26話 鏡の中から
「何で傷塞がってんだ・・?」鳴海が仰天した。
「へへ、わかんない」僕がそう言うと、琉晴が「分かるだろ。言えよ」と言ってきた。
その圧力に負け、僕は見切り発車で話し始めた。
「本当に分からないんだけど、この前永善さんに『生きることに特化した体質』って言われてさ。もしそれが本当なら・・僕は傷の治りも他の人に比べて早い。これだったら辻褄が合うと思って」
「んで、実際首の傷もすぐに治ったのか」鳴海が言った。「うん。軽い傷だったらすぐに治るんだと思う」僕が言うと、琉晴は「お前の体質はまだまだ謎が多いな・・本部と話し合いながらやっていく方が良い。何か起きたら逐一報告するんだな」と言った。
「そうだね」
僕たちは野宿し、翌朝から新たな敵を探索し始めた。
まだ確証は持てないけど、僕は首をしっかりと守る必要があると思っている。
剣一さんの夢を含めて、永善さんに全て話そう。とにかく今は、この村を守ることに注力する。
朝日が昇り、森全体が淡い光に包まれる中、僕たちは再び探索を開始した。森の奥深くに進むにつれ、周囲の空気は重さを増していった。
「足跡・・しかも複数」琉晴が静かに言った。
その言葉の直後、周囲の木が揺れ、低い唸り声が響き渡った。木々の間から、赤い瞳が幾つもこちらを見つめていた。
「こりゃあまずいな・・」鳴海が刀を抜きながら言った。
おそらく獣冥の数は20体ほど。僕たちは包囲されていた。生死をかけた戦場に立たされた僕たちは、静かに戦闘態勢に入った。
「数が多い・・」僕は状況を把握しながら、刀を力いっぱい握り締めた。
「敵は四方からやってくる!油断するな!」琉晴が叫び、僕たちは全方位に注意を向けた。
「・・疾雷閃華」琉晴が呟き、閃光のような速さで前方の獣冥に突進し、鋭い一閃で二匹を一気に斬り裂いた。
新しい剣技か・・目にも留まらぬ彼の攻撃はまさに神業だった。
「いくぞ!!!」鳴海の声に応え、僕たちも一斉に動いた。
僕は左側の獣冥に狙いを定め、鋭い斬撃を与えた。刀が相手の肉を裂き、深い傷を負わせたが、いかんせん数が多すぎる。次から次から襲いかかる妖冥には腕が何本あっても足りない。
「やれるだけやんだよ!」鳴海が言い放ち、中でも特に巨大な獣冥に立ち向かう。彼は太い腕をブンブン振り回し、拳で獣冥の目を叩き潰した。その一撃はあまりにも強力で、相手を地面に沈めた。
「力こそ正義・・?」風華がそう言いながら後方支援をする。彼女の放った矢は獣冥のふくらはぎに命中し、巨大な獣冥は仕留められた。
しかし、獣冥たちは次々と襲いかかってくる。僕たちは四方八方から攻撃を受け、次第に押し込まれていった。
「あとは僕に任せて」僕は反撃を開始し、敵の攻撃を受け流しながら、迅速に次の一手を繰り出した。短刀の素早い動きで、一匹、また一匹とふくらはぎの肉を削いでいった。
それでも、次々と襲いかかる獣冥の数は減らない。三人も必死に戦っているが、攻撃をかわしきれずに傷を追っていた。僕の体力も限界が近く、厳しい状況だ。
「くそっ・・!」鳴海が叫び声を上げ、次の一撃を放つ。しかし、その瞬間、別の獣冥が襲いかかり、彼を狙ってきた。
「鳴海、後ろだ!!」琉晴が叫ぶ。
僕はすぐさま鳴海の背後に飛び込み、硬化で獣冥の攻撃を防いだ。
「背後に気をつけて」僕がそう言うと、琉晴が背後にいた妖冥を一刀両断にした。
「ありがとう、助かった!」鳴海が息を整えながら言った。
「まだまだ終わってないよ!」僕が返し、次の攻撃の準備をする。
僕たちは連携に磨きをかけ、次の攻撃に備える。敵数は依然として多いが、互いの信頼という最大の武器を用いて応戦する。
「一気に殲滅する!絶対に死ぬな!!」琉晴が叫び、僕たちは余力を全て振り絞り、獣冥たちに向かっていった。僕は短刀から長い日本刀に持ち替え、敵を斬り裂いた。鳴海は敵の密集地帯に突撃して暴れまわっており、獣冥が四方八方へ飛ばされていった。
総力戦によって敵数は減っていき、ついに最後の妖冥を倒すと、辺りに静寂が訪れた。
「ようやくか・・・・」僕たちは膝に手をつき、息を整えた。
「全員、倒してしまったのですか・・」岩場の奥から、人影が見えた。
「誰だあんた?」鳴海が聞く。
「私は栄狂。あなた達神隠団が忌み嫌っている妖冥ですが・・今話すべきはそこじゃないでしょう。私が送りこんだ可愛い可愛い子どもたちを・・『あなた達』が、全員殺したのですか?」
その言葉に、僕の背筋は凍りついた。獣冥たちが、彼にとって『子どもたち』だったというのか。その言葉の裏に潜む狂気が、僕の旨を締め付けた。
「俺たちが殺したが・・それがどうした?」琉晴が冷静な声で返す。
栄狂はその言葉に対し、わずかに首をかしげただけだった。
「どうしたも何も・・あなた達には、その代償を払ってもらわないといけませんね」栄狂がゆっくりと両手を広げた瞬間、周囲の風景がぐにゃりと歪んだ。
「幻術か・・!」琉晴が即座に状況を理解したが、次の瞬間、目の前の光景が全く異なるものに変わっていた。荒れ果てた岩場は跡形もなく、代わりに無限に広がる鏡の迷宮が僕たちを取り囲んでいた。壁の全てが鏡になっており、僕たちの姿を無数に映し出している。
「気をつけろ、これはただの幻じゃない!!」琉晴が警戒心を強めて叫んだが、その声も奇妙に反響し、どこから聞こえているのかわからない。焦りが一気に広がった。
僕たちは互いに姿を確認しようとしたが、鏡に映る姿がどれが本物かわからない。どの影も全て現実のように動き、僕たちを惑わせる。
「いかがでしょう。私の『鏡影迷宮』は気に入っていただけましたか?」栄狂の声が迷宮全体に響き渡り、その声に応じるように、鏡に映る僕たちの影が勝手に動き出した。
「これじゃ、どこに攻撃すればいいかわかんねぇ!!」鳴海が焦燥感をあらわにしながら叫ぶ。
普段の冷静さは息を潜め、混乱が広がっていた。
「冷静に相手を見極めろ、無闇に攻撃はするなよ」琉晴が声を掛けるが、その言葉さえも鏡の中で歪んでゆく。
僕たちはそれぞれ鏡に映る自分たちを探しつつ、現実の栄狂を見つけ出そうと必死だった。しかし、どこに攻撃を仕掛けても、鏡の中の影が全て現実のように反応し、手応えは一切感じられない。
「ははは・・愚かなものですね。私の迷宮からは逃げられませんよ」栄狂の声が再び響くと、鏡に映る影が一斉に攻撃を仕掛けてきた。鋭い刃は火球、毒の霧が次々と襲いかかる。僕たちはそれをかわしながら反撃を試みるが、全て幻ばかりで、本体に当たらない。
「くそっ・・!」僕は心のなかで焦燥感を抑えようと必死だった。だが、頭の中では、首の硬化に失敗したことや、栄狂の異様な力がちらつき、集中できない。その隙を突いて、鏡の中から栄狂が突如現れ、琉晴に一撃を放った。琉晴は反射的に防御を試みたが、栄狂の攻撃はまるで現実を歪めるかのように琉晴の防御をすり抜けた。
「ぐっ・・!」琉晴は衝撃によって後退したが、反動の大きさから見て相手の力は相当なものだ。
負けるかもしれない、という思考が脳裏をよぎる。
「さぁ、これでおしまいですよ・・」栄狂が語りかけ、僕たちに向かって手を伸ばした。その動きに合わせて、迷宮の中の影が一斉に僕たちに襲いかかってきた。体力は既に限界に近く、これ以上の戦いを続けるのは無理だと悟った。
「どうすれば・・!」僕は果てしない焦燥感に駆られながら、風華の方を振り向く。
「みんな、ここじゃ無理だ!一旦退くよ!!」風華が決断を下し、その場からの撤退を提案した。
「了解!」鳴海が即座に反応し、僕たちは一斉に栄狂の幻術から抜け出すために全力で走り出した。鏡の迷宮の出口がどこにあるかも分からぬまま、必死で逃げるしかなかった。
栄狂は嘲笑しながら、追撃をしようとはせず、僕たちが迷宮の出口を見つけるまで、まるで楽しんでいるかのように観察していた。その無慈悲な姿にまた背筋が凍る。
「くっそ、早く出ねぇと・・!」鳴海が息を切らしながら言う。僕たちは全力で駆け抜け、ようやく外に出ることが出来た。しかし、栄狂の嘲笑が脳裏にこびりついて離れない。
彼を討つことが出来なかった悔しさで、僕たちの心はさらに重くなった。
「あいつ以外の妖冥は倒せたんだよな・・?」鳴海が言った。「たぶんね。でも、一番厄介な栄狂がここに残るのはまずいよ」と僕が返すと、鳴海はため息をついた。
「ここには残りませんよ」そう言って背後から栄狂が現れた。
「お前!!!」鳴海が再び刀を抜くと、栄狂は「やめましょう。どうせあなた達は勝てないのですから」とまたしても嘲笑した。
「1週間後、また子どもたちをつれて江戸を観光しようと思っていましてね。またその時お会いしたら、仲良くしていただければ、と」そう言って栄狂は消えていった。
「何なのあいつ・・」風華が呟いた。
「本拠地に戻るぞ。栄狂の襲撃に備える必要がある」琉晴が言った。
「了解」
僕らは馬で江戸まで帰り、報告書を書いた。
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