36話 血戦

 僕と同期の三人で構成された特攻班は、永善殿によって「暁班」と名付けられた。


夜明けを意味する暁は、この班がこれから訪れる新たな光と新たな時代の象徴であることを表しているらしい。正直荷が重いが、この名に恥じぬような活躍をしていこう。




今回の作戦は警備が甘いであろう夜に実行される。当然僕らの視界も悪いのだが、僕は硬化を発動して碧眼の状態になると、暗いところもよく見えるようになる。この時間帯は僕のものってわけ。


江戸城を前に、暁班四人は静かに待機していた。月が朧にかかる夜、冷たい風が僕らの頬を撫でる。その冷たさは緊張とともに僕らの身体を震わせた。


「いよいよだな」琉晴が低い声で呟いた。彼の冷静な表情には少しの焦りも見えないが、鋭い目は暗闇を見据えている。


この過酷かつ責任重大な作戦に琉晴たちも参加させたいと無茶を言ってしまったが、本人はそれに何の文句も言わず、いつも通り指揮を取ってくれている。彼はどれだけ器が大きいのだろうか・・僕は正直琉晴の優しさに甘えてしまっている。


「楓、今日は絶対無茶するなよ!」と笑いながら鳴海が言った。


「わかってる」と僕が返し、少し微笑んだ。楽観的な鳴海の様子にもまた安心感を覚える。


「静かに。忍び込むのが任務なんだから」風華が冷静な口調でいった。その澄んだ声に、仲間たちは集中を取り戻す。


僕は真っ先に城へ侵入し、混乱を起こすのが役目だ。決して城に入る前に気づかれることがあってはならない。


「じゃあ、行ってくるよ」僕は一人で歩き始めた。


三人は「気をつけて」と手を振った。




月明かりが僅かに差し込む江戸城の高い石垣を、僕は音を立てずに駆け上がった。暗くて姿を見られにくいとは言え、一瞬の油断が命取りになる場所だ。だが、ここでの役目は僕にしかできないこと。正面からの突入は、必ず僕が成功させると決めていた。


「ここまで来たら、もう引き返せないね」自分にそう言い聞かせ、硬化した腕に力を込める。完全に制御したこの力を、今日こそ証明する。


静かに、そして速く。影のように城内に潜入し、僕は最初の目標へと向かった。ここで必要なのは、混乱を引き起こすこと。目立たない位置で騒ぎを起こせば、敵の注意は僕に向けられる。そして、仲間たちはその隙に核心部分へと侵入できるはずだ。


「さあ、始めるか・・」息を整え、僕は廊下を駆け抜けた。見張りの兵士たちが気づく間もなく、すぐに近くの大きな柱へと飛び込む。


ここだ。僕は手をかざし、硬化した拳で柱を一撃で粉砕した。ドンッという音が響き渡る。破片が飛び散り、城内の兵士たちが一斉に振り返る。驚きと混乱が広がるのを、僕は横目で見ていた。


次に、もう一つの柱に向かって駆け出す。これで、僕の存在に気づかないわけがない。


「侵入者だ!!」誰かが叫ぶ声が聞こえた。すぐに複数の足音がこちらに向かってくる。数人の兵士が現れ、僕を囲もうとする。


「ここからが勝負・・」僕はその場で一度立ち止まり、兵士たちを挑発するように構えた。硬化した拳を振り下ろし、一気に彼らの武器を弾き飛ばす。剣や槍が僕の前に無様に転がるのを見て、兵士たちは愕然とした表情を浮かべている。


「お前らじゃ僕を止められない。邪魔だからどいてくれないかな?」と、僕は微笑んだ。


その瞬間、背後から気配を感じた。振り返ると、妖冥が既に姿を表していた。低い唸り声を上げながら、巨大な獣のような姿をした妖冥が僕に向かって突進してくる。


城内に妖冥が居るのは想定外だ。こんな大きな獣冥、かえって邪魔になりそうだけど?


僕はさらに硬化を強め、妖冥の攻撃を正面から受け止めた。激しい衝撃が体を襲うが、僕は床を踏みしめて耐えた。


「二級から準一級・・僕みたいな一般隊士の手を煩わせるには十分か」僕は一瞬で切り返し、硬化した拳を妖冥の頭部に叩き込んだ。相手は大きな体を揺らし、体勢を崩す。しかし、ほとんど怯まずに奴はまた襲いかかってきた。


「援護、遅れないでくれよ・・!」僕は心の中で仲間たちに呼びかける。次の瞬間、風華の魔術が背後から獣冥を捉え、その動きを封じた。おそらく、暴走したときの僕を封じたときと同じだ。


「間に合った!」風華の声が響く。すぐに琉晴が現れ、低い声で「よくやったな」と言いながら、一撃で妖冥を斬り伏せた。


鳴海も豪快に笑いながら「楓、すげぇな!まだ終わりじゃねぇけど!」と叫び、兵士たちを次々と薙ぎ倒していく。


僕は一瞬、全員の姿を見て安堵した。計画通り、僕が引き起こした混乱のおかげで、うまく乗り込むことができた。


「とりあえず侵入には成功か。次の段階に入ろう。風華、合図を」琉晴が言うと、風華は火のついた矢を城門に向けて放った。これは、精鋭特務部隊が城に正面から突撃していいという合図だ。


「城内に妖冥が居るのは予想外だが・・これでようやく幕府の中心部を潰せるな」鳴海の言葉を聞き、僕たちは頷いた。




風華が放った矢が夜空を切り裂き、火の尾を引いて城門に突き刺さった。その瞬間、遠くで爆音が響き、城門が激しく揺れる。精鋭特務部隊が突撃を開始した合図だ。これで江戸城周辺でもさらなる混乱が巻き起こるはず。


「来たな・・」鳴海は小さく呟き、僕たちに視線を送る。僕も琉晴も風華も、戦いの準備を整え、緊張に満ちた表情で頷き返した。これで本格的な突入が始まる。次の段階に進むのだ。


「行こう」琉晴が城内を駆ける。僕らも背を追い走り続けた。兵士たちは既にこちらの動きに気づいているが、混乱の中では対応も遅れて手が回らないだろう。僕は素早く兵士たちの間を縫うように走り、彼らの武器を弾き飛ばしながら進んだ。


「楓、そっちだ!」鳴海が声を上げ、僕の背後に回り込んで兵士たちを蹴散らしていく。彼の力強い戦闘姿は、見るたびに頼もしく感じる。


「こっちも問題なし」僕は部屋を確認して皆に伝える。下の階で激しい戦闘音が聞こえるのは、おそらく精鋭特務部隊によるものだろう。


兵士たちが次々と現れるが、僕たちは少しずつ敵を削りながら、城の奥へと進んでいく。


だが、奇妙なことがある。城内を走り抜け、いくつ部屋を通り過ぎても、誰一人として重要な幕府の幹部らしき人物が見当たらない。あるべき場所にはただ、低階級の兵士たちが待ち構えているだけ。


「おかしいな・・」僕は一瞬立ち止まり、違和感を口に発した。琉晴も、そんな様子に気づいたようで眉をひそめている。


「ここまで来ても奴らがいないなど、ありえるか?」琉晴が呟く。


「いや、ありえない」風華が返した。


どこまで探しても気配がない。少なくとも、この城の上層階には今、幹部級の者はいないようだ。


「くそっ、逃げやがったか?」鳴海が苛立たしげに言い、拳を握りしめる。「こんなに混乱させておいて、誰も見つからないのかよ」


「恐らく、既に城の地下か別の場所へ避難したんだろう」と琉晴が冷静に分析した。「あいつらは予想以上に慎重だな。こちらが襲撃するのを、最初から想定していたかもしれない」


僕は奥歯を噛み締めた。こんなに大規模な突撃を仕掛けておいて、肝心の幹部がいないなんて・・焦りと苛立ちが胸を突く。


「それでも、ここで手を引くわけにはいかない。ここまで来たんだから、最後までやり遂げよう」自分に言い聞かせるように、僕は決意を新たにした。


「そうだな」琉晴が僕を見て言った。「まだ終わっちゃいない。地下か、別の隠し場所があるなら、そこを探す。やれることは全てやろう」


僕は頷き、再び気を引き締める。どんな状況でも、僕たちは諦めるわけにはいかない。この一瞬の判断が、これからの戦局を左右する。




      *




 私、風間真一郎を含む精鋭特務部隊は、暁班の合図とともに城へ突入する。


今のところ作戦に問題はないように思えるが、唯一心配なのが妖冥の存在。


城の周囲には既に魑魅魍魎が跋扈しており、壮大なお出迎えをしてくれている。幕府がここまで完全に妖冥を使役しているとは思わなかったが、もう引くことはできない。


「総員、戦闘準備」私の声に合わせ、全員が刀を取り出す。


「全員、ぶっ倒しちまうか」蒼真が笑みを浮かべながら言った。


城に突入した瞬間、緊張が全身を包んだ。これが我々精鋭特務部隊の本懐であり、同時に命を懸けた戦いでもある。


計画通り、楓が城内で混乱を起こし、その隙に私たちが突入。これで城内の制圧は時間の問題だと思っていた。


だが、現実は甘くなかった。


「待て。奥からただならぬ気配を感じる」陽一が私たちを制止した。胸の奥が警鐘を鳴らすような、圧倒的な力が迫ってきている。


「あれは一体・・」私もその異様な空気に気づいた。その瞬間、暁班の四人が階段を下ってきた。


「風間さん!上には誰も・・」楓が報告を始めた瞬間、琉晴が奥の妖冥に反応した。「待て、楓。あっちに妖冥が居る」と琉晴は眉間に皺を寄せた。


そして、次の瞬間──城の一部が轟音とともに崩れた。


「な、なんだ!?」三浦が叫ぶ。瓦礫が舞い上がり、城壁が粉々に砕け散っていく。あまりにも異常な減少に、私達は足を止めざるを得なかった。


「以前に対峙した妖冥と同じ気配・・災害級か?」竜仙が声を震わせた。


そこに立っていたのは、巨大な災害級妖冥だった。誰もその存在を予期していなかった。人の形をしているが、その異常に長い腕と背後に浮かぶ黒い影は明らかに常識を超えた存在だ。


「嘘だろ、こんなものが城内に・・」琉晴が呟いた。彼の冷静さですら、今は崩れかけている。


「くそ、江戸を守るために、こんな妖冥を城に隠してやがったのか!」鳴海が怒りを滲ませた声を上げる。だが、その答えは誰もわからない。ただ、一つだけ確かなことがある。これは、我々が対処するには手に余る相手だということだ。


混乱の中、冷静さを全く欠いていない者が一人だけこの場に存在した。


「城を犠牲にしてまで対抗するって、幕府もかなり窮地に立たされてるんじゃないっすか?きっと最後の切り札っすよ、こいつは。しかも私たちは今の神隠団で一番の戦力であり最精鋭。ここでこいつに勝てなければもう江戸も神隠団も両方終わりっす。どれだけ犠牲を払ってもいいんで、絶対にここで倒すっすよ」


そう、美鈴だ。彼女は表情を何一つ変えずに語った。


「・・そうだな。総員、戦闘準備!!!」私は大声を上げた。


「はっ!」全員が刀を抜く。


「お前ら覚悟できてっか!?」翔之助が声を張り上げ、全員に問いかけた。城が崩れ、江戸の街が破壊される絶望機な状況の中で、私達はこの巨大な災害級妖冥に立ち向かわなければならない。


「俺たちは神隠団だ!これ以上の試練はきっとやってこねぇ。だからこそ、ここで引くわけには行かねぇよ!!」三浦が叫んだ。「僕たちの守るべき未来を崩さないように、ここで倒す。絶対だ」陽一が言った。


全員の目が私に向けられる。それぞれに恐怖はあるだろうが、彼らの覚悟は揺らいでいない。


鳴海は拳を握りしめながら「俺たちが新入りだなんて関係ねぇよな!やるっきゃねぇだろ!」と笑みを浮かべ、琉晴は「ここで死んでも、文句などない」と答えた。


「今の日本は腐ってるかもしれないが、私たちの心はまだ腐っていない。全員で叩き潰すぞ」私はさらに鼓舞し、刀を構え直した。風華は頷き、「あなたたちと共に戦えること、誇りに思います」と言った。


「さあ、始めるっすよ!」美鈴が冷静に言葉を紡ぎ、戦闘態勢に入った。


「ぶっ殺してやるか」倉橋が呟いた。


私達は、全員で巨大な妖冥へと突撃した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る