30話 本末転倒

「おい、どうすんだ副団長」焦燥感を含んだ口調で晃明が聞いた。


「・・・・すまない。俺の見通しが甘かった。幕府が元々神隠団の味方でないと気づけなかった俺の責任だ」馬を走らせながら冬馬が呟いた。


「もう失った隊士は戻ってこない。とりあえず安全な本拠地へ早急に戻り、今後の方針を決める必要がある」風間が感情を押し殺すように言った。




 神隠団本拠地に戻った俺たち精鋭特務部隊と副団長たちは、すぐに会議室へ集まった。静まり返った空気が重々しく、全員の表情には疲労と絶望の色が浮かんでいた。


「冬馬、お前の気持ちはよく分かるが・・まずは報告を頼む」団長が静かに促した。その眼差しは、事態の深刻さを物語っていた。


冬馬はしばらく言葉を探していたが、やがて重々しい声で話し始めた。


「江戸の戦闘で、多くの隊士を失った。特に、剣士隊の被害は甚大で、任務に参加した半数以上が犠牲となった。・・そして、幕府が敵であるということが明らかになった」


会議室内の空気がさらに張り詰めた。誰もがその現実に直面し、言葉を失っていた。


「幕府が・・?」団長が絞り出すように言葉を発した。「幕府が妖冥を使って我々を壊滅させようとしたのか?」


「そうだ」冬馬は力なく頷いた。「俺の見通しが甘かった。あの時点で、幕府が我々を裏切る可能性をもっと考慮すべきだった。結果として、仲間を失い、江戸の街も守りきれなかった・・」


風間がその場に立ち込める重苦しい沈黙を打ち破るように発言した。「副団長、責任を感じるのは分かるが、今大切なのは後悔の感情ではなく、冷静さだ。我々がここで立ち止まってしまえば、今もなお馬で撤退をしている最中の仲間を失うことになる。すぐに次の行動を決めなければならない」


副団長や団長よりも年上である風間真一郎がそれを言うことで、場の空気は変わった。


「そうだ」永善も続けた。「今後の方針を立てる必要がある。まずは、幕府がどのように妖冥を制御しているのか、その情報を集める必要がある。そして、彼らの出方を見極め、それに対抗する策を練るべきだ」


俺は立ち上がり、声を上げた。「神隠団がここで終わるわけにはいかない。どれだけ絶望的な状況でも、我々には守るべきものがある。皆の力を結集して、再び立ち上がる」


冬馬は拳を強く握り締め、深く頭を下げた。「申し訳ない。俺がもっと慎重だったら、こんなことにはならなかったかもしれない。だが、皆の言う通り、俺達はまだ終わっていない。必ずこの状況を打破して見せる」


「副団長、あなた一人の責任ではない」永善が穏やかに声をかけた。「我々全員がこの戦いに関わっている。そして、全員でこの危機を乗り越えよう」




その瞬間、会議室の戸が団員によって勢いよく開けられた。


「非常事態です!一部の隊士がこちらへ脱却する道中で、妖冥による襲撃を受けました!」


俺たちがすぐに向かおうと立ち上がった。


「待て、竜仙!」冬馬が俺に向かって言った。


「本来の目的を見失わないように。栄狂がまだ現れていないことを鑑みると、そちらに出現した妖冥に精鋭特務部隊の戦力を割くのは得策とは言えない」陽一が言った。


「でも、撤退中の団員が襲われているんだ」俺は団員を見捨てたくなかった。


「・・楓を向かわせる」永善が呟いた。「楓?」俺が聞くと、永善は「そこらの妖冥に負ける隊士ではあるまい」と、確信に満ちた表情で答えた。


確かに、彼なら他の団員を守れるかもしれない。


俺は本部に残ることを選んだ。


「直ちに伝達に向かいます!」団員がまた会議室を飛び出していった。




      *




 僕らが本拠地についてすぐ、情報部の人が駆けつけてきた。


「楓殿、本拠地からの依頼です。北西に現れた妖冥によって撤退中の一部の団員が被害を受けており、そちらの妖冥の討伐をしてもらいたいとのことです」


「御意」


僕はすぐに馬を走らせた。「俺らもついて行っていいか?」琉晴が聞くと、情報部の人は「助かります。お願いいたします」と一礼して離れていった。


「よーーし、最近は強敵との戦闘ばっかりで気持ちよくなかったし、久々に暴れさせてもらおうかな」僕は伸びをしながら言った。


「油断はしないようにな」と忠告する鳴海の表情も些か緩んでいるように見えた。




僕たちは北西へ向かった。先ほどまでの激闘の余韻と疲労が、まだ僕の中に残っている。


「何がいつ現れるかわからないぞ」琉晴が隣で声を掛ける。僕は頷きながら、先程の戦いを振り返っていた。


妖冥を発見した。「みなさん、一旦退いてください!!」僕が叫ぶと同時に、僕たちは一斉に馬から飛び降り、戦闘態勢に入った。


最初の一撃は風華の射撃だった。正確かつ迅速に放たれた矢が、妖冥の喉元を一瞬で貫き、血しぶきが夜空に舞い上がる。続いて琉晴の刀が振り下ろされ、圧倒的な力で数体の妖冥を地面に叩きつけた。


僕はその間にも、敵の動きを観察していた。次の瞬間、二体の妖冥が同時に僕に向かって襲いかかってきた。僕は一瞬のうちに硬化を発動した。妖冥の攻撃は岩のようになった僕の腕に当たり、激しい音とともに弾かれる。僕は反撃に転じ、刀を振り下ろした。硬化した腕の力も利用し、刀は妖冥の首を一刀両断した。


「はっ!」僕はそのままもう一体の妖冥に向かい、全力で体を回転させて斬撃を放った。


硬化した足を軸にすることで全身の力を刀に込めることができ、妖冥の胸部を深く斬り裂いた。


苦しむように叫びながら倒れる妖冥のふくらはぎを切り、消滅させた。


僕たちは互いに背中を預け合いながら、次々と襲い来る妖冥たちを鮮やかに殲滅させていった。


硬化能力を駆使することで攻撃にも重みが増し、力の弱い僕でも妖冥を圧倒できるようになった。


琉晴は相変わらずの剣術の腕前で、倒している敵数は僕たちを遥かに上回っていた。風華の射撃は的に一瞬の隙も与えず正確に急所を突き続けた。鳴海は常に僕たちを援護し、次の攻撃を予測して守りに入ってくれた。




「楓、左!」鳴海の声が響く。僕はすぐに左側へ視線を向け、三体の妖冥が同時に飛びかかってくるのを見た。僕は再び硬化を使い、敵の攻撃を受け止めた。鋭い爪や牙が僕の高架下体に辺り、火花をちらしながら弾ける。


しかし、僕の身一つで三体の妖冥の体重を受け止めることはできず、僕は後ろへ倒れ込んでしまった。


「気をつけろ!」鳴海がすぐに援護に入り、横薙ぎ一閃で三体の妖冥の胴を斬った。


「ありがとう、助かった!」僕は即座に身を起こし、構え直した。




その後も戦い続け、団員たちの撤退が完了したのを確認した。


「よし、全滅させる必要はない!隙を見て逃げる!」琉晴が指示を出し、僕たちは馬の位置を確認しながら戦った。


「今だ!」四人一斉に馬に乗り込み、本拠地まで一直線に走った。


「なんとか守りきれたね・・」風華が額の汗を払った。


しかし、足元を見ると団員の遺体がぽつぽつと存在している。申し訳ないと思いながらも、僕らは本拠地へ戻った。




 本部を訪ね、僕たちは報告を行った。


「只今戻りました。楓です」


「よく戻ってきた。他の3人も共闘してくれたと聞いている。ありがとう」永善さんは優しい言葉を書けてくれたが、その後すぐに険しい表情へ戻った。


「君たちのおかげで、団員への被害を最小限に抑えて撤退できた。感謝する」副団長が言った。


「ちなみに、今の状況は?」琉晴が聞くと、幹部たちの表情が曇った。


「正直、最悪の状況だ。半数以上の団員は殺され、幕府が敵に回った。それどころか、妖冥すらも幕府の手駒である可能性が出てきた」風間さんが眉にしわを寄せて言った。


妖冥が幕府の手駒?そんなわけあるかと思ったが、今回の相手にとって都合の良すぎる場面での妖冥の襲撃や、幕府の兵士が失踪したことからも、その説も現実味を帯びてきているように感じた。


「今、総務部が大急ぎで幕府と妖冥の関係性について調べている。結論が出るのは明日以降だと思うが、今はとにかく手が足りない。君たちも手伝ってくれないか」永善さんが言った。


「もちろん、出来ることならなんでもします」僕は強く頷いた。




雑用と言えば雑用だが僕たちは言われた仕事をこなし続け、家に戻るのは深夜の2時過ぎであった。


「幕府が敵って・・信じられる?」風華が憂鬱そうに呟く。「信じるしかない。こんな状況になってしまっては」琉晴が今にも消えてしまいそうな声で答えた。


「妖冥を全滅させられるかもしれないという希望も、一気に遠くへ消えてしまった。神隠団は今までなんのために戦ってきたんだろう・・・・」


江戸のために戦ってきた神隠団を江戸が潰しに来るという本末転倒的な展開に、僕は心の底から落胆した。


「とりあえず、明日総務部の結論を聞こうぜ。それまでは考えたって仕方ねぇよ」鳴海がそう言って照明を消した。


「おやすみ」

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