ら新参は知らないだろうが、初期の神隠団は栄狂様に仕えた妖冥と戦ってたんだ」と続けた。


「栄狂から始まっている?どういう意味だ」竜仙さんが問い詰める。


「聞けば全て教えてもらえると思うなよ」弦無が姿を消し、直後に竜仙さんの背後に現れた。俺が助けに入る間もなく、一瞬にして竜仙さんの身体は八つ裂きにされた。


「竜仙さん!!」俺が叫ぶと、弦無は高笑いしながら「これでニ回目か!俺が精鋭を殺したのは!」と言った。それを聞いて、美鈴さんや蒼真さんがすぐにこちらを見る。


「嘘っすよね‥?」美鈴さんが呟くが、俺は何も言うことができなかった。


災害級なんかとは強さの桁が違う‥神隠団では太刀打ちできないとまで思った。


「小僧、これを見てもまだ戦い続けるか?」弦無がこちらを見て笑った。




      *




 隆鬼と戦い続けているうちに、琉晴たちとはかなり離れた場所まで来てしまった。


しかし、そんな状況を覆す一声が僕の耳に届いた。


「霞月さん、連れてきたよ!!」風華が走りながら叫んだ。


「よし‥」僕は口角を上げて呟いた。


駆けつけてきた霞月さんに耳打ちですぐに作戦を伝え、僕は隆鬼の顎を狙って打撃を与えた。彼がのけぞった瞬間に飛び蹴りを放ち、彼の顔が腫れる。


「随分長くかかってしまったけど、これで終わりだよ。神隠団本拠地に乗り込んできたことを後悔するがいいさ」


隆鬼の喉元に刀を突き刺し、中でかき回した。体液が滝のように流れ出てくるが、僕はおかまいなしに彼の口を切り裂き続ける。


「霞月さん、今です!」僕は刀を抜き、地面に降りて隆鬼の両足を束ねて掴んだ。すぐに霞月さんが僕を踏み台にして跳び、隆鬼の口の中に手を入れて爆発を起こした。


そこら中に体液が飛び散り、隆鬼の頭部だけが残った。


「霞月さんならやってくれると信じてた」僕は拳を霞月さんと合わせ、達成感を分かち合った。


「それで、竜仙たちはどこに?」


僕は霞月さんとともに弦無たちのもとへ走った。隆鬼の首も持っていく。


「許さぬ‥」隆鬼が突然口を開いたので驚いたが、もう再生は出来ないようだ。


「僕と戦いすぎてもう体力は残ってないんじゃない?可哀想に」


「どうしてあんなに残忍な殺し方が思いつくの?普段は優しいのに怖いよ、楓」風華の表情が少し引き攣っていた。


「あれくらい非情にならないと、強い妖冥には勝てないと思うんだ」


 


 琉晴たちのところへ戻ると、全員かなり消耗している様子だった。この状況だと犠牲者が出るかもしれないので撤退が得策のはずだが、なんせ場所が本拠地内なので逃げることが出来ない。


「ええい!そこの妖冥!この首が、目に入らぬか!!」僕は隆鬼の首を掲げて叫んだ。


その場の全員の視線が僕のもとへ集まる。妖冥のニ体は目を丸くしている。


「やはりあのガキ‥隆鬼に任せるではなかった!」弦無が僕めがけて突撃してきた。


僕は霞月さんに隆鬼の首を預け、戦闘を再開した。


「こいつは精鋭特務部隊を二人殺してる‥只者じゃない」琉晴が呼吸を整えながら言った。


「うん、分かってる」僕は弦無に視線を移した。


「隆鬼は俺たち三人の中で最弱だ。あいつを倒せたからって俺に勝てると思うな」弦無が歪んだ笑みを浮かべて言った。


「そんなことより、『三人』って言うのをやめてほしいな。君らは人じゃないんだから」僕は硬化を発動させ、弦無の攻撃を受ける準備をした。その瞬間、彼の刃が首元まで一直線に迫りくる。すぐさま僕は腕で首元を塞ぎながら避けた。


首が硬化できない僕は、何としてでも首だけは他の部位で守りながら戦う必要がある。


「蛇媚、お前も弦無の力に頼りすぎだ。自分だけじゃ何にもできねえんだろ」琉晴が罵倒すると、蛇媚はすぐに爪で襲いかかった。琉晴はなぜこの状況で挑発するのか‥。


「もうお前らの相手には飽きた。やってられるか」弦無は赤い霧を蔓延させ、全員の視界を奪った。琉晴たちの苦しむ声とともに打撃音が聞こえてくる。


僕は全身を硬化させて待ち構えた。すると、みぞおちに刀の柄が当たる感触があった。


霧が晴れると、僕以外の全員がお腹を手で抑えて倒れている。唯一攻撃を受けなかったのは、首をもって離れていた霞月さんだけ。


「霞月さん!団員たちと一緒にみんなを運んでください!僕が時間を稼ぎます!!」そう叫ぶと、霞月さんは「君一人では無理だ!」と言った。


「こうするしかないんです!早く!!」僕は叫んだ。


「一人で俺らの相手とは、肝の据わったガキだな」弦無が嘲笑うように言った。


「僕はガキって言われるのが一番嫌いなんです」僕は刀を鞘に納めた。時間を稼いでやる。何時間でもかかってこい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る