37話 諜報員

 魔術部三人と俺(霞月)、そして二人の情報部で監視塔を制圧する。


楓たちの作戦が上手くいっているか正直気が気でないが、俺はしっかりと自分の役目を果たさなければならない。


「おそらくあれが監視塔です」部下がそびえ立つ塔を指さして言った。見張りが数人居るのは遠目に見ても分かる。


俺たちは静かに監視塔の周囲に忍び寄った。周囲には数人の兵士が見張っているが、まだ俺たちの存在には気づいていない。


「目標確認。行くよ。迅速にね」俺は小声で指示を出し、各自がそれぞれの役割に散った。


まずは周囲の兵士を無力化する。魔術部の部下が先陣を切った。彼が軽く手を振ると、兵士たちの足元から地面が急に盛り上がり、次の瞬間には土の槍が一斉に突き上げられる。


驚く間もなく兵士の一人が声を上げることなく崩れ落ちた。まぁ、幕府の兵士が魔術への対抗策を持ち合わせているはずもない。


すると、城から火のついた矢が城門に向けて放たれるのが見えた。


「作戦は順調そうだね。次、後ろにいるやつを狙おう」と指示を出すと、別の部下が火球を放った。敵兵はその場に崩れ落ちる。魔術の攻撃は短期決戦に向いている。俺たちは敵が動く暇もなく制圧していった。


「上の兵士は・・」自信のない顔で部下が言ったので、察して「俺がやるよ」と返した。


監視塔の上を見上げると、そこにはまだ数人の兵士が居る。こちらを察知する前に片付けなければならない。


「行くか~」俺は瞬時に塔へ駆け上がり、刀を抜いた。兵士たちが気づいた時には、俺の刀が既に一人の喉元を斬り裂いていた。俺はすぐにしゃがみ、勢いよく溢れ出る血を避けた。もろに受けると俺も死んじゃうからね。次の一撃も間髪入れずに放ち、二人目も即座に倒す。残りの一人が俺に向かって刀を振り下ろそうとするが、俺は体をひねりつつ避け、そのまま反撃の一閃を放った。兵士は短く息を漏らして倒れる。


「制圧した、登ってこーい」俺は塔の上から下に向かって声をかけた。下では部下たちが監視塔の入口を固めている。さすが、仕事のできる奴らだ。


「早いですね・・」服についた汚れを払いながら情報部隊員が言った。


「これで楓たちも動きやすくなるはずだ・・」そう安堵した瞬間、城からとてつもない轟音が鳴り響いた。すぐさま城に目を向けると、一部が崩れ始めていた。


「何だ!?」俺は監視塔から身を乗り出した。間違いなく緊急事態だ。


爆弾が仕込まれていたか?楓が暴れたか?それとも・・・・。必死に思考を巡らせるが、答えにはたどり着けない。


「何が起こってるかよくわからんが・・緊急事態発生だ。情報部はすぐに本拠地ヘ連絡を。魔術部の三人はここに留まるように」俺はすぐに指示を出した。


「本拠地へ連絡は困難かもしれません。周りを見渡してください」俺は城郭を見渡した。すると、江戸城全体を囲むように無数の妖冥が配置されている。


ここから脱出することは困難を極める。


「ここまで準備を整えてきたか・・」俺は絶望しながらも、必死に打開策を考えた。


すると、城から妖冥らしきものが出てきていた。周りに居る人間はおそらく神隠団の精鋭たち。


彼らに望みを託すしかないか・・おそらくあれは災害級の妖冥。しかし、俺が加勢するのは悪手に感じる。


「よし。君と君はここに残れ。俺たちは本拠地へ向かう」俺は情報部一人と魔術部一人を監視塔に残し、本拠地へ自ら向かうことに決めた。


俺がいればおそらく襲いかかる妖冥を一掃して抜け出すことは出来るはず。とにかく本部にこの事態を伝えなければならない。




      *




 災害級の妖冥が現れたことにより、僕たちの目的が江戸幕府主要幹部の討伐からこの妖冥の討伐へと移った。おそらくこれが幕府の策略だろう。


自分たちは安全な場所へ身を移し、戦は妖冥に任せる。どうせ今までも同じようなことをしてきたんだろう?妖冥に頼りきった国造りには賛同できないな。


「楓」竜仙さんが僕の耳元で囁いた。「どうしました?」僕が聞くと、「このままこの妖冥と戦っていては、幕府の手のひらで転がされているだけになる。楓は琉晴とともに江戸城周辺を周り、雑魚妖冥の討伐を頼む。災害級は、俺たちがどうにかする」と言われた。


「御意」僕は答え、琉晴とともに戦場を抜け出した。


「どうして俺と楓なんだ」瓦礫の上を走り抜けながら琉晴が言った。「きっと信頼されてるんだよ」


僕が江戸城周辺を見回ろうとしたとき、琉晴が足を止めた。


「俺はやっぱり江戸城の地下が気になって仕方ない。将軍とまではいかなくとも、誰か居るように感じる。重要人物を隠すにはもってこいの場所だろ?」


独断で行動するのは少し気が引けるが、僕は琉晴を信じて城の地下を目指した。


災害級との激しい戦闘を尻目に、江戸城の地下への入口を探した。


「これはどうだ?」琉晴が指を差した扉はハズレ。僕の見つけた扉もハズレ。


琉晴も僕も苛立ちを隠せないまま、次々と扉を開けては閉めるを繰り返す。


「くそ、どこだ・・」琉晴が低く唸る。彼が指さした扉もただの物置。僕も焦り始めていた。あまり悠長に探している時間はない。だけど、地下になにかがあるという琉晴の直感を信じたかった。それに、僕も地下が怪しいと感じている。


「もう少しだ・・きっと・・」そう呟きながらも、焦りが心を選挙し始めていたその時だった。


「楓、あれ見ろ」琉晴が急に足を止め、薄暗い廊下の奥にある一枚の古びた木製の扉に目を留めた。「あれだ、あの扉・・怪しいと思わないか?」


僕もその方向を見る。確かに、他の扉とは異なる雰囲気がある。さり気なく隠されたような位置にあり、いかにも「地下への入口」といった感じだ。


「・・これかもしれない」


僕たちはそっとその扉に近づき、琉晴が手をかけた。しかし、びくともしない。「鍵がかかってるな。やはり幕府も慎重だ」


「なら、これで」僕はすぐに手を硬化させた。琉晴が一瞬驚いた表情をするが、僕は構わず拳を握りしめた。


「・・壊すよ」


一瞬の静寂の後、僕は扉を思いきり殴りつけた。重厚な扉に亀裂が走り、続いてそのまま崩れ落ちた。鈍い音が廊下に響く。


「よし・・!」僕は息をつきながら、琉晴と顔を見合わせた。


「さすがだな」琉晴が言った。


そして、中に入ってみると下に続く階段があった。


暗い階段を降りると、冷たい空気が僕たちの身を包んだ。足音が響き渡るほど静まり返った地下の通路。慎重に進んでいくと、やがて奥の方からかすかな声が聞こえてきた。僕たちはその声に向かってさらに足を進める。


進んでいくと一つの扉があり、中には5人の男が何か話し合っていた。彼らの背中は僕たちに向けられ、こちらに気づいていない。


「どうする?襲撃する?」僕は小さく琉晴に尋ねた。正直、ここまで来たら一気に片付けた方がいいと思った。


だが、琉晴は首を振り、口元に指を当てた。「いや、ちょっと待て」


「待つ?」僕は驚いて彼を見る。


琉晴は真剣な顔で続けた。「地下に隠されるほどの人物なら、何か情報を持っているかもしれない。もしそれを引き出せたら、かなりこちらは有利になる」


一理ある。単に倒すだけでなく、彼らから何か得ることができれば、後々の戦略にも活かせる。僕は琉晴の提案に同意した。


静かに扉を開け、一気に男たちの背後に飛びかかる。僕は硬化した腕で三人を、琉晴は二人を素早く抑え込んだ。


「何だ!?」男たちは驚き、抵抗しようとするが、僕たちは既に彼らの動きを封じていた。


「お前たちはもう逃げられない」琉晴が冷たく言い放つ。「だが、協力すれば命までは奪わん。大人しく質問に答えれば、もっと楽な終わり方をさせてやる」


「・・何を知りたいというのだ?」一人の男が険しい顔をしながらも、こちらの力を前に観念した様子で言う。


「まず、あの化け物は何だ。城が半壊するほどの妖冥をどうしてこんな場所に配置した?」琉晴が怒りの滲んだ声で言った。


「わからない」そう答えた男の首をすぐに琉晴が切った。「俺達を前にして隠し通せると思ってんのか?」さらに圧をかける。


「君たちの役職は何?地下に隠されてるってことは、下っ端ではないと思うんだけど」僕が聞くと、男は「若年寄だよ。五人とも」と諦めた口調で答えた。


「なるほどね・・やっぱり偉いんだ」


「それなりの役職なんだろ。なのにあの妖冥の正体を知らないはずがないよなぁ?」琉晴が言った。


尋問をしている間も、上で轟音が鳴り続けている。精鋭特務部隊も、鳴海も風華も無事だといいけど・・


「本当に知らないんだ!今回の作戦を知っているのは最高幹部の老中たちだけ、俺たちには何も伝えられてない!!」その言葉を聞いた琉晴は再び刀を男に向けた。


「琉晴、待って」僕は琉晴の刀を抑えた。


「僕たちのために情報を集めてくれるなら、生かしておいてあげる。どう?大事な部下に作戦も教えてくれないような人の下で生きるより、神隠団と一緒に国を救うほうが良いと思わない?」と、僕は静かに問いかけた。若年寄の男たちは一瞬顔を見合わせた後、険しい顔でこちらを睨み返してきた。


「・・ふざけるな!将軍を侮辱する気か?俺たちは、幕府の忠臣だ!」一人が声を荒げた。それに反応して琉晴が再び刀を振ろうとするが、僕が制止した。


もう一人も続けて、「幕府を裏切れって言うのか?そんなことできるわけがない!」と叫んだ。


まぁ、彼らの反応は予想していた。幹部級の人間が簡単にこちらに寝返るとは思っていない。しかし、今はただ力で脅すのではなく、彼らの心を揺さぶる必要がある。


僕は彼らの反発を無視して、冷静に言葉を続けた。


「僕たちが言ってるのは、裏切りじゃない。これは救いのため。君たちも薄々感じてるでしょ?今の幕府は崩壊寸前なんだ。将軍が何を考えているかは知らないけど、君たちのことは信頼してないみたいだね。少なくとも、災害級妖冥の正体を教えないくらいには」


若年寄の一人が少し動揺した表情を見せるが、すぐにその顔を引き締めた。「それでも、将軍は俺たちを守ってきた。幕府に仕えるものとして、俺たちが裏切る理由なんて・・」


「守ってきた?本当にそう思っているのか?」琉晴が割り込む。「お前らの将軍は、江戸城に災害級妖冥を隠してたんだぞ。それが暴れたらどうなる?江戸の町も、城も、何もかも崩壊する。そんな将軍が本当にお前たちを守ってると言えるのか?」


再び若年寄たちは沈黙した。琉晴の言葉が、彼らの心に少しずつ影を落とし始めているのが分かる。


僕はさらに畳み掛ける。「君たちが仕える幕府は、もはや国を守る力を持ってないんだ。災害級の妖冥が目の前で暴れ、江戸の町を崩壊させるのを見ていても、彼らは何もできない。僕たちは今、命を懸けてそれと戦っている。国を守るために。君たちに今必要なのは、どちらに忠誠を誓うかを考えることじゃない。どちらが本当にこの国を救えるかを選ぶことだ」


「・・でも、俺たちは・・」一人が何か言いかけたが、口を閉じた。


「君たちには選択肢があるんだよ」と、僕はさらに優しく言った。「幕府はもう君たちを見捨てているかもしれない。でも、僕たちは見捨てない。君たちの知識や能力を活かせば、国を守るための力になれる。君たちが内部で情報を集めてくれれば、もっと有効な戦略を立てることができるんだ。君たちが動いてくれれば、さらに多くの命を救える」


その言葉に、彼らの顔が少しずつ曇っていく。彼らは自分たちの忠誠心と現実の状況との狭間で揺れ動いているようだった。


「お前たちは、裏切り者になるんじゃねえ」琉晴が静かに言った。「お前たちは、ただ国を守るんだ。それが本物の『忠誠心』ってやつだろ?」


しばらくの間、部屋には沈黙が漂った。幹部たちは顔を見合わせ、何かを考え込んでいる。やがて、一人が小さく息をつき、僕たちの方を見上げた。


「・・分かった。俺たちにできることがあれば、協力しよう。でも、裏切り者と烙印を押されるのは御免だ。俺たちはあくまで、国を守るために動く。それで良いんだな?」


僕はにっこりと笑って頷いた。「もちろんだよ。それでいい」


残りの三人も、ゆっくりと頭を下げ、僕たちに同意を示した。こうして、幕府の幹部たちを内部から味方に引き入れることに成功した。


「じゃあ、頼むよ。君たちの情報がこの国の命運を握ることになる。あと、絶対に諜報員であることを悟られないようにね。情報収集はくれぐれも慎重に頼むよ」僕は彼らに言葉をかけ、立ち上がった。


「ああ、任せてくれ」一人が答えた。


「ただ、仲間を殺したことは許してねぇからな。お前」琉晴を指差して別の一人が言った。


「・・俺のことは許さなくていい」琉晴は若年寄の目を見つめて答えた。


こちらの立場としては、反発してくる敵は殺してしまうのが手っ取り早い方法だとしても、相手にとっては大切な仲間。殺してしまった責任は当然ある。


「行こう、琉晴。城周辺の妖冥を一掃するのが本来の目的でしょ」琉晴も頷き、僕たちは地下の暗い空間から戻っていった。これで、少しは勝機が見えてきたかもしれない。


「戦闘が終わったら、またここに戻ってくるよ。それまで待ってて」

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吹き荒れる紅葉と神隠し 葉泪秋 @hanamida

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