47話 毒
木々が鬱蒼と茂る暗い森の中、暁班が静かに歩みを進めていた。久しぶりの通常任務として、妖冥討伐のために出動している。道中は物音一つせず、異様な静けさが辺りを包んでいた。
「随分と静かだな」琉晴が周囲を見回しながら言った。「久々の任務だってのに、気味が悪ぃ」
その時、茂みがざわめき、地を踏み鳴らすような重い音が森の中に響き渡った。
「来るぞ!」鳴海が叫ぶと、全員が瞬時に構えを取った。その直後に巨大な妖冥が姿を表した。皮膚はどす黒く、筋肉が隆々とした肉体を持っている。爪も牙もないということは‥完全に格闘でやり合ってくるみたいだ。
「力任せじゃ倒せそうにねぇな」鳴海が呟いた。
「そうだね‥でも見て、ふくらはぎの筋肉も大きい。倒せない相手じゃないよ!」風華が呪文を唱え、手に持った弓に力を込めた。光を纏った矢が放たれ、妖冥の足元に命中する。爆発音とともに閃光が走り、妖冥の足が僅かに揺らいだ。
「ちっ、全然効いてないじゃねぇか‥!」琉晴が舌打ちをしながら低い姿勢を取り、疾雷閃華を放った。
「まだその技を使う局面じゃない、体力は温存しておかないと」僕が注意すると、琉晴は「この技以外に有効打はない」と息を切らしながら言った。
「有効‥じゃないみたいだけど」
僕の言葉を聞いた琉晴が妖冥の方を振り返る。妖冥は斬られた箇所を指で掻いているだけだった。
「畜生‥」琉晴が刀を握り直した。その瞬間、「バカ待て!こっちにもう一体いるぞ!!」と鳴海の叫び声が聞こえてきた。僕らがそちらを向くと、もう一体の妖冥が、どろりとした緑の液を含んだ口をこちらに向けていた。毒か?
「鳴海、そっちは任せたよ!」僕は目標を変えず、近接での格闘に持ち込むために先客の妖冥との距離を詰めた。すぐに妖冥は僕を拳を振りかぶってきたが、こちらには硬化がある。ふた周り以上大きな拳めがけて僕は突きを放った。
衝撃で妖冥が数歩後退したので、そのまま側頭部を狙って飛び蹴りを食らわせた。
「ふふ、どれだけ筋肉があっても硬化には勝てないんだよ」変形した妖冥の顔を見て僕は言った。
琉晴と鳴海は毒持ちの妖冥と対峙している。琉晴が疾雷閃華で深い傷を与えるが、彼が次の構えに入る瞬間の隙をついて妖冥が大きく口を開き、緑の液を勢いよく放った。
「‥‥っ!」反応が遅れた琉晴は液をまともに受け、瞬時に体が硬直した。苦しそうにうめき声を上げ、膝をつく。
「琉晴!!」僕が駆け寄ろうとしたが、物理攻撃の妖冥が行く手を阻む。
「しつこいって!!」僕はそいつの腹に回し蹴りを食らわせた。徒手格闘の鍛錬も役に立ってる‥!
「俺は大丈夫だ‥!妖冥に集中しろ!」琉晴は顔を歪めながらも叫ぶ。
しかし、毒の効きは想像以上に早かった。琉晴の顔は青ざめ、表情も見たことがないほど苦痛に満ちている。おそらく全身に毒が回り始めた。鳴海と風華もその状況を見て焦りの色を浮かべていた。
「このままじゃ琉晴が‥」僕は歯を食いしばり、毒を撒き散らす妖冥に視線を向けた。あいつの毒を完全に無効化できる方法はないが、硬化を使って毒の周りを遅くすることならできるかもしれない。
自分があの毒持ちの妖冥を引き受けるしかないと確信した。
「鳴海、風華、物理攻撃のやつは任せた!きっと僕の攻撃で弱ってるはずだから頼んだよ!毒の妖冥は僕が引き受ける!」
僕が指示を出すと、二人は頷き、物理攻撃の妖冥に向かっていった。
「苦しいよね。ごめん、もう少しだけ耐えて欲しい」僕が琉晴の目を見て言うと、琉晴は小さく頷いた。
毒妖冥が口を開け、今度は僕に向けて毒液を吹きかけてきた。硬化を発動したが、予想以上に毒液の量が多く、僕の右腕に毒液が付着した。
「やっぱり駄目か‥」僕は覚悟を決め、毒妖冥に決死の特攻を仕掛けた。琉晴がうめき声を上げているのが聞こえる。きっと僕を止めようとしているんだ。でも、ごめん。僕は自分よりも琉晴を助けたい。
「毒はありがたくいただいておくよ!」僕は一気に踏み込み、毒妖冥の喉元を狙って刀を振り下ろす。切っ先が深く突き刺さり、毒妖冥は悲鳴とともに全身から大量の毒液を放出した。
まぁ、予想はできていた。持ち合わせる毒を最後に全て使うだろうと。
僕は毒を全身で受け止め、琉晴に毒液が当たらないようにした。
間違いなく致死量の毒。でも僕は自分を信じたい。硬化を始めて発動した時も、災害級妖冥との戦いで火を無効化した時も、自分の命を守るために体が適応した。
「もし毒で僕が死んだとしても、この勝負は君の負けだよ」僕は毒妖冥のふくらはぎを切り裂いた。
*
「おい!楓が!!」物理攻撃の妖冥の相手をしながらも、俺は楓の方を確認していた。
楓が大量の毒液をかけられている。あんなの琉晴よりも酷いことになるに違いない。
それどころか、死んじまうかも‥
「私たちはこいつを任されてるんだから、こっちに集中しなさい!!」風華が俺の尻を蹴り上げた。
「痛ってぇ‥」俺が尻をさすっていると、風華は「ほら、まずあいつを倒すよ。それ以外に勝機なんてないんだから」と呟いた。
風華は暁班で最年長。俺よりも2つ年上だ。やはりこういった局面で彼女は頼りになるし、俺は風華の言葉を信じたほうがいい。
「ああ!」
風華が矢を何度も放ち、物理妖冥の各部位を貫いていった。すると、みるみる妖冥の動きが鈍くなっていく。
「何をした!?」俺が風華の方を見ると、彼女は「あっちの毒妖冥の毒液を矢先に塗っただけだよ。あいつもまさか味方の毒が利用されるなんて思ってないでしょ」とはにかんだ。「ほら、さっさととどめ刺そうよ」
俺は頷き、全身の力を使ってふくらはぎを斬った。妖冥は消滅していき、ほぼ同時に毒妖冥も楓によって倒された。
楓のもとへ走って向かうと、彼は満面の笑みで「僕、死なないかも!!」と言った。確かに顔色も悪くないし、動きも普段通りだ。「本当に大丈夫か?」と聞いても、彼は「やっぱり毒も効かないんだぁ僕。火も毒も効かないってすごくない?」と自画自賛するだけだった。
その一方で、琉晴は苦しそうな呼吸を続けていた。風華は琉晴の肩に手を置き、「急いで本部に戻ろう。解毒の治療も本部でならきっとできるはず」と言った。
琉晴は苦しみながらも「‥ああ、すまん、頼む‥」と呟いた。
*
森の暗がりに隠れるようにして、幕府の人物が三人、身を潜めていた。彼らは神隠団の動きを観察しており、毒液持ちの妖冥が神隠団の兵士にどれほど有効か調査中だ。
「‥ふむ、やはり動きが幕府の剣士とは違う。だが、毒に対する耐性は全員にあるわけではなさそうだな」
戦闘に身を潜めていた初老の男、伊東新十郎が小声で呟いた。彼は物腰こそ穏やかだが、幕府内での諜報や戦術を一手に引き受けている冷徹な男だ。彼の隣には、若い部下の吉岡清治と、年配の経験豊富な兵士、山田友秋が控えていた。
「先ほど毒を浴びた神隠団の者、琉晴といったか‥あれは毒の影響がすぐに現れた。動きは洗練されているが、奴らも完璧ではないな」吉岡が静かに言う。
山田が少し眉をひそめた。「ええ、毒に対して全員が無敵というわけではないようです。だが、あのもう一人の者──楓という少年には、毒がまったく効いていないように見えますな」
伊東が小さく呟き、表情を険しくする。「‥確かに。毒が効く者、効かぬ者がいるのでは、我々が今後神隠団を打倒するための策を練るにも難儀する。しかし、それはまた面白い要素でもあるな。全員が無敵というわけではない以上、毒の活用次第で神隠団を相手にしても十分に優位に立てる可能性がある」
吉岡はその言葉に大きく頷いた。「毒が効かない者がいるとはいえ、少数派でしょう。あの少年を除けば、残りの隊員は毒を十分に警戒しているようでした」
「そうだ。奴らが無敵でないならば、毒を用いて一人ずつ確実に崩していくべきだろう。将軍様への献策として、毒使い妖冥を加えた戦力編成を検討してもらわねばなるまい」
伊東の口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「‥しかし、精鋭の中で毒の耐性を持つものが誰であるかは確実に調べなければなりません。適切な毒を用意するためにも」山田が慎重に言葉を選ぶ。
「我々はまだ神隠団精鋭の情報を全く持っておりませんからな。今後はさらに神隠団の隠れた弱点を洗い出しておく必要がございます」吉岡も冷静な口調で述べる。
「そうだな‥」伊東がじっと戦場を見つめたまま、静かに言った。
三人が言葉を交わしているうちに、暁班は妖冥の討伐を完了してこの場を去っていった。
「終わったか」特に焦る様子もなく、山田は呟いた。「まぁいいでしょう。妖冥は鉄砲玉であり消耗品です」吉岡が冷たい表情を浮かべながら言った。
「毒の効かない『楓』という隊士の情報は上層部に伝えておくとしよう。毒を効果的に使う手段を整え、次の戦いに備えるのだ」
伊東が厳しい表情で告げると、三人は静かにその場を後にした。
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