27話 博打

「霞月、栄狂という妖冥に関する記録は残っていないか?」永善殿が言った。


楓たちが任務に向かった先に、厄介かつ凶悪な妖冥が現れたらしい。その報告書を受け総務部はまたしても戦略立案・隊士の手配を行う。


「一つだけ、栄狂という名の記された書物があります。しかし、役に立ちそうな情報は何も」俺はため息交じりに答えた。


「獣冥を従え、自身も厄介な幻術を使う。まず本体への攻撃が困難な敵だ」報告書を見つめながら永善殿が言う。


「憶測ですが、栄狂との戦闘は人数が多いほど不利なのではないかと」俺が言うと、永善殿は首を傾げた。


「迷宮には無数の鏡が人の姿を映し出し、本体を見つけにくいようになっている。大人数で戦闘をしてしまうと、鏡に映る数も2倍3倍と増え、混乱が加速すると考えられます」俺が続けると、永善殿は頷いた。


「なるほど。しかし、一人で迷宮に入って正気を保てるかも怪しい。適任者が居るのなら教えてもらいたい」


単独行動でも信頼して任せることができ、尚且つ迷宮でも冷静さを保ちながら戦うことが出来る者。


「またしても精鋭特務部隊の出陣となり申し訳ありませんが、風間殿が適任かと」俺が言うと、永善殿は「ふむ。確かに彼が任務をしくじるところは見たことがない。連絡をしておく」と言った。


「次の問題は、栄狂がどれほどの戦力を連れてくるかですね」


「栄狂が連れてくるのは獣冥の可能性が高いんやろ?近接戦闘が得意な剣士隊を重点的に招集するのがええんちゃうん?」総務部の雄二が言った。


「うむ。敵の出方がわからない限り、具体的な戦略は立てようがない。既に型の決まっている陣形で戦おう」永善殿が言った。


「はっ」




      *




「楓。楓~?楓!!」鳴海が僕の体を前後に揺らしてくる。


「はい・・・・」


「いつまでも落ち込んでんじゃねぇよ。任務を完遂できないことくらい、誰でもあるだろ?」鳴海が言った。


「・・・・・・」


「本部に行って話すことがあるんだろ。もう一日も部屋に引きこもってんだから、そろそろ外に出たほうが良い。俺も一緒に行ってやるから」琉晴が僕の手を取って歩き始めた。


「待って、まだ身だしなみが・・」僕が言うと、琉晴は「そういう事を気にする余裕はあるんだな」と笑った。




「いつまでもめそめそしてるのはお前らしくない。誰しも力及ばないことなんて人生で何度もある。そこでまた立ち上がれるかが肝だろ。転ばない人間なんていねぇよ」琉晴が言ってくれた。


「うん・・ありがとう。僕、頑張るよ」すると、琉晴は微笑んだ。「ようやくいつものお前に戻ったな」




本部を尋ねると、総務部は忙しそうにしていた。


「楓殿ですね。どのようなご要件でしょうか?」団員に聞かれた。「永善殿か、団長とお話がしたんですけど・・」


「総務部長は現在取込み中ですので、団長のもとへご案内いたしますね」




僕と琉晴は団長の待つ部屋へと案内された。廊下を歩く間も、僕の頭の中では、あの夢のことがぐるぐると回っていた。風龍剣一のようなあの夢、そして首を硬化できなかったという実体験。どう伝えれば良いのか、心のなかで言葉を探していた。


部屋の扉が開くと、団長が机に向かって書類に目を通している姿が見えた。重厚な雰囲気に、一瞬言葉を失うが、琉晴が僕の背中を軽く押してくれた。




「団長、楓と琉晴が参りました」案内してくれた団員が静かに告げると、団長は顔を上げ、僕たちに視線を向けた。


「よく来た。何か重要な話があるようだな。琉晴とやらも、話には聞いている。楓をいつも支えてくれているらしいな」団長は落ち着いた声で言い、僕たちに座るよう促した。隣には、団長の側近である中年の男性が立っていて、少し警戒の眼差しをこちらに向けている。


僕は喉が詰まるような感覚に襲われ、何を言えば良いのか分からず、視線を床に落とした。




「・・あの、団長、実は・・・・」声を絞り出すように話し始めるも、うまく言葉が続かない。


そんな僕を見かねて、琉晴は深呼吸してから話を続けた。


あらかじめ話す内容は琉晴に伝えていた。琉晴は困ったら代わりに説明してやる、と言ってくれた。


「実は、楓が最近、奇妙な夢を見たんです。夢の中で、かつての剣豪である風龍剣一が現れ、彼の記憶を辿るような感覚だったと言います。彼は楓と同じく硬化能力を持っていたというのは既にご存知かと思いますが、夢の中で首が硬化できなかったことが原因で戦死した場面を目にしたそうです」琉晴が淡々と説明した。


「・・ありがとう」僕が小さな声で言うと、琉晴は頷いた。


団長の表情がわずかに動いた。興味を惹かれた様子で、こちらに視線を向けている。


琉晴はさらに続けた。「それだけなら、ただの夢として片付けることもできたかもしれません。しかし、先日の戦闘で、実際に楓が獣冥の攻撃を受けた際、首だけ硬化できずに傷を負いました。これが偶然なのか、それとも能力に根本的な問題があるのかを判断するために、本部に報告をしようと思い至りました」


団長の側近が、一歩前に出て口を開いた。「その夢は、剣一の記憶を直接受け継いだと考えるべきか、それとも何らかの予知的なものと捉えるべきか・・慎重に判断が必要ですね」


団長は腕を組み、しばし考え込んでいた。そして、重々しく口を開いた。「確かに、能力に欠陥があるとなれば、任務に支障をきたす。だが、それ以上に、剣一の記憶が楓に影響を与えているのが事実ならば、それを無視するわけにはいかない」


「他にも、その夢を見た後の楓はしばらく碧眼のままでした。何らかの形で、剣一と楓が繋がった可能性も考えられます」琉晴が言った。


「ふむ・・・・」団長の顔がさらに険しくなる。


僕はようやく重い口を開いた。「・・団長、もし僕の首が硬化できないのだとしたら、他の団員に迷惑をかける事になります。なので・・確認のために、どんな方法でも構いません。試してみたいんです」


団長は静かに僕を見つめ、頷いた。「お前の不安は理解した。まずは、能力の検証を行い、状況を正確に把握することが先決だ。総務部に連絡を取り、準備を進める。結果次第では、今後の任務にも影響を与えることになるだろうが、心配するな。お前は一人ではない」


側近もその言葉に頷き、「私たちも全力で協力いたします。検証が終わるまで、他の任務からは一時的に外れることになるかもしれませんが、あまり重く考えすぎないようにしてください」と、優しい言葉を添えてくれた。


僕はその言葉に少しだけ安心し、深く息をついた。「ありがとうございます・・団長」


「では、準備を進めるために、これから総務部に連絡する。今はなんだか忙しそうだが・・まぁ何とかする。しばらく待機してくれ」団長がそう告げると、僕たちは一礼して部屋を後にした。


廊下を歩く僕たちの足音が響く中、琉晴が軽く僕の方を叩いた。


「ちゃんと話せたじゃねぇか」


「うん、琉晴のおかげでね」僕は少し照れくさくて笑った。琉晴がそばにいてくれることが、今の状況でも心強く感じている。




      *




 栄狂による宣戦布告を受けてから3日が経過し、9月11日となった。


副団長である俺は熟考の末、団長の部屋を訪ねた。


「義統、相談がある」


「入れ」義統は手で合図し、俺が部屋に足を踏み入れると、側近が扉を静かに閉めた。




神隠団団長・成河義統なりかわよしむね。冷静かつ頭の切れる人物であり、総指揮官の役割も持っている。全体の戦略立案・指揮、最重要任務に関する作戦を立てている。


実力含め最も信頼されている人物であり、間違いなく神隠団の心臓と言える。




俺は義統の前の椅子に腰を下ろし、ため息をつきながら話を切り出した。


「例の栄狂だが・・江戸襲撃に連れて来る妖冥の手下の勢力が全くわかっていない。しかし、あの小さな村に20体も割くことが出来るということは、江戸にはそれを遥かに上回る軍勢で攻めてくるに違いない」


義統は軽く頷きながら、その言葉を聞いた。「ああ、わかっている。私も過去の文献を漁って栄狂の情報を見つけたが、やはりあれは只者ではない。そして前回の、妙な夜叉軍団の背景にある首謀者、もしくは組織にも関係があるかもしれん」


「だからこそ、俺から提案がある」義統は視線で続きを促す。「幕府に協力を要請するべきじゃないか?江戸全体を守るためには、俺たちが戦うだけでは足りないと思うのだが」


その言葉に、義統は少し眉をひそめた。「幕府に直接接触をする・・それは今まで神隠団が避けてきた道だ。彼らとの関係が明るみに出れば、我々の活動は制約を受ける可能性がある。神隠団の独立性が失われる可能性もある」


俺は重く頷いた。「それは俺も考えた。だが、栄狂が本気で江戸を襲えば、被害は計り知れない。こちらが手遅れになった時には、もう誰も守れない」


義統は沈黙し、部屋の中には重い空気が漂った。側近が一歩前に進み、慎重に言葉を挟んだ。


「団長。副団長のおっしゃる通り、江戸の安全を守るためには、幕府の力を借りるのが最善の策かと存じます。ただ、その過程で我々の存在が公になり、反感を買う可能性も否定はできませんが・・」


義統は深く考え込むように眉間に手を当て、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「確かに、栄狂を放置すれば、江戸が危険にさらされるのは間違いない。しかし、幕府に頼ることで我々の活動が制約される危険性も大きい。今まで積み重ねてきたものを一瞬で失う可能性がある」


「・・言わせてもらうけどよ」


俺は赤裸々な気持ちを語ることにした。


「神隠団って、今までずっと日本の人々を守るためにやってきたんだろ?それは江戸時代になった今も変わらない。確かに最初は幕府に無視されるような存在だったが、妖冥の被害が増えるにつれて神隠団の規模も増し、俺たちの活動は幕府に黙認されている形になった。江戸と日本を守ってる俺らが、制約を受ける筋合いなんかないだろ?・・・・というか、俺が絶対そんなことにはさせねぇ。幕府が俺達の活動に制限を加えたら、反対する市民は大勢いるはずだ。今までの神隠団の功績の数々は、日本中で知られている」


義統は手を組み、再び思案に沈んだ。しばらくの間沈黙が続き、側近がそっと言葉を継いだ。


「団長、神隠団の独立性は大切です。しかし、今は江戸全体の安全がかかっている状況です。幕府と協力することで、より多くの人命を守ることができるのではないでしょうか」


義統は俺に視線を戻した。「冬馬はどう思っている?幕府に頼ることで、神隠団の未来にどんな影響があると考えている?


「正直、幕府との接触は未知数だ。我々が何を求められるか、何を差し出さなければならないかもわからない。だが、それ以上に妖冥の脅威は無視できない。江戸が壊滅すれば、我々の存在価値すら失われるだろう」


義統は考え込んだ後、やがてゆっくりと決意を固めたように頷いた。


「・・わかった。栄狂の脅威を考えれば、ここで幕府に協力を求めるのは賢明な選択かもしれない。だが、とにかく慎重に動く必要がある。神隠団の独立性を守りつつ、幕府と協力関係を築くための道を探るんだ」義統が言った。


「了解だ。幕府に対しても慎重に交渉を進める、神隠団がこれまで培ってきたものを守りつつ、必要な助力を得るために」


義統は側近に目を向け、指示を出した。「幕府との接触に備えて、必要な情報をまとめておいてくれ。彼らに提示できる材料が必要だ」


側近は深く礼をしながら答えた。「かしこまりました。すぐに取り掛かります」


「頼む」義統は深く息をつき、俺に改めて視線を向けた。


「冬馬が動くなら、私もそれを信じよう。だが、くれぐれも慎重にな」


「もちろんだ。信じてくれて感謝する」俺は微笑みながら礼をした。


「まぁ、この調子だと妖冥を根絶やしにするのは無理だろうからな・・新しい試みも入れていかなければならない」義統が呟いた。


「そうだな。・・・・せっかく、『天才』も現れたことだし」




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