35話 奇襲

 江戸城内の厳かな空気が、歴史の重みとともに張り詰めていた。広大な城内の異質で、老中たちが集まり、神隠団に対する策を練っていた。その中心に座すのは、江戸幕府第三代将軍、徳川秀忠。彼の存在が、この場にさらなる冷気をもたらしていた。


「神隠団の動きが、この頃ひときわ活発になっておりまする」老中の一人、酒井忠世が硬い表情で口を開いた。「恐れながら、彼らが我らの策を見抜き、先手を打ってくるやもしれませぬ」


「左様か」秀忠は深く頷き、じっと忠世の顔を見据えた。「江戸城の守りを、より万全にせねばなるまいな」


「その通りにござりまする。御前。以前までの、消耗戦に持ち込む考えはおそらく神隠団も気づいているはず。一か八かの特攻をしてくると予想します」井伊直孝がすかさず応じた。「この上は、兵を増やすのみならず、妖冥を江戸城の周囲に配置し、神隠団の侵入を断固阻止すべきと存じまする。しかしながら、民草の不安を考えねばなりませぬが」


「うむ、それは承知しておる」忠世が慎重に続ける。「されど、神隠団の脅威を前にしては、まずは城の防衛を最優先にせねばなりませぬ。彼らが一度でも城内に侵入いたせば、幕府の威信が大いに揺らぐこととなりましょう」


秀忠はしばし熟考し、やがて力強く言葉を発した。「江戸城周囲には、直ちに兵を配置せよ。咥えて、妖冥を隠密に配置し、城を守る要といたせ。万が一の事態に備え、重要幹部や我が家中の者は地下へ避難する手立ても講じよ」


忠世と直孝は即座に頭を下げ、将軍の指示に従う意を示した。「御意、将軍様の仰せのままに」




幕府の裏をかこうと目論む神隠団であったが、幕府はさらにその裏をかく。裏の裏、つまりは真っ向勝負となったわけだが、双方の武力にどれほどの差異があるか、それは誰も知り得ない。




      *




 作戦が始まるまで、僕と鳴海たち三人は猛特訓をする。僕の成長も見せないといけないしね。


「僕、ちゃんと使いこなせるようになったんだ。硬化能力」


「まぁ、じゃないと帰ってこれなかっただろうし予想はしてたよ」風華は微笑んだ。


「見てて」


僕は地面に足をしっかりとつけ、集中力を高めた。深く息を吸い、力を全身へ送り込む。


体の表面が硬化した部分が始め、輝きを放った。僕は目を閉じ、感覚を確かめながら能力を制御した。


「よし・・!」僕は呟いた。完璧に調節できている。以前のような暴走など起こる気配がない、確かな手応えを感じた。


「すげえな!!!本当にやりやがった!!」鳴海が豪快に笑いながら言った。「これでまた、一緒に戦えるってことだな!」


僕は鳴海の言葉に微笑みを返しながらも、心の中ではまだ緊張を抱えていた。成功はしたが、これが本番で通用するのか。そんな不安がどうしても拭いきれなかった。




そして、そんな僕の心を見透かすように琉晴が口を開いた。


「相手の攻撃に合わせて硬化する訓練も必要だろ」と言い、彼は竹刀を取り出した。


「3対1だ。俺達の攻撃に合わせてしっかりと硬化を使い、猛攻を耐え切ってくれ」


僕は竹刀を受け取り、軽く頷いた。


「任せて」自信に満ちた声で僕は返した。


「本番だと思え。容赦はしない」琉晴が言い放つ。言葉遣いこそ厳しいが、その表情には確かな信頼が宿っていた。


「いくぞ!」鳴海が叫ぶと同時に、大きな体を勢いよく前に出した。力強い一振りが僕に向かってくるが、僕は即座に腕を硬化させて弾き返した。


「いってぇよお!!」後ろに転がった鳴海が言った。「これくらいで痛がってちゃまずいよ鳴海!」風華が言った。


琉晴の剣術は信じられない速度で、彼一人の猛攻を凌ぐだけで精一杯だった。


さらに驚かされるのは彼の持久力で、全力に近い速度の斬撃を20秒ほど連続して仕掛けてくる。


「フゥ・・」琉晴は姿勢を低くし、深く息を吸った。


間違いない、この構えは琉晴の得意技、あれが来る。


僕は右脇と右腕を硬化し、半身にして構えた。「疾雷閃華」と言い、琉晴は目にも留まらぬ速度で僕の右半身を狙った。


バキッという音とともに、琉晴の握っていた竹刀が半分に折れる。


「疾雷閃華まで防いだか・・」琉晴が驚いた表情を浮かべた。


「構えがわかりやすいからね」と僕が言うと、琉晴は「そうか」と微笑んだ。


「私が入る隙なかったじゃん・・」竹刀をぽろっと落とし、気だるそうに風華が言った。


「風華の腕の見せ所は剣術じゃないだろ?」鳴海が言うと、風華は満足げに「そうだけどさ」と返した。




「複数体の妖冥に囲まれても、生き延びることは出来そうだな」琉晴が言った。


「うん、絶対に耐えきるよ」


ちなみに、能動的に硬化能力を発動できるようになったことで、命の危機に瀕した時の硬化が出来なくなることはない。変わらず、致命傷を食らう時は勝手に硬化が発動される。


「にしても、発動中の見た目も随分変わったんだな」鳴海が興味深そうに呟いた。


「髪真っ白でしょ?」僕が聞くと、三人は無言で頷いた。


少し年を召しているように見えるのが難点だが、徐々にこの髪も気に入ってきた。




 それから数日が経ち、団員たちは中央広場に集められた。


最前列は、主要幹部の全員が集結していると言っても過言ではない錚々たる顔ぶれだった。


この場に立てていることに誇りを感じながらも、それを上回りかねない緊張感を抱いていた。




「今日、諸君をここへ集めたのは他でもない。先ほど、幕府との戦に関する作戦が決定した。これより、その作戦発表を行う!全員、耳を澄ませ!」副団長・冬馬殿の声が広場の隅々まで響き渡り、団員たちの視線が一点に集中する。


「そして、発表に伴い、今回の作戦実行において最重要人物である『楓』を紹介しておく。彼の特性を全員が理解していないと、考えてきた作戦も単なる虚誕となる」永善殿が重々しく口を開いた。


僕は前に立ち、礼をした。


「彼が楓だ。以前一度軽い紹介をしたことはあるが、あの時は任務直後だったこともあって覚えていない者が多いだろう。入団して間もない新米団員だが、秘める才能・精神力・体力が高く評価され、今回精鋭部隊として動くことになった。既に一級妖冥の討伐・災害級の討伐への大きな貢献が実績が主に実績として上げられる」永善殿が語った。


少し団員たちがざわつき始めた。15歳の若造が急に最重要人物として現れたら疑う気持ちも理解できるし、僕も立場が逆であればそう思っていたはず。


「彼の能力は体の一部を硬化させるというもの。至って単純だが、この能力の恐ろしさは知る人ぞ知る『風龍剣一』の存在が証明している。一度ここで、披露してもらおう」永善殿が促し、僕は一歩前に出た。


体を硬化させ、あらかじめ設置していた大岩を僕は正拳突きで砕いてみせた。白髪と碧眼になった僕を見て、団員はみな絶句していた。


「これでも楓が信頼できないという者はいるか?」圧をかけるように冬馬殿が問いかけた。団員たちは首を横に振る。


「よし・・」僕は小さく拳を握りしめ、認められたことを嬉しく思った。


「では、紹介も終わったところで本題だ。作戦を説明する」冬馬殿が咳払いをした。


「今回は江戸城の奇襲作戦。まず楓が最前線に立ち、敵の防御を粉砕する。そして、精鋭部隊の琉晴・鳴海がそれに続き、精鋭特務部隊が総攻撃を仕掛けるのだ」彼は鋭い眼差しで団員たちを見渡しながら、さらに言葉を続ける。


「だが、敵が黙っているわけがない。必ず反撃に転じるだろう。その時こそ、我々の真価が試される。少数精鋭で幕府の中枢の機能を停止させ、一般兵は江戸城を包囲するように配置する。決して敵を逃すな!」冬馬殿の声が更に力強くなった。


「はっ!」団員たちも呼応するように大声で返事をした。


「そして、今回は情報部も作戦に参加する。情報収集班を前線に送り、敵の動きを常に監視する。数人の戦闘部隊を監視塔に送り込み、制圧するのが次の段階だ」永善殿が短く付け加えた。


「不測の事態に備え、常に柔軟な対応が求められる。全員、心してかかれ!」


最後に団長・義統殿が鋭く視線を走らせた。「失敗は許されない。間違った平和を我々が正し、日本の未来を変えるための戦いだ。失敗は許されない。全力を尽くせ!」


「はっ!」精鋭特務部隊含め、全員の声が揃う。




「各自、指揮官から説明を受け持ち場を確認しろ」永善殿が言うと、団員たちは動き始めた。


僕たちも精鋭部隊で細かな動きを確認していく。


「精鋭特務部隊が10人揃うのはいつぶりだろうな」陽一さんが呟いた。確かに見たことのない人が数人いる。


「よっ、新入り」細身で背の高い隊士が僕の肩を軽く叩きながら言った。


この人も精鋭特務部隊かな。


「よろしくお願いします!」僕がガチガチになって挨拶すると、笑いながら「え、僕そんな怖く見えるか・・?」と言われた。


「僕は蒼真。精鋭特務部隊だよ。よろしく」蒼真さんは割と気さくな人に見える。


すると、風間さんが「お前も挨拶したらどうだ」と隊士に言った。


その隊士は「竜仙やら翔之助やらがやたらと高く評価しているらしいが、俺はまだ認めていない」と言い放った。


「秘密兵器にそんなこと言っちゃうんですか?へぇ~」僕が最大級に嫌な言い方で返すと、隊士は「フン、その図太さ、嫌いじゃねぇが・・実力次第といったところだな。俺は倉橋。好きなように呼べ」と言った。


よし、やっぱり自信があるように振る舞った方が良いのかもしれない。


「この人は白瀬だ。俺たちとも殆ど話してくれないから俺が説明しておく。ただ、悪い人ではないとだけわかっていて欲しい」竜仙さんが僕に耳打ちした。


「わかりました」




琉晴たちは関わったことのない精鋭も多いので、各々会話をして信頼関係を築いていた。


なんとなく予想はできていたが、風華は美鈴さんと、琉晴は晃明さんと、鳴海は三浦さんと意気投合していた。


「ついに始まるのかぁ・・」


僕は掌握した硬化能力に希望を感じながらも、奇襲作戦に向けて気持ちを整えた。


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