49話 長期戦

主殿の会議室では、幹部たちが神隠団の今後の計画について真剣な議論が行っていた。


「いよいよ、幕府が江戸城の再建を開始したらしいな」義統殿が険しい表情で言った。


「うむ。おそらく町の再建は俺たちに丸投げで、江戸城の再建に全ての力を注ぐことで尊厳を保とうとしている。俺たちとしては有り難いことだがな。敵の本拠地を直す手伝いなんて誰がするか」冬馬殿は嫌味を言っていた。


「譜代大名に手伝わせたってのは意外っすね。将軍はもう自尊心を捨てたんっすかね?もう譜代の力を借りないと城も直せないみたいっすよ」美鈴がお茶をすすりながら言った。


「しかし、幕府の支配下の災害級妖冥が破壊した城を直すってことに譜代大名は納得しているのか?不満が募っていてもおかしくないと思うが」俺(竜仙)は疑問を口にした。


「うーん‥不満があるのならこちらに協力して欲しいところだが、実情が不透明な間は関与しないでおこう。思わぬ反発を食らう可能性もある」義統殿が言うと、その場にいた幹部全員が頷いた。


その時、会議室の扉が勢いよく開かれた。


「失礼いたします!緊急報告です!!」隊士が慌てた様子で駆け込んできた。その場に膝をつき、深く頭を下げている。


「何事だ?」義統殿が鋭い視線を向ける。


「本拠地の主門周辺で、妖冥三体の奇襲を受けております!」


隊士の言葉に会議室内の空気が凍りつく。俺はただ隊士の顔を見つめた。


「三体?一般団員で対抗は出来ないのか?まず、何故侵入された?門番はどうした」冬馬殿が眉にしわを寄せる。


「門番は既に殺害されておりました。確認されたのは屈強な肉体を持つ妖冥、毒を操る蛇のような容姿の妖冥、さらに霧に紛れて姿を隠す妖冥です。三体ともに会話が可能であり、普通の妖冥とは異なると思われます」隊士は報告を続けた。


「毒を持つ妖冥がいるなら、下手に応戦すれば精鋭特務部隊にも被害が出る‥だが、放っておくわけにもいかん」永善殿の顔には焦りの色が見える。


「精鋭特務部隊から被害が出たって構わないっすよ。私たちは普通より強いってだけで、他の団員が犠牲になってでも守るべき存在ではないんすよ」美鈴さんが戦いの準備を整えながら言った。


主殿にいる精鋭特務部隊は俺、美鈴、翔之助の三人のみ。俺たちが前線に行かない理由はない。


「竜仙、美鈴、翔之助、それに他の隊士も配置につけ。奴らの侵入を許してはならん!各々の役割を果たし、全力で迎え撃て!」義統殿が力強く告げ、俺たちは「承知!」と返した。


「必要があれば、援軍を求めるから、後方支援を頼むぜ!」翔之助が総務部に伝えると、主門まで全力で駆け抜けていった。




 主門を突破して進行してくる三体の妖冥。精鋭特務部隊三人と複数の一般団員で迎え撃つことはできるのだろうか。


「詳細ですが、あの大きな妖冥が隆鬼、赤い霧を纏っているのが弦無、蛇のようなものが蛇媚というそうです」隊士が言った。


「あいつらだな‥」翔之助が走りながら呟く。


先人を切って立ちふさがるのは、強固な体をもつ妖冥だ。その横で美しい女性が立っている。


「あの女性は‥襲われてるのか?」俺が呟くと、美鈴さすぐさま「違うっすよ。あれも妖冥っす。見てください、あいつ以外に妖冥は二体しかいないっす。つまりあの女も姿を変えてるだけで妖冥っすよ。どうせ、門番はあの女に騙されて殺されたっす」と語った。


「何故そこまでわかる?」俺が聞くと、「女の勘っす」と返された。


「俺が前に出る!みんな、連携して隙を突け!」翔之助が声を上げて突撃した。


だが、隆鬼はその巨体でどっしりと構え、目をそらさずに迫りくる翔之助を見つめる。翔之助の渾身の一撃が隆鬼の腹部に直撃するが、まるで石の壁に拳を当てたかのように、衝撃が全く効いていない。


「なっ‥全然効いてねぇだと!?」驚愕の表情を浮かべる翔之助を、隆鬼は悠長に眺めている。


「その程度か、人間よ‥」隆鬼が低い声で言った。


隆鬼が振り下ろした腕が翔之助に当たると、彼はそのまま奥の建物の方へ吹き飛んでいった。それを見て俺は、真っ向でやり合うべきではないと確信する。


「どうするっすか?こいつ」美鈴が言った。


「隆鬼は巨体が故に身軽ではない。彼の攻撃は目で見てから十分に避けられる。まずは蛇媚と弦無の討伐が優先事項だ」俺が指示を出すと、団員たちは返事をして散開した。


「了解だ!!」翔之助が走ってこちらへ戻ってきた。なぜ離れているのに指示を把握しているのか。


俺と美鈴が弦無のもとへ特攻するが、赤く濃い霧で彼の姿が見えなくなった。すると、蛇媚が横から毒の霧を吹きかけてくる。


「神隠団を支える精鋭さんたちでも、私の毒を食らってしまえば何も出来ない子犬よ」


「させるか!」翔之助がこちらへ飛び込んでくると、俺と美鈴の全身を発火させた。耐え難い熱さに暴れたくなったが、翔之助が「あと少し!」と叫んで止める。


そして彼が火を消すと、毒を食らった箇所は元通りになっていた。


「どうして‥!」蛇媚は怒りに満ちた表情で言った。


「俺の術の炎はな、解毒にも使えんだよ。これで琉晴っていう後輩の毒を治したからな」翔之助はしてやったりとほくそ笑んだ。


「みんな霧に近づいちゃ駄目っす!」美鈴が叫ぶが、逃げる間もなく蛇媚の毒霧が団員たちを包み込み、数人が苦しそうに咳き込みながら膝をついた。


「毒でゆっくりと倒れていく方が幸せかもしれないのよ」蛇媚は艷やかな声で囁きながら、さらに霧を広げる。


「くそっ‥!」俺は刀を握りしめ、強引に毒霧を切り裂きながら蛇媚のもとへ駆け寄ろうとする。しかし、その刹那、後方の霧から弦無が姿を現した。


「お前は彼女に指一本触れることも出来ねぇよ!」一瞬で間合いを詰めてきた弦無が刀を振り下ろしてくる。咄嗟に体を捻り刃を紙一重でかわしたが、弦無はすぐに次の攻撃へ移る。


「‥素晴らしい剣術だ。お前は俺より強く、容姿も端麗だ。‥しかしそれは、お前が妖冥だからだ。結局人間と同じ土俵ではない。言わせてもらうが、俺は妖冥を明確に見下している。身体もすぐに再生し、弱点もふくらはぎだけ。対して俺らは一度でも斬られたら血が噴き出る。そんな状況でお前たち妖冥の方が強いのは当たり前なんだよ」


俺が刀を向けながら言うと、弦無は高らかに笑い始めた。


「人を殺すのが悪だって言いてえのか!?笑わせるな、俺たちは世界を『浄化』してやってんだ。世界をあるべき姿に戻すためにやってんだからよ、感謝の一つや二つくらいくれて良いんじゃねぇか?」


弦無が笑いながら言う。


「‥お前の考えはよくわかった。俺は自己中な人間だから、自分と考えが合わない奴は気に入らないんだ。だから死んでもらう」俺は弦無に近づきながら言った。


「お前、俺と同じ考え方じゃねぇか!話が早いぜ」


そう言って弦無は斬りかかってきた。俺は必死に応戦する。剣術の腕前であれば俺が僅かに上。しかし身体能力と霧で弦無が圧倒的に優勢だ。おそらくこのまま戦い続けていると負ける。


「竜仙、気をつけろ!」翔之助が弦無の方へ援護攻撃をしようとするが、隆鬼がその巨体を盾にし、翔之助に向かって再び腕を振り下ろした。


「俺から逃げられると思うな、人間ども‥」翔之助が必死で防御するが、そのまま地面に押しつぶされ、倒れ込んだ。


「お前ら!翔之助を避難させろ!」俺は団員たちに指示した。もうあいつは戦えない。増援が来るまで、俺と美鈴で持ちこたえるしかない。


「精鋭が部下に運んでもらって逃げるとは、無力極まりない。これが神隠団の限界か?」隆鬼は挑発するように腕を振り上げるが、俺は軽々とかわした。やはりこいつの攻撃は避けられる。ただ、反撃の策が何も無い‥。


必死に抗い続けるが、一向に打開の兆しが見えない。


「もうそろそろ私も限界っすよ‥!」美鈴が短刀で弦無と戦いながら言う。


俺と美鈴が一体ずつ相手をしていると、隆鬼は自由に動くことが出来てしまう。体力があるうちはそれを避けることが出来ていたが、段々と反応も遅れてきた。


そして、ついに隆鬼が美鈴の頭上めがけて拳を振り下ろした。助太刀に入ると俺ごと潰される。しかし彼女に避ける余裕はない。どうする俺‥。


美鈴の頭に拳が当たる瞬間、激しい打撃音とともに隆鬼が唸り声を上げた。


「なっ‥!?」すぐさま美鈴の方へ目を向けると、そこには楓が立っていた。


「間に合った!!」楓は目を輝かせながらそう言った。


「遅れちまったな、面目ねぇ!」蒼真も主門から出てきた。後ろには暁班がいる。そうか、江戸の町の復興組が増援に来てくれたのか。これで少しは勝機が見えてきた。


「あの図体の大きいやつは僕に任せてください!」楓は素手で立ち向かっていった。


「助かったっす‥!」美鈴が楓に謝意を伝えた。


「何匹増えようと雑魚は雑魚。かかってこい」隆鬼が目の前の楓に対して言った。


弦無は剣術が優れている者で対応するのが得策。俺と琉晴が適任。蛇媚は‥申し訳ないが風華や鳴海、美鈴に相手をしてもらおう。隆鬼はおそらく楓一人で大丈夫だ。あの子は負けない。


「こちらの編成は整った!攻撃目標‥隆鬼、蛇媚、弦無!全員で叩き潰せ!」蒼真が鼓舞すると、全員が雄叫びを上げた。


「おおおおおおおお!!!」

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