39話 夜明け
俺は焦りと不安を胸に、荒れ果てた戦場を駆け抜けていた。災害級妖冥との戦闘が激化する中で、本拠地に連絡するために移動しなければならないという責務が、心に重くのしかかっていた。
大切な仲間たちが命を賭して災厄と戦っている。そんなの、じっとしてられるわけがないだろ。でも俺には俺の役割があるんだ。団長に与えられた役割が。
俺は幼い頃から引っ込み思案で、親の言いなりだった。自分から声をかけられないから無論友達もできなかったよ。でも、そんな俺にも好きなことがあった。
それが、正義の味方ごっこ。俺は困っていそうな人を見つけては助け、その優越感に浸っていた。
子供にできる人助けには限りがあった。落としたものを拾って渡したり、倒れている看板を直したり。
人に自信を持って話しかけられない自分も、良いことをしていると思えば少し胸を張ることができた。
ある日、子供二人が喧嘩をしているのを見て、僕はまたいつもの正義の味方ごっこで止めに入った。今思うと変な奴だと思われて当然な行動だが、当時の俺は「お前誰だよ!関係ねーだろ!」という少年の言葉に果てしない苛立ちを覚えた。無関係な人であろうと、事情を知らない人であろうと、間違いを直したかった。人を殴り、殴り返され、また殴って。そんな行動が正しいとは思えなかった。
結局、その後二人の子供に傷だらけにされて俺は家に帰ったわけだが、両親に傷のことを聞かれ一部始終を話すと、よくやったと褒められた。
「お前の一番偉いところは、喧嘩を止めようとしたことじゃない。殴られても、殴り返さなかったことだ」という父の言葉が心によく残っている。
殴り返したら、自分も正しくない人間に成り下がると思って、「正義の味方」だった俺はしなかったんだよな。
大人になるってのは、「正しくないこと」に寛容になるという部分もあると思うが、それは果たして良いことなのだろうか。
俺を大人にしてくれたのは間違いなく源治さんと、妖冥という絶対的な悪の存在だ。‥が、今はそんなことを思い返している場合じゃない。また次の機会にしよう。
「行くぞ!」俺は後ろにいる部下三人にかけた声が震えていることに気づいた。
‥駄目だ。どうしても勝てるという確信が持てない。災害級妖冥が出現した時点で勝利というものは遥か彼方へと行ってしまったように感じられる。出陣する前は、手を伸ばせば届く距離にあったはずの勝利が今では声も届かない場所。
「でも、先は妖冥の群れが‥」魔術部の一人、白石が恐怖で顔をゆがませながら言った。前方には、無数の妖冥が密集しているのが見える。
遠くからは認識できなかったが、想定していた以上の敵の密度。本拠地へ行くためには、これを切り抜ける必要がある。
「でも‥やるしかないんですよね!精鋭特務部隊の皆さんは、最前線で命を懸けて戦っています!!」もう一人の魔術部部下、山崎が叫んで杖を握りしめる。その言葉は力強かったが、どこか無理をしているように思えた。空元気だとしても自分を奮い立たせないとやってられない。自分だって同じだ。恐怖は尽きることなく心を蝕んでいる。
俺は呼吸を整え、魔術を唱えながら前進を続けた。妖冥の群れを避けることはできない。
戦うしかないのだ。ただ、「これで本当に良いのか?」という疑念が脳裏に浮かんでは消えてを繰り返し、俺の精神はグラグラに揺れていた。災害級妖冥が現れた時点で、戦局は既に絶望的なんだよ‥!
「来ますよ!」白石が叫び、前方の妖冥が牙を向きながら突進してきた。俺は冷静に呪文を唱え、稲妻の魔術を放つ。妖冥の身体に電撃が走り、瞬間的に動きを止めたが、全ての敵を止められるわけではない。
次々と現れる妖冥が俺たちを囲み始めた。
「どうしますか‥?」情報部の下崎が不安な表情で言った。
この数の妖冥は、複数体ずつ倒していてもキリがない。一気に全員を薙ぎ払うしか勝つ方法はないだろう。
「皆、一回攻撃するのをやめて」俺は三人を近くに寄せ、四人で固まった。
そして、敵が集まってくるのを待つ。こちらが動かなければ、絶好の獲物だと思い妖冥たちは群がってくる。
「よし‥‥今だ!」近くにいるほとんどの妖冥が近くに寄ってきた瞬間、俺は小爆発の魔術で敵を一掃した。
「道が開けた!みんな着いてこい!!!」俺は全力で駆け抜けた。あそこで一度、敵を引き寄せる勇気。がむしゃらに戦い続けない冷静さが戦況を変えた。
我ながらよく思いついた‥と少し安堵しながら、本拠地へと走り続けた。
「まさかあの危機を打開するとは‥もう諦めてしまったのかと思いましたよ」下崎が冷や汗をかきながら言った。
「一か八かだったね。今の賭けが成功しなかったら諦めようと思ってたよ」俺は脱力した顔で言った。
本拠地までの道中に妖冥はおらず、いたるところから江戸城へ集結させているのだとわかった。
江戸城を直接攻め落とすことが困難となった今、幕府の脆弱な部分を狙うにはどこが最適なのか‥
そんなことを考えつつ、俺は主殿の前まで走り続けた。
たくさんの警備員に会釈を返しながら扉の前に立つ。
「行こう」俺は扉を開け、体中に疲労と痛みを感じながらも必死に気を張っていた。会議室の戸を叩き、中に入ると、義統殿、冬馬殿、永善殿、そして側近たちが待っていた。室内の空気は異様に重苦しかった。
「どうした?作戦ではお前が途中で戦線離脱することはないはずだが‥」義統殿の声には焦りが見え隠れしていた。
俺は深呼吸をし、平静を装いながら口を開いた。「楓が城に侵入し、それに続いて暁班が突入するまでは順調でした。しかし、精鋭特務部隊が城に入ると同時に、災害級妖冥が現れました。既に精鋭部隊が応戦中ですが‥敵の数、そしてその力が予想を遥かに上回っています」
その言葉が広間に響いた瞬間、永善殿が眉をひそめた。「災害級、か‥そんなに早く出現するとは。どのくらいの規模なのだ?」
俺は顔を歪め、冷や汗が背中を流れるのを感じながら答えた。「今まで見た妖冥の中でも、これほどの力をもつ存在は見たことがありません。災害級どころか‥この世の『禍』を具現化したかのようです。精鋭特務部隊ですら、対等に渡り合えるか怪しいです。俺は遠くからしか確認できませんでしたが‥全員無事である可能性は限りなく低いかと」
永善殿の表情が険しくなり、義統殿も拳を握りしめた。「江戸城や町の状況は?」義統殿が聞く。俺は「江戸城は半壊、町も一部は崩れています。おそらく、重要幹部をあらかじめ避難させ、町を犠牲にしてでも我々を滅ぼすつもりです」と返した。
義統殿は「相当なものだな‥。だが、何としてでも食い止めなければならん。これ以上、江戸が破壊されるわけにはいかない」
冬馬殿は動揺を隠せない様子で、腕を組んだまま黙り込んでいた。彼の隣りにいた側近たちも顔色が悪く、ささやき声が部屋に響き始めた。「災害級がこんな早々に‥」「江戸の町を破壊してまで‥」
俺はそのざわめきを背に続けた。「それだけではありません。妖冥の数も尋常ではなく、全方位からの包囲がなされています。精鋭特務部隊も苦戦を強いられていますが、後続の一般隊士も次々に現れる妖冥によって疲弊しています。神隠団として、早急に増援を送らなければ、壊滅は時間の問題です」
「我々が予想していた最悪の事態を、さらに上回ってきたか」永善殿が厳しい表情で呟く。
冬馬殿が静かに立ち上がり、真っ直ぐに俺を見た。「精鋭部隊とお前たち、よくここまで耐えてくれた。しかし、これからが本当の勝負だ。我々も全力を尽くす。増援と作戦の立案を直ちに進めよう。時間はない」
俺は深く頷いた。「ありがとうございます。今の状況では、早急な対応がなければ、全てが終わります。精鋭特務部隊も‥限界が近いかもしれません」
義統殿は拳を固く握りしめた。「神隠団にとって欠かせない存在だ。絶対に我々が守り抜く」
俺は苦しい胸の内を押し殺して、静かに頷いた。「我々の持つ全ての力を使わなければ、この戦いは‥」
言葉を続けることが出来なかった。だが、恐らくこの場にいる全員がその言葉の意味を理解していた。
「わかった。すぐに動く。お前たちの努力が無駄にならないように、我々が後を引き受ける」義統殿が鋭い声で言った。その決意とともに全員が立ち上がり、戦局を打開するための動きを開始した。
「霞月、悪いことを聞くが‥まだ戦えるか?」冬馬殿が聞く。俺は「もちろんです」と答えた。
もちろん体力は殆ど残っていない。でも、神隠団のためなら戦える。
「苦しい現状に絶望するより、希望の光を追い求める。それが神隠団ってもんだ」義統殿が地図を広げながら言った。
その後、神隠団でも屈指の頭脳と知識を余すことなく利用し、約7分で全ての動きが完成した。
「全員、作戦は頭に入ったな?」永善殿が念押しすると、俺達は「はっ!」と答えた。
「これで戦況を覆す。そして今回は神隠団史上初めて、副団長が実際に戦線に立つ作戦となる。これは、強く尊敬されている冬馬が現れることで戦場にいる隊士の士気を上げ、さらに勝てる可能性を上げるためだ。頼んだぞ、冬馬」永善殿が語った。
「成功する気はしてねぇが、いっぺんやってみるか‥」冬馬殿が言い放ち、真っ先に主殿を出ていった。
「俺たちも行こう」
緊急招集をかけた隊士たちが中央広場に集まっていた。総務部が作戦を伝え、俺達は江戸城へと向かった。
「精鋭特務部隊、頼むから耐えてくれ‥。あともう少しだ」
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