34話 芽

 神隠団本拠地・主殿内会議室。


松明の灯が揺らめく中、長机を囲む神隠団の幹部たちは、厳しい表情で団長・成河義統を見つめていた。会議の緊張感は高まり、次にとるべき戦略についての議論が始まろうとしていた。


「江戸幕府が今、新たな策略を練っているのは承知の通りだが、このまま待つわけにはいかん」成河がゆっくりと口を開く。「奴らが仕掛ける前に、こちらから先手を打つべきだ」


その言葉に、会議室の空気がさらに引き締まった。


副団長・坂口冬馬が前に出て、力強く言った。「その通りだ。戦力を大幅に削がれた俺たちが先に仕掛けるってのは江戸幕府も想定していないだろう。成功すればこちらに有利な状況を作り出せるはずだ」


「しかし、具体的にどう仕掛けるかが問題だ」総務部長・永善が冷静に問いかける。「江戸の守りは固い。我々が動けば、即座に報復を受ける可能性が高い」




その時、会議室の戸が三度、コンコンコンと叩かれた。


「精鋭特務部隊、竜仙だ」戸の隙間から落ち着いた声が入り込んでくる。


「入ってよい」冬馬が返すと慎重に会議室の戸が開かれ、竜仙と楓が二人で立っていた。


「楓!」俺はすぐに立ち上がり、楓のもとへ歩いた。


「霞月さん・・!」そう言って俺を見つめる楓の瞳からは、一滴の雫が流れ出ていた。


たくさん、辛い思いをさせてしまったね。大切な戦力だからと竜仙に同行を頼み、災害級の討伐を成し遂げたが、彼の感じた恐怖は想像を絶するものに違いない。15歳、まだまだ未熟な青年に見せるべき世界ではなかった。


「本当にごめんなさい、楓」地獄への片道切符を楓に手渡したのは、俺だ。


「なんで謝るんです?」楓は涙を拭いて言った。竜仙は「今日、真夜中の会議中にわざわざ楓を連れてきたことには理由がある」と言った。


「何だ?」永善が身を乗り出した。「江戸の心臓部を狙い撃つ策がある。そして、そのために必要な秘密兵器がついに姿を現した」竜仙が言った。




      *




 自身を持った対応をするようにと竜仙さんに言われた理由を今、理解した。


「僕がいないと、江戸には勝てませんよ?」僕が言うと、全員が驚愕した表情を浮かべていた。


「我々精鋭特務部隊を中心に、少数精鋭で敵の中枢を叩く。江戸幕府の指揮系統を一時的に麻痺させ、その隙に主力部隊が押し寄せるのだ」竜仙さんが言った。


「まさか・・妖冥を無視する気なのか?」永善さんが驚きを隠せない様子で呟く。「それは極めて危険な賭けだ。成功すれば一気に形勢が逆転するが、失敗すれば・・」


「考えうる全ての危険性は承知の上だ。妖冥の存在もわかった上で、それに耐えうる精鋭部隊で戦う。俺たち精鋭特務部隊は、この作戦を可能とするために存在している。楓もまた、共に戦う覚悟を決めている」


僕は竜仙さんの言葉を受けて、一歩前に出た。


「僕は、これ以上周りに迷惑をかけることはありません。信じてもらえないのなら、今ここで披露するつもりですが・・いかがでしょうか?」


意味深な僕の言葉に、側近の数人が警戒の態度を見せた。


「瞬きしないでくださいよ」僕は硬化能力を披露した。粗削りで能動的な発動も困難だった、以前の僕はもういない。松明の灯すらも反射する光沢を持った硬化部を見て、幹部たちは唸った。


「碧眼、さらに白の長髪・・しかも、自力で硬化を発動させている」陽一さんが言った。


「この数日間でどのような鍛錬を行ったか分からないが・・暴走を経て楓の硬化能力は覚醒したのかもしれん。今の君の姿は、記録に残っている風龍剣一の姿を彷彿とさせる」団長が言った。


「江戸幕府を打ち倒すためなら、何だってやります。家族を奪われたあの日から、僕はこの日のために戦ってきました」


僕が今まで背負ってきた悲しみと怒り、それが僕の力となり、今ここに立っている。


「楓・・」霞月さんが絞り出すように声を発した。「それほどの覚悟が決まっているとなれば、俺たちは絶対に楓を守るよ。君を犠牲にするつもりはない」


竜仙さんが一歩前に出て続けた。「楓の能力が完全に掌握された今、我々はそれを最大限に活用するべきだ。だが、それ以上に重要なのは楓の心を殺さないことだ。我々が彼を支え、共に戦う。これは彼一人の戦いではない、神隠団の戦いだ」




熟考の末、僕は精鋭部隊との同行を認められた。


「対人戦で君が負ける可能性は考えられない。相手が幕府となれば敵のほとんどは人間・・あくまで予想だが。楓は大いに役立ってくれるだろう」永善さんが言った。


「しかし、具体的に幕府の心臓部とは何なのか、そこが問題だな」冬馬殿が呟く。


「老中や大老のような格の高い職かと。軍事・司法・行政の全てにおいて重要な役割を果たしています。そこの機能が停止すれば、我々との戦いも一気に苦しくなるでしょう」と団長の側近が語った。


幕府の役人の中で最も上が老中とされているが、非常時には老中の上に大老という役職が置かれる。そして、我々との戦いが始まった今は幕府にとって非常時のはず。


つまり、最も狙い目なのは大老だ。


「上位職の人物がいる本丸を直接叩くのが最も効果的だ。しかし、それには大きな危険を伴うため、慎重さと迅速さが求められる。我々が攻撃を開始すれば、幕府も即座に反撃に出るだろう」陽一さんが言った。


「場内の戦力を壊滅させることは可能か?」永善さんが聞くと、精鋭特務部隊の全員が強く頷いた。


「ようやく俺たちも大暴れできるってわけか」翔之助さんは闘志を燃やしていた。


「人間相手に遅れは取らない」風間さんが呟く。




「・・秘密兵器。今回の作戦は、お前の能力を最大限に活用する」義統殿の視線が鋭く、重くのしかかる。僕はその視線を真っ直ぐに受け止めた。「はい。僕が真っ先に場内へ侵入し、混乱を起こします。その隙に精鋭部隊の皆さんは突入してください」


「待て、お前1人でその役目を負わせるわけにはいかん。楓を補助する部隊が入る。ただ、選抜には慎重を期す必要がある。若い者たちを無闇に危険にさらすことはできん」


僕は自分の中で渦巻く感情を押し殺すように、一瞬だけ目を閉じた。この戦いで失うものの大きさは理解していた。それでも、僕には譲れない想いがある。


琉晴たち──自分と共に訓練し、苦楽を共にした仲間たち。彼らと一緒に戦いたいという強い願いがあった。


「琉晴たちも共に行かせてください」僕は揺るぎない決意を込めて言った。「彼らも十分な力を持っています。剣術であれば僕よりも優れていますし、僕一人では成功できない任務も、彼らの助けがあればきっと、きっと・・」


会議室は再び静寂に包まれた。成河殿の目が鋭く僕を見つめる。


「先日、霞月と口論をしていた三人か」冬馬殿が呟く。僕が頷くと、義統殿が口を開いた。「それはあまりにも危険すぎる。彼らはまだ若く、まだ未来がある。彼らをこの作戦に巻き込むのは・・」


その言葉を聞いた瞬間、心が熱くなった。彼らがどれほどの力を持っているか、単純な戦闘能力だけでない、大きな力を持っていることを僕は知っている。だからこそあの時、共に戦う覚悟を決めたのだ。


僕はいけないと理解しながらも、義統殿の言葉を遮った。「彼らがいないと、僕もまた未来を失うかもしれません。幕府を倒すためには、全ての力を結集するしかないんです。僕たちは仲間ですよ。だからこそ、共に戦いたいんです」


会議室内の空気が凍りつくように感じられた。心配そうな顔で霞月さんは僕を見つめるが、今の僕は決して折れない。大丈夫だ。


「若い彼らが失われることは、我々全体の士気にも影響する。それに、戦力の損失は即座に戦局に響く」冬馬殿が言った。


「どうして負けた時のことばかり考えるんですか!」僕は感情を露わにした。


「大切な戦力を失ったらどうとか!負けたらどうとか!死んだらどうとか!!!・・そうやっていつまでも失うものばかり数えていたら、幕府になんて勝てっこないですよ・・」僕は涙を流しながら訴えた。


幹部の全員が目を丸くしている。


「・・勝てないくらいなら、死んでやりますよ」僕は強く拳を握りしめた。


「彼らを贔屓する意図は無いが、参考のため述べておく。彼の仲間である琉晴・鳴海・風華は第二次選抜試験において優秀な成績を収めている。特に琉晴においては楓という外れ値とも言える存在がなければ最高評価を受けていたであろう実力者だ」永善さんが冷静に語った。


「・・わかった。楓、お前の考えに賭けよう。琉晴・鳴海・風華も作戦に参加させる。ただし、絶対に無理はさせない。もし危険な状況に陥った場合は、すぐに撤退させる。良いな?」


僕は頷き、感謝を込めて答えた。「感謝いたします、団長。必ず成功させてみせます」




すると、翔之助さんが手を叩いて言った。


「こりゃあ驚いたぜ。只者じゃないとは思ってたが、ここまで強気に意見を言ってくるか。ましてや、こんな幹部の集まる場に15歳の少年が一人で。すごい奴だよ、お前は」


幹部の表情が一気に和らぎ、警戒の色を見せていた側近も僕を優しく見つめていた。




「まず、楓が最前線で敵の防御を突破する。その後、琉晴と鳴海が続いて突入し、精鋭特務部隊が続いて敵の中枢を攻撃する」永善さんが言うと、義統殿は「敵は必ず反撃に出るだろう。その時、どう対応するかが鍵だ。楓、お前の硬化能力は防御に使える。状況に応じて、先導する形で防御と攻撃を切り替える。最悪の場合は、撤退の準備も整えておく」と補足した。


「情報収集版を配置し、敵の動きを常に監視する必要がある。数人の戦闘部隊とともに監視塔を襲撃し、こちらの物にするぞ」冬馬殿が付け加える。「予期せぬ事態に備え、柔軟に対応できる体制を整えよう」




「対人戦闘は間違いなく幕府の方が経験豊富だ。しかし、こちらのように魔術を使える者は殆ど居ないだろう。霞月含め、お前たちの破壊力には期待している」義統殿が言い、「はっ」と霞月さんが答える。


「今日は解散だ。幹部以外にはまた後日作戦と開始日を連絡する。それまでは休養や鍛錬に励むように」冬馬殿が締め、僕は家に戻った。竜仙さんのではなく、僕らの家に。




 寝ているみんなを起こさないよう静かに戸を開け、家に入った。


・・寝息が聞こえる。


会ってなかったのは数日間だけのはずなのに、僕は顔を見ただけで泣きそうになった。


そのまま朝まで僕は眠り、琉晴の声で目を覚ました。


「・・楓?」僕の体を叩いて琉晴が言う。僕が起きると、琉晴はもう一度「楓だよな?」と言った。


「うん」と返すと、琉晴は僕を抱きしめた。「・・よく帰ってきたな」彼は決して涙を流さなかったが、震えた声でそう言った。


「うん、ただいま」


「もう大丈夫なのか?ここで暮らせるのか?」琉晴が尋ねる。僕は「大丈夫だよ」と笑った。


すると、鳴海が起き、僕の顔を見て大声を出した。


「楓!?」すぐに立ち上がり、僕と琉晴をまとめて抱きしめてきた。「俺を抱きしめるのは意味がわからない」と琉晴は不満げな顔をしていた。


「楓、いつの間に帰ってきてたの?」風華が目を覚まし、僕を見つめていった。


「みんなが寝てる間。もう大丈夫になったから、ここで暮らせるよ」


風華は嬉しそうに笑い、また布団に潜った。「感動よりも睡眠が優先かよ」と鳴海は呆れていた。




「それじゃ、三人とも鍛錬するよ。僕の独断で君たち三人も精鋭部隊として僕と一緒に江戸城に突撃するからね」僕は鍛錬の支度をしながら言った。


「お前何勝手なことしてんだよ!!!!!」

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