40話 結束
僕と琉晴は、江戸城周辺に無数に配置された妖冥たちの中を駆け抜けていた。妖冥が波のように押し寄せる中、僕たちは互いの息を合わせ、次々と敵を薙ぎ倒していく。その連携は、たった一年で形成されたとは思えないほどに滑らかで、僕たちの間に言葉はいらなかった。
「とんでもない数だね‥これで何体目だろう?」僕は汗を拭いながら、少しだけ息を整えた。
「さぁな。数え切れるわけねぇだろ。ただ、出てくる奴らを全員ぶっ叩くだけだ」琉晴が笑いながら、次の妖冥へと向かう。
琉晴は戦闘中、最も楽しそうな表情をしている。普段は無愛想で切れ味の鋭い言葉ばかり放つ彼だが、戦場では誰よりも目を輝かせ、誰よりも明るい笑顔で刀を振り続けている。
天性の戦闘好きで、戦うことを楽しんでいるのだろう。だからあまり恐怖も感じないのかも。羨ましい部分だ。
琉晴の言葉に僕は軽く笑って応じた。状況は絶望的だけど、彼の態度にはどこか安心感があった。僕たちは何度も、こうして共に戦ってきた。今日もその延長線上に過ぎないのだと、そう思いたかった。
「こいつらを倒すことで、勝てる可能性が少しでも上がるのなら、戦い続けることで、江戸を守れるのなら、僕は止まるわけにはいかない」言葉に力を込めると、琉晴が振り返り、首を縦に振った。
「勝ちの見えきった戦なんて面白くないんだよ。なんだか、心が熱くならねぇ。やっぱりこれくらい追い詰められねぇと」
僕たちはさらに速度をあげて進んだ。琉晴の鋭い刀が風を切り、妖冥たちのふくらはぎを次々と切り裂く。その背後を僕がおい、隙を見逃さずに一撃を加える。風と影、2つの動きが織りなす戦いは、まるで一つの舞台のようだった。
「よし、次!」僕が敵を一体倒すと、琉晴がすかさず後ろに飛び出して、別の妖冥に突っ込んでいった。
「ふぅ‥やっぱり琉晴は凄いね、僕なんかと一緒に行動してるのが不思議なくらいだよ」
「おい、そんなおだてても何も出ねぇぞ」琉晴の言葉に、僕は思わず笑いがこぼれた。こんな状況でも、彼は余裕を見せてくれる。それが僕にとってどれだけ心強いか。
だが、その時だった。突然、妖冥たちの動きが一瞬止まり、空気が変わった。
「‥何だ?」
次の瞬間、巨大な妖冥が僕たちの目の前に姿を現した。これまでの妖冥たちとは覇気が違う。
「こりゃあ一級の威圧感だな‥」琉晴が言った。
巨大な妖冥が唸りをあげる。その目は血のように赤く輝き、全身から放たれる禍々しい雰囲気が周囲を圧倒していた。空気が重くなる。僕たちは、正真正銘、体力の限界に近づいている。
一度止まると一気に疲れが押し寄せる。こいつの登場で足を止めた僕らは、先程より一気に衰弱している。
「楓、大丈夫か?」琉晴が僕の顔を見た。その顔には心配が浮かんでいる。
僕は震える足を無理やり動かし、深く息を吸い込んだ。心の奥底から、何かが燃え上がる感覚がする。
「大丈夫だよ、琉晴。ここは‥僕に任せて」自分の声はいつもより静かで、息を多く含んでいた。
琉晴は「待て、ここはそうやって無理をする場面じゃねぇ。安全に敵を‥」と止めてきた。
「今のところ、何も役に立ってないんだ!!!」僕は大きな声で言った。琉晴が驚いた表情をする。
「城に入るのに成功しただけで幹部は誰ひとり見つけてない、精鋭特務部隊も助けられず、今までの戦闘も琉晴に支えられてばかり。何にも成し遂げてないんだよ!!」
琉晴は「‥わかった。お前を信じる」と頷いた。
「ありがとう」
僕は握っている刀を見つめ、心の中で怒りを沸かせる。この妖冥は、僕が倒す。僕一人で、必ず。
江戸を守るために、これ以上誰も倒れることを許さない。
「‥来い」
僕の囁きに反応するかのように、妖冥が猛然と突進してきた。その巨体は僕の怒りに比べてしまえばかなり小さく見える。何も出来ない自分に対する怒りは、僕にとって一番の原動力だ。
すぐに妖冥の刀が僕をめがけて振り下ろされる。僕は腕を硬化させ、攻撃を防いだ。
「なかなか強い力だね、でも、折れた刀でどうやって戦うの?」僕が挑発すると、妖冥は僕の刀を力ずくで奪おうとしてきた。
「まったく、人型は機転が利くからだめだなぁ‥」僕は必死に抵抗した。手も足も硬化させ、絶対に刀を引き抜かれないよう耐える。
そして僕は一気に刀を振り抜き、妖冥の足元に深く食い込ませた。その巨体は体勢を崩し、一瞬だけ身をよじらせる。
今だ!!!
僕は硬化した自分の体を存分に使い、全身の力を込めて妖冥に向けて跳躍した。上空に舞い上がり、周りの景色を堪能する。
あぁ‥美しい。これほど残酷な戦いが繰り広げられているのに、世界は皮肉なほどに美しい。
血で汚れた僕の刀にも口づけをしてやりたいほど、この残酷な世界の姿が愛おしかった。
「──これで終わりだね」
刀が妖冥の頭に深々と突き刺さり、激しい衝撃音が鳴り響く。妖冥の身体がゆっくりと閉じ始めた。
「まだだ!!」僕は叫びながら、さらに刀を深く押し込む。溢れ出る血で体が吹き飛ばされそうになるが、全身を硬化させて血しぶきを受け止める。
妖冥の体は徐々に崩れ落ち、ついにその巨体は地面に崩れ落ちた。
僕は息を切らしながら、その場に立ち尽くした。倒れた妖冥の巨体を見下ろしながら、震える拳を握りしめた。刀は刃こぼれが酷かったので、硬化させた手でふくらはぎをグチャグチャにしておいた。
「終わったよ、琉晴」僕が血まみれの状態で振り返ると、琉晴は「‥やっぱりお前は化けもんだ」と言った。彼の顔には、安堵と驚きとドン引きが混ざっている。
僕はただ静かに笑って、深く息を吸い込んだ。
「うわ、血くさっ」
ある時、霞月さんに「君の凄いところは、妖冥に対してだったらどれだけでも残忍で無情になれるところだよ」と言われた。普段は人に危害を加えないし、優しい人であろうと思っている。
でも、妖冥にそんな容赦は必要ないと思っている。それどころか、必要以上に残忍であろうと思っている。それが、僕の家族を奪った妖冥へのせめてもの報復だ。
*
江戸城に向かう途中、冬馬殿がふと歩みを止め、静かに地図を広げた。表情は冷静さを保っていたが、瞳の奥には決して消えない戦士の炎が宿っている。
大まかに作戦は伝えられたが、詳細な動きの指示は冬馬殿に一任されていた。
「これから実行する作戦は、神隠団の知恵と力を尽くしたものだ。何としても成功させる。俺たちは、精鋭特務部隊と共に絶対に生き残る。そして、ここから状況を逆転させる」
その言葉の重さに、俺は自然と背筋を伸ばした。神隠団屈指の戦略家が、この状況を覆すためにどんな奇策を持ち出すのか──期待と不安が胸を支配していた。
「まず、第一段階だが、これまでの常識を捨てろ。俺たちが用意したのは陽動部隊なんかじゃない。敵の『知覚』を完全に遮断する策略だ」
彼はそう言って、地図のいくつかの地点に印をつけた。それは、城周辺のごく普通の道筋に見えたが、何かが違う。俺の疑問に気づいたのか、冬馬殿はすぐに説明を続けた。
「妖冥どもは、基本的に視覚と嗅覚で標的を見つけ出す。それに加えて、奴らの中には空間を捻じ曲げるヤツもいる。それを逆手に取るのが、この作戦だ。ここで使うのは『幻影の網』だ」
「幻影の‥網?」俺は彼の言葉に眉をひそめた。幻影魔術は高度な技術であり、敵を騙すには相当の魔力と制御が必要だ。
広範囲に展開される魔力領域。この術は視覚や聴覚を巧妙に撹乱し、敵の感覚を混乱させる。的に幻覚を見せて誤った方向に誘導したり、攻撃を避けたり、隊士を隠すことができるため、戦場での奇襲や撤退を有利に進めることができる。また、戦況に応じて柔軟に形を変えられるのが特徴で、敵を孤立させたり混乱させたりする戦術にも効果的だ。
冬馬殿は自信たっぷりに頷きながら、地図上に印をつけた地点を指差した。「俺たちは江戸城周辺の主要な交差点に、事前に隠しておいた『幻影の網』を一斉に作動させる。これで、妖冥どもには俺たちの位置が見えなくなる。しかも、その網は特定の場所だけに集中しているから、局所的に敵の知覚を混乱させることができるんだ」
一気に話の難度が跳ね上がり、理解が難しくなってきた。やはり主要幹部の知恵は凄まじい。
「しかし、その幻影の網を使用できる者は何処にいるのですか?」俺が聞くと、「俺とお前だ。霞月」と冬馬殿は微笑んで言った。
「俺にはそんな魔術‥」自信なさげに言うと、冬馬殿は「魔術部でも屈指の精鋭である霞月なら可能だ。俺と霞月で幻影の網を設置する。安心しろ、俺がついてる」と言ってにやりと笑った。どこまでも頼もしい副団長だ。
「しかし、その網はどうやって維持するんですか?持続力が高ければ、それだけ体力の消費も多くなりますよね‥」山崎が不安そうに聞いた。
「そこがこの作戦の最重要箇所だ。『網』は維持するんじゃない。むしろ瞬間的に作動させて、すぐに消す。それを数分の間に何度も行う。妖冥どもにしてみれば、俺たちの姿が一瞬で消えたり現れたりするって寸法だ」
俺は冬馬殿の言葉に驚きを隠せなかった。妖冥を撹乱させるその手段はたしかに効果的だ。だが、それだけではない──この作戦にはさらに複雑な仕掛けがあった。
「さらに、第二段階として、幻影を使って敵を誘導する。敵を二手に分断するんだ。江戸城の周辺には地下に通じる隠し道がいくつもある。それらを利用して、俺たちの小部隊は敵の背後に回り込む。そして、精鋭特務部隊と合流する瞬間、全員で一斉攻撃を仕掛けるんだ」
冬馬殿はそこまで説明したあと、一瞬黙り込み、俺たちの表情をじっくりと確認した。そして続けた。
「だが、問題は災害級の存在だ。あいつを倒さない限り、作戦は成立しない」
俺たちは息を呑んだ。災害級の存在が、今回の作戦の最大の障壁になる。奴が自由に動ける状態では、どんな攻撃も奴には届かない。作戦が進行する前に、奴を抑えることが不可欠だった。
「俺が奴を引き付ける。その間に、お前たちは作戦を実行しろ」
「冬馬殿が‥?」ざわめきが起こる。副団長自らが囮になるなんて、普通は考えられない。
だが、冬馬殿は覚悟を決めたように頷いた。
「そうだ。俺はこの戦いにおいて、副団長としてだけじゃなく、一戦士として命を懸ける。奴らに神隠団の誇りを見せてやるんだ」
彼の真っ直ぐな瞳を見て、全員が真剣な表情で頷いた。
そして、その冬馬殿の決意が俺たち全員をさらに強く結束させた。
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