25話 心当たり

 記憶が曖昧だ。僕は鳴海に気絶させられてから、何をしていた・・?


なんだか、懐かしいような・・見覚えのあるような風景を見た。


夢なのだろうか・・周りの人が僕を『剣一さん』とか呼んでいて・・・・


「剣一!?」僕は飛び起きた。


「急にどうした!?」鳴海がのけぞる。


思い出した。僕は倒れてから、何者かの記憶を見た。しかも、最期の記憶。


死の間際で、何かに気づいていた。もし僕の見た記憶が、本当に風龍剣一のものならば・・


「体に異状は?」琉晴が聞く。


「特に何も」僕は体を動かしながら言った。


目が青くなっている理由が分からない・・また面倒なことになってしまった。


僕はどうしたらいいんだ。


「明日の任務はとりあえず参加するよ。その後、また本部に相談してみる」


「何かあったみてぇだな・・分かった。無理はするなよ」鳴海が言った。


「うん、ありがとう」


僕は見た夢を覚えている範囲で覚え書きしておいた。何か、重要な内容があるかもしれない。




翌日、僕たちは四人で任務に出発した。


「江戸から北東に位置する山岳地帯で、複数の妖冥が目撃された。近くの村の住民から被害は出ていないが、数日間外出を制限している。妖冥は山を根城としており、周辺の村の襲撃を企んでいる模様。放置すれば、被害はさらに拡大する可能性があるとのことだ」琉晴が紙に目を通しながら言った。


「まだ被害は出てないんだね」


「じゃ、さっさと倒して、被害を出す前に終わらせようぜ」鳴海が指の関節を鳴らしながら言った。




「では、お気をつけて行ってらっしゃい。ご武運を」情報部の方に見送られながら、僕たちは任務場所へ向かった。


「3時間くらいはかかりそうだ」琉晴が言った。


地味に移動も大変なんだよなぁ・・


滞りなく任務場所に到着し、僕たちは調査を始めた。


「森が深い上に岩場が多い。妖冥が潜みやすいわけだね」風華が周りを見渡しながら言った。


「洞窟も廃墟もある。あっちからすれば絶好の場所だ」琉晴が言った。


村に立ち寄り、住民に話を聞いてみた。


「神隠団だ。妖冥は最後にどのあたりで目撃された?」琉晴が聞くと、住民は「あの森の中やと思うんですけどねぇ・・」と言った。


「どんな妖冥でした?」僕が聞くと、「獣の妖冥やったと思います。さっさと逃げたんで、追っては来なかったんやけど・・」と答えた。


「ありがとうございます、とにかく、身の安全を第一にお願いします」


住民は頷き、家に戻っていった。




 夜が深まり、静寂が村周辺を抱きかかえる中、僕たちは森の中で待機していた。


薄暗い森の中、風が木々をゆらゆらと揺らし、葉擦れの音が耳に残る。いつでも動けるよう緊張感を保ちながら、3人と小声で状況を確認していた。


「僕、気づいたことがあるんだけど・・」


「どうした?」琉晴が言った。「今、僕の目青い?」僕が聞くと、3人は頷いた。


「なんか、暗いのに周りがよく見えるんだよね・・・・」


「何?」琉晴が言った。「多分、碧眼に付随する効果の一つなんだと思う。すごくよく見えるんだ」


「至れり尽くせりだな・・お前の体質」鳴海が言った。「まぁ、持ってるものを使わない手はない。存分に活かして戦うぞ」琉晴が言った。




「やっぱりこのあたりに潜んでそうだね」風華が低い声で言う。彼女の目は鋭く、周囲を注意深く観察している。


「夜に活発になる奴らが多い。決して油断するな」琉晴が言った。彼は刀の柄に手をかけ、いつでも抜けるようにしている。


鳴海が息を吸い、「二手に分かれて、奴らを待ち伏せるか」と提案する。


僕たちはそれぞれの持場を確認し、行動を開始した。


しばらくして、森の奥から何かが動く音が聞こえてきた。緊張が走り、僕は息を潜めた。


木々の間から、赤い目がこちらを睨んでいるのが見えた。




「来る・・」僕は鳴海に小声で伝えた。


突然、獣冥が飛び出してきた。巨大な狼の姿をしており、その牙は鋭く、目には冷酷な光が宿っている。さらに、その後ろからもう一体が現れた。二体目の妖冥は、人型だが全身が炎に包まれており、鬼のような風貌をしていた。




「まずはあいつを!!」鳴海が指示を出し、獣冥に向かって飛びかかった。僕たちもそれに続く。


僕はすぐさま硬化を発動させ、獣冥の攻撃を受け止まる。牙が僕の腕に食い込むが、硬化した肌がそれを防いだ。痛みは感じるが、耐えられる範囲だ。




「風華、援護を!」琉晴が叫び、炎の妖冥に向かって突進する。風華は冷静に印を結び、氷の結界を作り出して、炎の妖冥を一時的に封じ込めた。




「これで少しは動きを鈍らせられるはず!」風華が言った。


「風華、いつの間にそんな魔術・・」僕が言うと、「私だって、ずっと足踏みしてるわけじゃないんだから。強くなってるんだよ、一応」と風華は笑った。


琉晴と僕は連携し、獣冥に集中攻撃を加える。琉晴の刀が鋭く閃き、獣冥の体を斬り裂いた。僕も隙を見て、短刀で腹部に一撃を加えた。獣冥は痛みに呻き、後退する。


「仕留めるぞ!」琉晴が叫び、再び刀を振りかざす。その瞬間、獣冥が最後の力を振り絞り、僕に向かって飛びかかってきた。


「楓!」鳴海が声を上げた。


獣冥が僕の首に届こうとする瞬間、体が反射的に硬化した。


「ぐっ・・・・!」攻撃を食らった瞬間、僕は違和感を覚えた。


普段とは比べ物にならない痛み。硬化には成功したはず、何故?


自分の首に恐る恐る手を伸ばし、触った手のひらを見ると、紅い血で染まっていた。


「楓!?」風華がすぐさま僕を救出し、敵から離れた場所へ運んだ。


「よかった、傷はそんなに深くないみたい・・」僕の首に布を当て、圧迫してくれた。


「ごめん・・・・」


でも、どうして首に攻撃を食らった・・?


「楓が謝ることないよ。大丈夫」風華は優しい口調で言い、傷を押さえ続けた。


「首・・・・」手についた血を眺めながら、僕は放心していた。




「そうだ!」僕はまたしても飛び起きた。


「動いちゃ駄目!!!」風華に押し倒された。


僕は、剣一さんの夢を見た。その時に見たんだ。剣一さんの死因を。


違和感があったんだ、ずっと。剣一さんは最強の剣豪だったはずなのに、早死だった。もっと現役で戦えただろうに、戦死したと記録に書かれていたんだ。


硬化・・首・・戦死・・全ての因果関係を理解した僕は、何も言わず風華の応急処置を受けた。




 風華が僕を安全な場所まで運び、手当を続けている間、琉晴と鳴海は二手に分かれて獣冥と炎の妖冥に挑み続けていた。


闇に包まれた森の中、獣冥と炎の妖冥が咆哮を上げた。その声は地響きを伴い、足元の岩場さえ震わせるほどだ。琉晴と鳴海は互いに視線を交わし、無言の合図で敵に向かって動き出した。


「行くぞ」琉晴の声とともに、その身が疾風のように動く。彼の刀はまるで流れる水のようにしなやかで、一撃一撃には雷鳴のような威力が込められていた。獣冥はその巨体で琉晴を押しつぶそうとするが、彼はまるで風を纏ったかのように軽やかに回避し、獣冥の体に鋭い斬撃を与えた。


「獣冥如きに遅れを取る俺は一年前に置いてきた」琉晴が言うと、彼の刀が獣冥の体を切り裂き、深い傷を残した。しかし、獣冥も負けじと反撃を繰り出す。その牙が琉晴の肩に迫るが、彼は瞬時に後退し、さらにキレの増した動作で獣冥の背後に回り込んだ。


「楓に怪我をさせた埋め合わせは、お前の命を持ってさせてもらおう」琉晴の刀がまっすぐに獣冥の背中を貫き、その一撃で獣冥は膝をつき、地面に倒れ込んだ。


「俺を本気にさせちまったのが運の尽きだ」琉晴が獣冥の足を細切れにした。


獣冥はそのまま朽ち果てるかのように動かなくなり、その巨体は静かに消えていった。




一方、鳴海は炎の妖冥と対峙していた。その全身を炎で覆った妖冥は、まるで地獄の業火そのものであり、その熱気が周囲の空気を歪ませていた。


「災害級に比べたらへなちょこだね・・」僕が呟くと、風華が「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」と言った。




「あーもう鬱陶しいなお前!!!」鳴海が燃え盛る炎の中を駆け抜け、炎の妖冥に向かって突進した。妖冥はその太い腕を振り下ろし、炎の嵐を巻き起こす。しかし、鳴海はその嵐を切り裂くかのように刀を振り、炎の中を突き進んだ。


「いくらなんでも強引すぎじゃ・・」風華が呟いた。


「いや、無理矢理進んでいるように見せかけて、実は一番安全な部分を走り続けてる。直感であれが出来てるのか、本当はちゃんと考えて戦ってるのかわかんないけどね」




「その程度は俺を倒せねぇぞ!!」鳴海の刀が妖冥の体を深々と切り裂き、妖冥の炎が一瞬揺らいだ。だが、妖冥はすぐに立て直した。


「ウウウ・・・・」妖冥は唸り声を上げながら、目の前に火球を作り出し始めた。


「あれは当たったらまずいよ」僕が言うと、風華が「一瞬離れるね、ごめんね」と言って走っていった。


「痛い・・」僕は自分で首を押さえた。




「くっそ・・!」逃げ場の無い鳴海は、火球を避けるために重心を落としていた。しかし、火球の速度によっては、目視してからでは避けられない。


「頼んだよ、風華」僕は木陰から見守っていた。


妖冥が作り出した火球は、人の顔の二倍ほどの大きさだった。直撃したら大やけどは避けられない。


「鳴海、下がって!」風華が前に進み出た。彼女は深く息を吸い込み、手を素早く動かして印を結び始めた。


その動きは熟練の技そのもので、彼女の集中力が張り詰めた空気に溶け込むようだった。


「お願い・・!」僕は風華が何をするつもりか分からぬまま、とにかくうまくいくことを祈った。




「ふぅ・・間に合った」風華が額に滲んだ汗を手の甲で払いながら、最後の印を結んだ。その瞬間、彼女の前に青い光が現れ、それは次第に広がっていき、やがて青い弾丸となった。


妖冥が火球を放つ瞬間、青い弾丸は放たれ、二つが衝突した。爆発とともに火球は消滅し、風華の放った弾丸は妖冥にまで届いていた。


「助かった・・!」鳴海は弱った妖冥めがけて袈裟斬りを放ち、妖冥の体は真っ二つになった。


風華は短刀を取り出し、妖冥のふくらはぎに突き刺した。


「これでよし・・っと」風華が言った。




戦闘を終えた三人はすぐに僕のところへやってきた。


「大丈夫?」風華が僕の首をまた押さえてくれた。


「うん、なんとか」




「硬化しなかったのが妙だよな・・」鳴海が言った。


「その点なんだけど、ちょっと心当たりがあるんだ。任務が終わったらまた話すね」


「わかった」琉晴が言った。


「というか、風華の『あれ』なんだ?凄くねぇか?」鳴海が興奮気味に言った。


「魔術はずっと練習してたの。三人に比べて、私弱すぎるから・・ちょっとでも役に立ちたいと思って」


風華が言った。


「凄いよ・・!この四人の中で魔術が使えるのは風華だけだし、今も風華がいなかったら鳴海は大怪我してた。憧れるよ・・!ああやって印を結んで魔術使うの!!」


「ほんと純粋だね・・」風華が微笑んだ。「いつか使えるようになるよ、楓も」風華はそう続けた。




「今夜はここまでだ。明日、村人に楓の手当を頼んだらまた妖冥を探すぞ」琉晴が言った。


「僕はもう大丈夫」


「無理すんな、時間に余裕はあるんだからな」鳴海が言った。


「見て」僕は風華の手をどかし、首元を見せた。




僕の首の傷は塞がっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る