33話 秘密兵器

翌日、僕のもとへ源治さんがやってきた。以前に比べて少し老けたように見えるが、師たる者の風格は健在である。


「久しぶりだな」源治さんが僕の顔を見て言った。最後に顔を合わせたのは第一選抜試験の日だろうか。短期間で僕の生活は変貌してしまったな。


「お久しぶりです、源治さん」僕は深々と頭を下げた。僕に剣術の基礎を叩き込んでくれた人物。彼がいなければ、僕は硬化能力を開花する以前に、団員にすらなれていなかっただろう。


「お前が今、大変な状況ということは随時霞月から手紙で聞いている。硬化能力とはまた・・重荷を背負ってしまったようだな」源治さんが眉にしわを寄せ、竜仙さんに視線を移した。


「君が竜仙か。神隠団の幹部の1人と聞いている」と源氏さんが言った。まだ竜仙さんを完全には信用していない様子だったが、彼の声には落ち着きが含まれている。


「貴方が楓の師匠、源治殿か。これからよろしく頼む」と竜仙さんもまた、冷静に返した。二人の視線が交錯し、刹那の沈黙が場を包んだ。


「楓には世話になっている。貴方の指導がなければ、彼の能力もここまでには至らなかっただろう」と竜仙さんは続けた。


「俺が教えたのはあくまで基礎。力は紛れもなく彼自身が磨いたものだ。だが、今は暴走の危険があると聞いている。その原因を突き止め、彼が再び戦場に立てるよう導いてやりたい」


竜仙さんは軽く頷き、「そのために貴方をここへ呼んだ。楓が再び自分の力を取り戻し、神隠団の重要な戦力となるため、どうか手を貸して欲しい」と返した。


僕は二人のやり取りを黙って聞いてたが、二人は緊張感のある会話の中で信頼が少しずつ築かれているのを感じた。これから始まる訓練・調査が僕にとっていかに重要なものか、ますます明確になってきたように思える。


「では、始めよう」と竜仙さんが静かに言い、僕の方を向いた。「まずはお前の硬化能力の現状を見せてもらう。源治殿も共に見ていてくれ」


「ああ」源治さんが腕を組んで返した。


「お前の硬化を防御だけでなく攻撃に使うためには、能動的に発動出来るようにならなければいけない。やってみろ」竜仙さんが言った。


僕は自分の手の甲に集中し、今まで硬化を発動していた際の感覚を思い出しながら力を込めた。


しかし、僕の手には何も起こらない。


「力を入れれば良いってもんじゃない。時には脱力も大切だ。体の芯には力を入れ、末端の筋肉は脱力してみろ」源治さんが言った。


「はい」


僕は体の中枢で生み出した大きな力を、脱力した手に送り込むように意識した。


すると、硬化の力を引き出すことができた。黒曜石のように輝く硬化部分が、冷たく硬く変わり始める。その感覚が自分の中に深く染み込んできた。


「初期の硬化は単なる岩のような灰色だったが、使い続けるうちに黒曜石のような光沢のある黒に変わった。きっと、硬度は今のほうが上だ」竜仙さんが僕の硬化部分を見つめながら言った。


「強力なのは分かるが、まだ不安定だな」と源治さんが言い、硬化した部分に手を置いた。


「楓、お前の感情がこの力に影響を与えている可能性が高い。だからこそ、これから感情を揺さぶる訓練を行う」


「感情を揺さぶる?」僕は戸惑いを声色に出して言った。


「そうだ。感情が高ぶった時に、この力にどう影響を与えるかを確かめる」と竜仙さんが補足する。「お前の過去の経験からくる、激しい感情が今の暴走に繋がっている可能性がある」


僕は緊張しながらも、硬化を解いて次の訓練に向けて息を整えた。


「では、始めるぞ」


源治さんと竜仙さんの視線が僕に集中する中、試験が始まった。


「楓、お前が暴走したときの記憶をできるだけ鮮明に思い出せ。その時に何を感じたのか、どんな思考が浮かんだのか、全てだ」源治さんが言った。声色は穏やかだが、言葉には深い意図を感じる。


思い出したくない記憶。ただ、この記憶から逃げていては強くなれない。僕は記憶の欠片を脳の隅々に手を伸ばして拾い集め、感情は右脳から掘り起こすように探した。


僕は目を閉じ、心の中でその瞬間を再生し始めた。仲間たちが僕を止めようと叫んでいた声、そして何より、自分が制御不能に陥り、ただ破壊することしか出来なかったという絶望感。それはまるで、果てしなく冷たい闇が僕を飲み込んでいくような感覚だった。


「その時、お前は何を感じた?」源治さんの問いが、まるで刃の如く胸に突き刺さる。


「恐怖と・・無力感です。自分が自分でないような感覚で、何も止められなかった。ただ、すべてを壊すことしか出来なかった。友情も、信頼も」と僕は絞り出すように答えた。


「その感覚を今、全て蘇らせろ。そして、今度はそれを押し返すんだ。その力がどれだけ大きかろうと、お前はそれを制御できる」と竜仙さんが続けた。彼の瞳には、僕の感情を浄化する光が宿っているようだった。


僕は二人の助言を胸に刻み、再び硬化の力を解放した。だが、その力を解放するたびに、過去の暴走の記憶がフラッシュバックし、恐怖が心を締め付ける。手が震え、硬化が不安定になっていくのを明らかに感じた。


「落ち着け、楓」と源治さんが静かに促す。「お前はその力を支配するためにここにいるんだ。その恐怖から逃げるな。受け入れ、乗り越えろ」


僕は必死に心を整えようとしたが、記憶の中の自分が破壊していたすべてのものが頭をよぎる。その瞬間、僕の力は再び暴走し始めた。硬化した部分が激しく脈打ち、まるでその力が僕自身の意志を超えて広がっていく。


「今だ!その力を引き戻せ!」竜仙さんの声が響くが、僕はもう一度その制御を失いかけた。


だが、その時、源治さんが僕に近づき、硬化した腕に手を置いた。「楓、俺達がいる。お前は一人じゃない」


僕はその言葉を聞き、必死に自分を取り戻そうとした。硬化した部分が次第に収まり、溢れ出していた力がゆっくりと静まっていくのを感じた。


「よし、いいぞ。お前は確かにその力を制御できる」と源治さんが言い、僕はようやく息をつくことができた。


竜仙さんも安堵の表情を浮かべ、「これが第一歩だ。楓、お前は確実に前進している」と優しく声をかけてくれた。


「でも・・まだ完全には制御できてない」と僕は低く呟いた。


「それでもいい。今日の訓練で得た報酬を元に、更に深く原因を掘るつもりだ」と源氏さんが言った。「お前が自分の力に向き合おうとしている限り、その先に必ず答えは待っている」


「ありがとうございます」僕は深く頭を下げた。




今日の訓練は終了し、竜仙さんの家に戻って三人で食卓を囲んだ。


「一級の討伐に、災害級の討伐。手塩にかけて育てた弟子がここまでの功績を上げるとは思ってもいなかった。・・霞月に楓、俺は弟子に恵まれている」懐かしむように源治さんが呟いた。


「師匠が源治さんだからですよ。僕も霞月さんも。他の師匠だったら、また未来は違いました」僕が答えると、源治さんは「口の上手い子供だ」と苦笑した。


「いつまでも子供扱いしないでくださいよ」僕が頬を膨らませると、竜仙さんは「いつまで経っても、我が子は幼く可愛いものだ」と言って味噌汁を啜った。




今まで、漠然と頭の中に座り込んでいた不安を僕は必死に追い出そうとしていた。


でも、不安は敵じゃない。人は不安だからこそ努力する。強い人ほど負の感情とうまく付き合っているのだ。


「竜仙さんは、先のことを考えて不安に感じたりしますか?」ふと気になって僕は聞いてみた。


「常に不安でいっぱいだ。神隠団に入って二ヶ月で精鋭特務部隊に入った時も、自分が本当に役に立つのか不安まみれだった。一番歳下だし、新入りだったしな。重圧で頭がおかしくなりそうだった」


やはり、精鋭特務部隊も同じ人間なんだ。


常人離れした強さを持つ彼らは、精神力も並外れていて、苦痛なんて感じないと勝手に思っていた。


でも、そんなのありえないか。誰もが悩みや不安を抱えながら生き、戦っている。


普段は明るく振る舞ってるアイツも、きっとそうなんだろう。


大柄で仲間想いの彼の顔を浮かべながらそう思った。




 翌朝、目に刺さらない薄明るい空の下、僕は二人と共に再び外に出た。


「昨日の訓練でわかったことを踏まえ、今日は別の手法を試してみる」と竜仙さんが切り出した。「お前の力は暴走しやすいが、その本質は制御可能だと確信している」


源治さんが続けて口を開いた。「今日は、暴走の兆候が現れたらその段階で力を引き戻す訓練をする。暴走が始まる前に制御できれば、お前の力はさらに安定するはずだ」


僕は眠気覚ましに水を浴び、準備を整えた。


朝、まだ頭の中に余計な情報が入っていない今ならもっと深く自分の力に集中できる気がした。


「始めるぞ」


僕は深く息を吸い込み、硬化の力を再び解放した。最初は順調に力が溢れ出し、硬化した部分が全身を覆っていく。そして、今日は違う。昨日と同じように力が不安定になり始めた瞬間、僕はその感覚を捉え、冷静に引き戻そうとした。


「そうだ。格段に良くなっている」と竜仙さんが声を掛ける。


僕は焦る気持ちを抑え、力が暴走する前にしっかりと抑え込み始めた。全身に行き渡る熱と硬化の感覚を調節し、暴走の兆候を見逃さないように細心の注意を払う。力が完全に引き戻された瞬間、僕は力の制御がほぼ完璧にできていることに気づいた。


「すごい・・」自分でも驚くほどに、硬化の力が安定している。


源治さんが微笑んだ。「もう一度試してみろ。今度は意識的に硬化を解放し、制御するんだ」


僕は彼の言葉に従い、再び硬化の力を解放した。力が溢れ出し、全身が硬化するが、暴走の兆候が現れる前に、僕はその力を抑え込み、硬化能力を自由自在に扱えるようになった。


力の流れを自分の意志で完全に操る感覚を得て、ついに暴走の危険を乗り越えた。


僕は少し気持ちが高ぶり、ウキウキで源治さんたちに近づいていった。


「見ててください、右手薬指!左腕!左脚!右ふくらはぎ!左手親指!両手の甲!」と順番に硬化させてみせた。


竜仙さんが感心した様子で頷いた。「見事だ。お前は自分の能力をほぼ完全に掌握した。これで暴走の心配もほとんどくなくなったはずだ」


「やったー!」僕は両手を上げて喜んだ。これで、これで戦える!!


「能力発動時の髪色が元々は灰色だったのが、今では完全な白の長髪になっている。これも能力の精度が向上したのが理由だろう」竜仙さんが言った。


「白髪なんですか・・?僕」少し動揺しながら聞くと、二人は無言で頷いた。


「えぇ・・」碧眼で白の長髪。強者らしい見た目だとは思うけど・・僕が、となると話は別だ。




「とりあえず、お前はもう戦線に復帰していいだろう」竜仙さんが言った。


「よし・・!」僕は拳を握りしめた。


「そうだ。あと、お前に言っておきたいことがある」竜仙さんが空を見上げながら言った。


「なんですか?」と聞くと、竜仙さんは「幹部たちの前で、もう少し自信を持って振る舞って良い。実力は申し分ないと俺が保証する。次の戦いでは、それを意識して欲しい」と言った。


「やってみます」僕が言うと、竜仙さんは軽く微笑んだ。




      *




 江戸城では、重臣たちが緊迫した空気の中で集まっていた。卓上には各地の地図や神隠団の同行を示す資料が広げられ、彼らの表情には焦燥と決断の色が浮かんでいた。


「神隠団の指揮官は、我々の想像を遥かに上回る判断力を持っているようだ」と、重役の1人が苦々しい表情で言った。「本拠地周辺に配置した妖冥が、全て瞬く間に殲滅された。我々はかなり神隠団の戦力を削いだはずなのだが、それにも関わらず迅速に敵を討伐し続けている。神隠団内の情報伝達方法がいかに洗練されているかが分かる」


「彼らの中に、とてつもない精鋭が数人潜んでいるのは明らかだ」と、別の重役が資料に目を落としながら続けた。「正面衝突では、もはや彼らを抑え込むことは難しいだろう」


「次の一手をどう打つかが肝心です。秀忠殿は現在大変焦っておられます。これ以上の失態は我々の命に関わりますぞ」


 


一瞬の静寂が訪れた後、重臣たちは頷き合い、これからの戦略を練り始めた。神隠団との戦いは、日本の未来に影響を及ぼす苛烈なものとなるだろう。


だが、『彼ら』もまた容易に屈しない。今も本拠地で、牙を研ぎ続けている。

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