44話 誠実

 神隠団本拠地・主殿で会議が行われている時、『龍窟』には江戸城崩壊という前代未聞の事態を受け、譜代大名たちが集められていた。


広い地下の会議室に、譜代大名たちが次々と席に着く。彼らの顔にはどこか緊張感が漂い、江戸城の崩壊によって広がった不安が隠せない。それでも彼らは幕府への忠誠心を示すべく、表面上は冷静を保っていた。


やがて、幕府の幹部たちがゆっくりと部屋に入ってくる。江戸幕府二代将軍徳川秀忠を筆頭に、老中である本多正純、土井利勝、そして酒井忠利が並び、譜代大名たちを見渡す。


徳川秀忠はゆるゆると会議室を見渡し、重々しく口を開いた。


「さて──諸君、よく集まってくれた。すでに知っておろうが、江戸城は崩れ城下町も無事では済んでおらん。今このまま放置すれば、幕府の威光も揺らぎかねぬ事態である」


秀忠の言葉に、大名たちの顔には陰りが見えた。江戸城が崩壊したという報せは幕府の支配力に亀裂が入ったことを意味していた。彼らの心中には幕府への疑念がうごめいていたが、それを表に出す者はいなかった。


「江戸城の再建、そして町の復興を急がねばならん。しかしながら、我ら幕府の力のみではこの大業を成し遂げることは難しい。そこで諸君の力を借りたいと思っておる」


秀忠の言葉には威厳が込められていたが、その声には重責を共に担わせようとする意図が明白だった。会議室の中でざわめきが生じる。譜代大名たちは互いに視線を交わすが、どの物も口を開こうとはしない。だが沈黙を破ったのは一人の重鎮、松平忠直であった。彼は意を決したかのように口を開いた。


「将軍様‥お言葉ですが、今回の江戸城崩壊、妖冥が暴走したという報せを耳にしております。このような事態、幕府の統制は果たして‥‥万全であったのでしょうか?」


松平忠直の問に、会議室の空気は一層緊張を帯びた。大名たちは心の中で同じ疑念を抱えていたが、誰もそれを口にすることができない状況だった。ここで下手に反論をすれば、一発で首を飛ばされるのは日を見るより明らかだからだ。


顔をしかめる秀忠を抑え、隣に控えていた本多正純が前に一歩進み出る。「その疑念、無理もない。しかし今回の異常事態は我らにとっても予期せぬものであった。とはいえ、すでに対策を講じておるゆえ、今後このようなことが再び起こることはあるまい」


「非常に強力な妖冥が突如として江戸城に現れ、町と共に江戸城を崩壊させたという情報に間違いがあるかどうかお教えください。これが事実なのであれば、その妖冥は神隠団に対抗するために幕府が用意した兵器である可能性が非常に高いですが、それは本当に予期せぬ事態だったのでしょうか」忠直が続ける。


「忠直の意見は理解できる。しかし、我が幕府は常にこの国を護るために全力を尽くしてきた。その過程での不手際があったとしても、それを糾弾するよりいかにしてこの危機を乗り越えるかを考えねばならん」秀忠は威厳を込めて言うが、内心の動揺は隠しきれない。


「承知いたしました‥‥」松平忠直はやむなく頭を下げた。疑念は晴れていないが、幕府に反発することは己の立場を危うくする行為でもあった。他の大名たちも同様に反論の機会を失い、静かに頷く。


その時、土井利勝が柔らかな口調で話を引き継いだ。「諸君、今は我らが一丸となり、この難局を乗り越えねばならぬ。江戸城の再建はもちろん、町の復興も急務である。民衆が大いに不安を抱き、神隠団に期待を寄せる者も増えている。ここで我らが民衆に手を貸し、再び民を安んじさせねば幕府の威信は更に揺らぐであろう」


「その通りでございます」酒井忠利も穏やかな口調で続ける。「我ら幕府が指揮を執り、諸君の力を借りて江戸を再建することで民も安心し、我らに再び忠誠を尽くすこととなるでしょう。この困難を乗り越えれば、幕府の力もより強固なものとなりましょう」


不満を抱く者を上手く言いくるめるのは昔から幕府上層部お得意の技であった。


譜代大名たちは一斉に顔を見合わせた。内心では江戸城を護るべき妖冥が暴走したことへの不安が消えることはなかった。しかし幕府に従うしかない立場にある以上、口にすることはできない。


この状況を神隠団が知ればすぐに譜代大名を取り込もうとするだろうが、この幕府の内情を知るには諜報員の活躍が必要不可欠だ。楓らが送った四人は今、いかにして情報を集めるか模索している。


松平忠直は無言のまま深々と頭を下げた。


「‥‥将軍様、江戸城の再建、そして町の復興において、我らも力を尽くす所存にございます」


彼の言葉に続き、他の大名たちもそれぞれ頭を下げ、「我らも全力を尽くします」と声を揃えた。


秀忠は満足げに頷き、会議を締めくくった。「よろしい。江戸城の再建と町の復興は、我ら幕府と諸大名が一体となって成し遂げる大業である。これより共に力を尽くし、江戸の地を再び栄えさせようぞ」




      *




「幕府ってのは本当に啖呵を切って『やるぞ!』って盛り上げるのが好きな奴らだよな~」


蒼真さんが呟きながら、研修生たちに指示を出していた。今日から神隠団は、前回の戦い(主に災害級妖冥との)で崩れた江戸の町の修復を始めた。行動は早いほうが民衆からの好感も得られるということで、僕たちは研修生を集めて復興の手伝いをしてもらっていた。


「相変わらず皮肉が好きですね‥」


僕は苦笑しながら、作業のために集まった研修生たちを見回した。蒼真さんはいつも軽口を叩くけど、実力は本物なので頼りにされている。


「ほら、そこの材木しっかり運べよー!おいお前ら怪我すんなよ、次の戦いには出るかもしれないんだからな」蒼真さんは茶化すような口調で指示を飛ばすと、研修生たちは「はいっ!」と元気に返事をし、勢いよく動き出す。江戸の町は大きく崩れたけれど、こうしてみんなで協力していればすぐに元通りになるはずだ。


僕は周囲を見渡しなら、働いている研修生たちの様子を確認した。皆一生懸命で、表情にも真剣さがうかがえる。それでもどこか楽しそうに見えるのは、復興のために自分たちが役に立っているという実感があるからだろう。


「楓さん、これでいいですか?」一人の研修生が声をかけてきた。彼は手に取った木材を高く積み上げながら、不安そうにこちらを見ている。


「うん、それで大丈夫!ありがとう、助かるよ」僕がそう言うと、彼はホッとした表情で頷き、また作業に戻った。戦場とは一風変わった温かい雰囲気に僕はほっこりしていた。


「幕府が崩した町を俺らが直すとか、納得いかねぇよなぁ。まぁ、指導する側の俺が言っちゃいけねぇんだけど」蒼真さんはふっと笑って肩をすくめた。


しばらくすると風華が静かに近づいてきて、手に持っていた水筒を僕に差し出してくれた。


「ちょっと休んだほうが良いよ。朝からずっと動いてるんだし」


「ありがとう、みんなも疲れてきた頃だね‥」僕は水を一口のみ、周囲の研修生たちの様子を見渡した。確かにみんな頑張っているけど、疲れも見え始めていた。


「そろそろ休憩にしませんか?」僕が提案すると、蒼真さんも「おう、そろそろいい頃合いかもな」と頷いた。


「みんな、ちょっと休憩にしよう!」僕の声に、研修生たちは嬉しそうに手を止め、一斉に集まってきた。作業の疲れが顔に浮かんでいたけれど、みんな笑顔だ。


「ふぅ‥‥まぁ、なんだかんだでこういう地道な作業も悪くないな」蒼真さんがぽつりと呟く。


僕も同意しながら、広がる江戸の町を見つめた。まだまだ復興の途中だけど、少しずつ元の姿に戻ってきている。




遠くから足音が響き渡り、しばらくすると幕府の関係者と思しき数名が近づいてきた。彼らは精悍な顔つきをしながら、明らかに不機嫌そうな様子でこちらに向かってきた。


「おい、そこの者たち!勝手に復興作業など進めてよいものではないぞ!」先頭の男が声を荒げた。彼は幕府の役人らしい格好をしており、偉そうに腕を組んで僕たちを睨みつけている。その後ろに従う他の者たちも、同じく険しい顔をしていた。


「楓、落ち着け。付近には民間人も多数いるから暴力的な解決は駄目だ。むしろ、冷静に言葉で追い返したほうが印象が良い」蒼真さんが耳打ちしてきた。僕は頷き、反論の準備をする。


「何んだ?勝手なことするなって‥俺たちがなにか問題でも起こしたか?」蒼真さんは冷静に問いかけ、軽く肩をすくめながら役人を見据えた。彼の表情にはいつもの飄々とした笑みが浮かんでいたが、その目は鋭く相手を油断させない雰囲気が漂っていた。


「問題だらけだ!」幕府の役人はさらに声を荒げた。「江戸城の再建、そして町の復興は幕府が指揮を執るべきこと。勝手に神隠団が手を出すなど、何様のつもりだ?我らが何も指示しておらぬうちに勝手に復興を進めるなど、無礼千万だ!」その言葉に、僕は少し怒りを覚えた。町は崩れ民は困っているのに、手をこまねいているだけの幕府の指示を待てというのか?復興を進めることに何の問題があるのか、理解できなかった。


「幕府の方針には従っているつもりですが‥今、町の人々が困っているのは明らかです。私たちは神隠団として町の復興を手助けしているだけです。‥‥というか、こんな風に茶々を入れてくるくらいならもっと早い段階で幕府が復興の作業を始めれば良かったんじゃないですか?」僕が薄ら笑いを浮かべながら言うと、役人は眉に皺を寄せた。


近くの民間人も「そうだそうだ!」と幕府への不満を露わにした。よし‥!


役人たちは一瞬戸惑った様子を見せたが、またすぐに声を張り上げた。「復興の指揮は幕府のものだ!お前たちは勝手に動くなと命じているのだ!これ以上作業を続けるなら、幕府に逆らうことになるぞ!」


蒼真さんが軽くため息をつき、皮肉を込めた口調で言い返す。


「まったく‥弱い犬ほどよく吠えるな。戦をしてる時点でとっくに幕府への忠義なんてもんはねぇんだよ。妖冥の手を借りないと町の一つも守れねぇどころか、妖冥を制御できずに町を破壊するような幕府にはな。俺たちが作業を始めてなかったら、誰が民を助けてるんだ?教えてくれよ」


「幕府がすべてを指揮するべきだ!お前たちが出しゃばるから混乱が──」


「おいおい、混乱を起こしてるのはお前らの方じゃねぇか?」


蒼真さんが言葉を遮った。「俺たちはただ町を直して、民を助けてるだけだ。それに、民衆は俺たちに感謝してくれているぞ。今更『指示がない』なんて理由で止められるわけねぇだろ。お前らは、江戸城が崩れた時に何してたんだ?」


幕府の役人は言い返そうと口を開いたが、蒼真さんがさらに言葉を続けた。「それにな、幕府の指示を待ってる間に民が飢えてるってのに、お前らは何をするつもりなんだ?お偉いさんが動くまで指をくわえて待ってろってか?バカ言うな」


僕もその流れに乗って言葉を重ねた。「幕府が主導するべきだという意見も理解はできます。でも、今すぐに動かなければ沢山の人が困る場面で、待つ理由がどこにあるのでしょうか?神隠団は人助けのために存在する組織ですし、町の人々は僕たちに助けを求めています。これを見て、あなたたちは本当に復興を止めることができますか?」


僕の問いに役人たちは一瞬言葉に詰まり、目をそらした。彼らもこの状況で復興を止めるべき理由がないことは理解していたのだろう。しかし立場上それを認めるわけにはいかない。


蒼真さんが最後に畳み掛けた。「それにさ、民衆からすりゃ誰がやろうが町が直ってりゃ関係ねぇんだ。お前らが焦るのは分かるが、江戸が崩れたのはおたくの妖冥が暴れたせいだろ?その後始末を俺たちがやってんだから、邪魔するんじゃねぇよ」


「‥‥覚えておけよ。幕府に背くと、後で痛い目を見るかもしれんぞ」


最高に格好の悪い捨て台詞を吐いて、役人たちは踵を返した。


蒼真さんは僕に笑みを向けた。「いい感じに追い返したな」


「でも‥また何か言ってきそうですね」僕は苦笑しながら、去っていく役人たちを見つめた。


「まぁ、そうだろうな。でも俺たちはやるべきことをやるだけだ。気にすんな」


蒼真さんがそう言って再び作業を見渡し、研修生たちに声をかけ始める。僕もその姿に習い、再び復興作業に戻った。これで、民衆の信頼が神隠団に傾くことは確実だ。


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