46話 常識離れ

 服を着替えた風間さんと白瀬さんが訓練場に現れる。二人とも寡黙な性格ゆえに言葉は少ないが、その間には明らかな緊張感が漂っている。


「始め!」倉橋さんの声が聞こえると同時に、風間さんが踏み込む。風を操る彼の動きは迅速で、重い刀を振るいながらもその動きは軽々としていた。足元に巻き起こる風は、彼の刀にさらなる速さを与えている。


白瀬さんは一瞬も遅れず反応する。相手の速い一撃を冷静に見極め、軽やかに身体を回転させて攻撃を避けた。その動きは正確かつ無駄がなく、彼の技術の高さを如実に物語っていた。


機械のような動きの白瀬さんは、攻撃においても防御においても失敗する未来が見えなかった。淡々と相手の攻撃を受け止め、淡々と刀を振るう。


「白瀬の強みは何より一騎打ちでの勝率の高さだ。彼は相手の動きを冷静に見て弱点を即座に発見し、正確な攻撃で討ち取る。風間の弱点は攻撃を放ってから次の動きに入るまでが少し遅いところ‥」


竜仙さんの解説によって二人の攻防がはっきりと見えるようになった。やはり精鋭は言語化能力にも長けている。


「ふむ‥」風間さんは手応えを確かめながら言葉を漏らし、さらに攻撃を畳み掛けた。連撃が激しく白瀬さんを襲う。風間さんの剣技は力強く、風の加勢もあって速度が上がっているが、それを白瀬さんは完全に見切っていた。


白瀬さんの防御は鉄壁で、風間さんの一撃一撃を見事な剣さばきでいなし続けている。彼の表情に焦りの色は全く見えない。刀の軌道をわずかに外し、相手の力を受け流すその技は戦場に存在するひとつの芸術にも見えた。


「これならどうだ?」


風間さんは構えを変え、一瞬でその場の風を集める。刀を横に一閃した瞬間、鋭い突風が白瀬さんに向かって押し寄せた。


「風間の得意技だ。あれをまともに食らえば軽傷では済まない」竜仙さんが呟いた。


しかし、白瀬さんは冷静だった。彼は風の動きを読み、軽やかに側面へと跳んでかわす。風の流れを利用した自然な動きで、完全に風間さんの技を自分のものにしていた。風間さんの風刃は空を裂き、その隙を突くように白瀬さんが鋭い一撃を返す。


「‥‥!」


風間さんの目が僅かに揺れた。白瀬さんの剣先が風間さんの防御のわずかな綻びを捉え、確実に突きこまれたのだ。だが、風間さんも一瞬で防御に展示、その一撃を軽く受け流す。両者の間合いは瞬時に戻り、再び均衡が保たれた。


「いい動きだ、入隊当初とは比べ物にならない」


風間さんが次の瞬間、再び突風とともに踏み込んだ。その動きはこれまで以上に速く、鋭い。だが、白瀬さんはそれにすら対応し、軽やかに回避しながら反撃に転じる。


白瀬さんは目を細めながら、その間に隙を見つけようとする。そして、風間さんが次の攻撃に移る瞬間をと捉えた。


白瀬さんの刀が風間さんの間合いに入り、一撃を繰り出す。涼しい表情で放たれる正確無比な一撃が、風間さんの胴を軽く捉えた。もちろん、これは訓練であり一撃は軽いものであったが、勝敗は決した。


「‥強い。君の剣術はここで一つ完成したように思える。年齢的にも今が全盛期のはずだ、この完成度を保つよう精進してくれ。私はもう全盛期を過ぎてしまった。精鋭特務部隊のお荷物になっていくのも時間の問題であろう‥」


風間さんがその場を離れる前に、静かに白瀬さんに向かって言い残した。


白瀬さんは無言で頷き、その背中を見送った。


「風間は謙虚すぎる。精鋭特務部隊は彼の経験値によって支えられているというのに、まったく‥」竜仙さんは頭を掻いていた。


「まったく白瀬さんに引けを取っている感じもなかったよな」鳴海が呟く。竜仙さんは「全盛期に比べて弱くなった自分に自身を失ったんだろう。白瀬の剣術には誰も勝てない。俺がどれだけ鍛錬を積んでも彼は超えられないよ。最年長の風間が勝てないのは当然だ」と続けた。


竜仙さんの謙虚さも大概だと思いつつ、僕は静かに頷いた。


すると、戦いを終えた白瀬さんが僕らの方に歩いてきた。竜仙さんが「お疲れ様」と言うと、彼は頷いて僕の隣に座った。


 蒼真さんと陽一さん、三浦さんと翔之助さんの手合わせが終わり、美鈴さんと倉橋さんが出てきた。


前回の災害級妖冥との戦いで窮地から精鋭特務部隊を救った美鈴さんと、全く戦っているところを見たことがない倉橋さんの戦いに僕たちは興味津々だった。




二人は精鋭特務部隊でも屈指の速さを誇っており、どちらも冷静かつ的確な動きを信条としている。美鈴さんは特務部隊で唯一の女性で、特有の静かな殺気を漂わせている。


「準備はいいか?」倉橋さんが聞く。


「まぁ、やるだけっす」美鈴さんは小さく笑って、淡々と応えた。


その一言を合図にするかのように、倉橋さんが一気に仕掛けてきた。広場の端にいたかと思うと、次の瞬間には美鈴さんに向かって体を投げ出し、鋭い剣撃を繰り出す。


美鈴さんはほんのわずかな動きで倉橋さんの刀をかわし、そのまま距離を詰めて反撃に転じた。動きは静かでどこか無感情にさえ見えるが、目の前の標的を正確に捉えていた。美鈴さんの蹴りが倉橋さんの横腹に迫る。


「蹴るのアリなの!?」と風華が目を丸くしていたが、倉橋さんは間一髪で体をひねり、蹴りをかわした。


「おいっ、平気な顔して蹴り入れるなよ」と倉橋さんが睨むと、「駄目なんて言われてないっすよ」と美鈴さんは笑った。


次の瞬間、美鈴さんがすっと後ろに跳び、倉橋さんから距離を取る。その目は笑っていないが、どこか余裕を感じさせる。「そんなもんっすか?倉橋さん」


「いい度胸だ!」


倉橋さんはその言葉と同時に、腰に差していた投擲用の短刀を一気に美鈴さんに向けて投げ放った。短刀が空を切る音と共に美鈴さんへと迫る。しかし美鈴さんは顔に迫る短刀を刀の柄で弾き、残りの数本も見事に避けた。この突然の投擲でさえも彼女の冷静さと柔軟な動きは乱すことが出来ないのか。


「短刀投げるってありなのか?」鳴海が疑問を抱いていたが、竜仙さんは「あの二人は『何でもあり』なんだ。だから手合わせはあの二人でやらせてる」と呆れ口調で呟いた。


何でもあり‥強者故の破天荒さには少し憧れを持ってしまった。


「流石は美鈴だな。次はどうだ!」そう言いながら、倉橋さんは美鈴さんの死角に回り込むように姿を消した。そのまま背後から斬りかかろうとする。これは倉橋さんの得意技で、相手が気づいた時には既に勝負が決まっているのが常である。


ただやはり美鈴さんは冷静だ。即座にその気配を感じ取り、咄嗟に身を沈めた。倉橋さんの刀が彼女の頭上をかすめ、美鈴さんはその隙をついて鋭く後ろ肘を突き出し、倉橋さんの胸元を狙った。


「がはっ!」倉橋さんが苦しそうな声を上げてのけぞる。


「今ので髪切れたっすよ、最低っすね‥」美鈴さんは自分の髪が切れたことが不満そうだった。


この状況で髪を気にする余裕が決定打となったか、単純な肘打ちかは不明だが、倉橋さんは降参した。


「畜生‥俺の負けだ、あんた強えな」倉橋さんは肩で息をしながら言った。


「ま、倉橋さんもやるっすね」美鈴さんは微笑みながら一礼し、倉橋さんも軽く頭を下げた。その顔には、互いの実力を認め合う敬意が込められていた。


「美鈴さんって只者じゃないですね‥」僕が言うと、竜仙さんは「特務部隊で一番常識離れしてるのは美鈴かもしれない」と呟いた。そして、白瀬さんがそれを聞いて頷いているのを僕は見逃さなかった。




 過酷な訓練と手合わせが終わり、精鋭特務部隊の十人は団員食堂に向かった。


「お前らも来るか?」と三浦さんが言ってくれたので、僕らは喜んで同行することにした。


この人間離れした剣士たちがどのような会話をするのか、僕はとても興味があった。


「一般団員も利用するこの食堂に特務部隊が入ったら大変なことになりませんか?」僕が尋ねると、美鈴さんは「そんなの怒鳴って黙らせるだけっす」と真顔で言った。


「え‥」僕の顔が引き攣っているのを見て、美鈴さんは「冗談っすよ」と笑った。「みんないい人なんで多少ざわつくだけっすよ、迷惑はかけてこないっす」


食堂に着くと、そこにいた全員の視線がこちらに集まった。それも仕方ないか‥


すると、一人の団員がこちらに近づいてきた。特務部隊と話したいのかと思えば、その人は僕のところへやってきた。


「楓、対応は頼むっすよ」美鈴さんは逃げるように言い放ち、みんな離れていってしまった。


「もしかして、楓さんですか!?」興奮した少年が言った。これは面倒なことになった‥


「うん、そうだよ」と返すと、「入団してすぐに精鋭部隊に加えられた、楓さんですよね!!」と少年がさらに興奮して言った。


「ちょっと、声大きいよ‥」と注意するが、彼は聞く耳を持たない。


「握手してください!!」


僕は「まあいいけど‥」と握手するが、彼はあまり満足していない様子だった。「あの『硬化』やってくれないんですか?」目を輝かせながら聞いてくる。


あー面倒‥‥。僕は「そんな、何もない時に使うものじゃないよ」と言ったが、少年は「いいじゃないですか特別に!!」と引かないので仕方なく硬化を見せてあげた。


「はい、これでおしまい。じゃあね、頑張ってね」


強引に話を終わらせて僕はみんなのもとへ走った。


「楓は人気者だな、僕らと違って」蒼真さんが笑いながら言う。「若いから舐められてるだけですよ‥」と僕は肩を落とした。


「まあいいじゃないか、そのうち声なんてかけてもらえなくなる」寂しそうに陽一さんが呟いた。


僕も輪に加わり、ぎこちなく椅子に腰掛ける。目の前には炊きたてのご飯と香ばしい焼き魚、味噌汁が湯気を立てている。


「今日は流石に疲れたな」琉晴が口を開くと、「まだお前らは見学だけだったんだからマシだろうが。俺なんか、さっきの美鈴の一撃で腹がいまだに痛えんだぞ」と言いながら、倉橋さんが苦笑する。


美鈴さんは「まあ、加減はしたつもりっすけどね」と返し、笑いを誘った。美鈴さんの隣りに座っている竜仙さんもつられて笑っていた。


「でも、あの速さはすごかったです‥自分も、あのくらい動けるようになりたいな」僕がそう口にすると、鳴海も頷いた。「俺らもあの速さに追いつきたいもんだな」


その言葉に、特務部隊の人たちは一瞬だけ真剣な顔を見せたが、すぐに穏やかな笑顔に戻った。


晃明さんが箸を持ったまま「そう焦らなくていいさ。鍛錬は、過去の自分を超えるためにやるもんだ」と言った。僕らは頷き、目の前の食事に手をつけ始めた。


「見てたけど、風華も楓たちに負けてないよな」翔之助さんが不意に風華に声をかけた。風華は少し驚きつつ、微笑みながら返した。「私は弓が得意なだけで、近接戦闘はまだまだ‥」


「弓に関しては俺らよりずっと上手いけどな」三浦さんが茶碗を片手にからっと笑い、続けた。「いつか俺にも教えてくれよ、風華」


風華は「ぜひ」と笑い、場の空気が和やかになっていった。




 一日、特務部隊と一緒に過ごして分かったことがある。それは、全員仲がいいということだ。


しかし鍛錬の時は甘えず甘やかさず、お互いに厳しく意見を出し合っている。これが理想の部隊の形なのだろう。


暁班はまだ発足したばかりだが、彼らを目標にもっと活躍できるようになっていきたい。せっかく仲が良い四人だからね。

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