32話 勇者

 私たちは扉をくぐり、楓を連れて本部に足を踏み入れた。本部の人はみな忙しそうにしており、私たちのことを気にかける余裕はなさそうであった。


精鋭特務部隊の竜仙さん・風間さん・晃明さんが異変に気づき、話しかけてきた。


「どうしたんだ?楓は」


術にかけられ、身動きを取れない状態の楓をみて竜仙さんが言った。


「色々あって・・・・」私は言葉をつまらせた。


「とりあえず、俺達で拘束しておく。団長たちに報告してこい」竜仙さんが言った。


「ありがとうございます」鳴海が礼をした。


会議室に足を踏み入れ、報告にやってきたと伝えると、団長・副団長・永善さんがこちらに目を向けた。霞月さんは何か本に目を通しているようだった。


「どうした?」団長が続きを促したので、私は一歩前に出て深呼吸をした。


「任務の最中、突如として楓が暴走しました。会話も何もできない状態で・・最終的には結界でなんとか抑えることができましたが、彼の状態は非常に危険です。私たちを仲間と認識できず、攻撃を仕掛けることもありました」


「仲間を攻撃?」冬馬さんが眉をひそめる。


「はい。琉晴や鳴海、私たち全員が襲われる寸前でした。幸い、誰も大きな怪我はなく抑えられましたが・・彼の精神状態が心配です」私は言葉を選びながら、楓がこれまでどれほどの重圧を感じてきたかを伝えた。


「・・原因は?」永善さんが静かに問いかけた。


「任務の過酷さ、そして幕府の裏切りに対する怒りが楓が追い詰め、心身ともに限界を超えた結果だと思います。・・彼自身は生真面目で、手を抜くことは一切しない性格だからこそ自分を自分で追い詰めてしまった部分もあると思います」


「それに気付けなかった俺たちにも責任があります。能力があるからといって、楓に頼りすぎてしまっていました」琉晴が膝をついたまま言った。


「いや、我々にもこの状況で彼を過酷な任務に送り出した責任がある・・だが、今は責任の話ではない。この状況をどうにかすることが最優先だ」


その時、部屋の扉が荒々しく開かれ、楓が拘束された状態で連れてこられた。彼の目には普段の落ち着きや優しさはなく、苦痛と狂気が入り混じった異様な表情をしていた。


「楓・・」霞月さんが本を閉じて呟いた。すると、楓は竜仙さんの拘束を振り切り、再び暴れだした。だが、今回は精鋭特務部隊がすぐに動き、風間さんが力強く楓を押さえつけ、晃明さんが縄で縛った。


「楓、落ち着け!君は俺達の味方だ!」副団長が叫んだが、楓の耳には届かない。


しかし、特務部隊による拘束が功を奏し、楓の動きは鈍くなり、青かった彼の瞳も戻っていった。


「俺に少し預けてくれ」霞月さんが立ち上がり、楓のもとへ歩いてきた。


竜仙さんと晃明さんが楓を放すと、霞月さんが楓を抱えて頭を撫でた。


「帰っておいで、楓」ただ穏やかに、霞月さんは楓の頭を撫で続けた。


やがて楓は自我を取り戻し、深い呼吸とともに意識が戻った。


「僕は・・何を・・?」楓の声はかすれていて、弱々しかった。彼は自分の手に視線を向け、手が震えていることに気がついた。その手はかつて仲間を守るために刀を振るったものだった。しかし、今はその手が仲間に向けられた暴力の道具となったことを痛感していた。


「楓、もういいんだ。落ち着け。全部終わったんだ」琉晴が優しく声を掛けると、楓の瞳に浮かぶ涙が一粒、頬を伝った。


「僕が、みんなを・・」楓は嗚咽をこらえ、声を詰まらせた。彼の肩が震え、涙が次々とこぼれ出る。これまで積み重ねてきた信頼を、自分自身が壊してしまったという自責の念が、彼の心を引き裂いていた。


「そんなことはねぇ!楓!お前は俺達の仲間だ!何があったとしてもな!!!!」鳴海が強く言葉をかける。彼の声には楓を救いたいという強い意志が込められていた。


「君が苦しんでいることは分かる。でも、これは君の選んだことじゃないし、君が望んだことじゃないというのはみんな分かっている。大丈夫だよ」霞月さんは楓を抱きしめ続けた。


「もう・・何も信じられない。自分すら信じられない・・」楓は震える声で言った。


私はその言葉に胸が締め付けられるような痛みを覚えた。自分がどれだけ楓を支えたいと思っても、その痛みを完全に消し去ることはできない。


その時、状況を静観していた団長が楓のもとに歩み寄り、楓の肩に手を置いた。


穏やかに、温かな声で言葉を紡いだ。「楓。君はこれまで多くの戦いで我々を守ってくれた。そして今、君がしたことを、誰も責めたりはしない。我々は君を見捨てない。君がどれだけ傷ついても、我々は君を支え続ける」


楓は団長の言葉を聞き、その優しさに心を揺さぶられた。


しかし、自分が引き起こした惨劇に対する罪の意識が消え去ることはなかった。


「僕はもう・・これ以上、何もできない・・」楓は呟き、力なく霞月さんに寄りかかる。


「いいんだ、楓。今は休むことが君にとって最も重要だ。全てを解決する方法を、我々が見つける」団長は楓を抱きしめ、まるで父親が息子を慰めるようにその頭を撫でた。


「団長の言う通り。楓一人で背負う必要はないんだよ」私は言い、鳴海もその言葉に同意するように頷いた。




「しばらく休息が必要だ。霞月、楓をもう一度君の家に住まわせてあげることは出来るか?」永善さんが言った。霞月さんは「もちろんです」と答える。


「待ってください、私たちの家じゃ駄目なんですか?」私が聞くと、永善さんは「君たちに責任がある訳では無いが、四人という比較的多い人数での生活が彼にとって負担になっていた可能性もある。だから一度、二人での生活をさせてあげるべきだ」と答えた。


「俺は別にどちらでも構わないよ」気まずそうに霞月さんが微笑んだ。


「信頼できる大人と暮らすほうが、私は得策だと思っている」永善さんが言う。


「楓が俺達を信頼してねぇって言いたいのか!」鳴海が怒りを露わにした。


「違う。大事なのは『大人』という部分だ。やはり君たちは霞月に比べて精神が成熟しきっていない。本人は気づかないかもしれないが、知らず知らずのうちに我慢が積み重なっていることもある」永善さんは淡々と話し続ける。


「楓は絶対俺たちの方が良いって言うぜ。絶対な」鳴海が楓の方を向くと、楓は動揺していた。


「あ、え・・」霞月さんの顔と私たちの顔を交互に見ながら、楓は言葉を詰まらせていた。


「ここで楓に意見を求めるのは可哀想だ。やめておけ」竜仙さんが言った。




「竜仙に頼むことはできないのか?」団長が言った。竜仙さんが「俺は別に問題ないが」と答えると、鳴海も霞月さんも何も言わなくなった。


「まぁ、竜仙さんなら・・俺は良いけどよ」鳴海さんが呟いた。


「じゃあ、楓の引き取りは竜仙に頼んだ」永善さんが言った。


「俺が駄目で竜仙は良いのか・・」霞月さんは少し悲しそうな表情を浮かべていた。


「悪いが、今は君たちに多くの時間を使ってやれない状況だ。この件は一旦竜仙に任せる」永善さんは私たちに帰るよう促し、視線を卓上の資料に移した。


「霞月殿、迷惑をかけた。申し訳ない。皆、感情的になっていたようだ」琉晴が霞月さんに近づいて言った。


「君たちの気持ちもわかるよ。辛い時こそ、一緒に居てあげたいよね。大丈夫、俺のことは気にしないで」霞月さんは優しい口調で言った。


「幕府が次どのような動きをしてくるかが分からない限り、こちらから作戦を仕掛けるのは危険だ。そして、次に幕府が動き出す時があるとするなら、おそらく本拠地周辺に配置された妖冥たちが全て討伐された時だ。それまでに各々準備をしておいてくれ」副団長が言った。


「承知いたしました」私たちは本拠地を離れた。




      *




 竜仙さんと一緒に彼の家へと向かう道中、僕の頭の中は混乱していた。あの暴走の瞬間、何が起こったのか、そして自分が何をしたのか、何度も思い返していた。自分が引き起こした惨劇に対する罪悪感と、二度と同じ過ちを繰り返してはいけないという思いで胸が苦しくなる。


竜仙さんの家に着くと、彼は家の戸を開けて僕を中へ招き入れた。「これが俺の家だ。広くはないがゆっくりしてくれ」と言いながら、彼は服を着崩した。


僕はその言葉に軽く頷いて家の中へと足を踏み入れた。静かな部屋に足音が響く。竜仙さんの家は質素だが、どこか温かみを感じる空間だった。だが、僕の心の中の霧は一向に晴れる気配がなかった。


「もっと豪華絢爛な家に住んでいると思ってたんですけど、意外と質素なんですね」僕が言うと、竜仙さんは「そんな家じゃ心が落ち着かないからな。俺はこっちのほうがいい」と微笑んだ。


「楓、座ってくれ。少し話をしよう」と竜仙さんは言い、僕に椅子を勧めた。僕は無言で座り、彼の目を見つめた。竜仙さんの目には、僕を案じる深い優しさが宿っていたが、それがかえって僕の胸を締め付けた。


「今のお前の身体と心の状態はどうなんだ?」竜仙さんが静かに尋ねた。それはただの確認ではなく、僕の内面を知るためのものだった。


僕は一瞬言葉に詰まった。自分の素直な気持ちを言葉にすることが、これほど難しいと感じたことはない。自分でも、自分が何を考えているのかわからないんだ。


「僕は・・もう団員としてやっていけるか分からないんです・・」僕は視線を下げ、拳を握りしめた。


「自分の暴走のせいで、自分すら信じられなくて」


竜仙さんは黙って僕の言葉を聞いていた。その沈黙が僕の不安を増幅させたが、それでも続けなければならないと思った。


「僕が戦場に立つと、また何かが起こって、周りに迷惑をかけるんじゃないかって・・」僕は震える声で言った。


過去の光景が頭をよぎり、胸が痛くなる。自分の手で仲間に危害を加えたことを思い出すたび、心の中の闇が深く広がっていく。


「お前が今、そう感じているのは当然だ。誰だって同じ立場に立てば同じことを思うだろう。だが、それはお前が本当に望んだことじゃない。お前の意志でそれをしたわけじゃないんだ」竜仙さんは穏やかな口調で言った。


「それでも・・仲間を傷つけたことには変わりないです」


「・・そうだな。では、質問を変えよう。お前は『何がしたい』んだ?」竜仙さんの目つきが変わった。僕に寄り添うような柔らかな視線ではなく、真実を求めた鋭い視線。


「・・幕府を、倒したいです」その言葉を放った瞬間、手の震えが止まった。


「その言葉が聞きたかった」竜仙さんが言った。


「僕が一緒に暮らしていた血の繋がっていない家族も、幕府のせいで死んだんです。だから・・幕府を倒すまでは終われない」


「実際のところ、お前が今どれだけ辛い思いをしているかは、お前にしかわからない。だが、お前のその怒りや憎しみを何かに変えることができるなら、俺はそれを手伝いたいと思っている」


竜仙さんが真剣な眼差しで言った。それがどこか、僕の胸の奥に蔓延する闇を少しだけ照らす光のように感じられた。


「明日から、お前の能力が制御不能に陥った原因含め徹底的に調べていく。今日は休んで、明日に備えてくれ」竜仙さんが言った。


「はい!」




「あと・・そうだ。霞月に連絡して、お前の元師匠を呼びたいと思っている。やはりお前を熟知している人が居たほうが調査が進めやすい。いいか?」


源治さんのことだ。


「もちろんです!」


自分の能力に、自分が負けるわけにはいかない。


僕は完全にこの硬化能力を掌握し、幕府を滅するための武器にしてみせる。


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