24話 君に届け

 過酷な任務に参加するとは言え、常に過酷な任務が与えられるわけでもない。


明日から始まる任務は琉晴たちと行く。まぁ、通常の任務だ。


そして、これからは教育係の先輩団員が同行しない。つまり、四人での任務となる。


「先輩が居ないってのは心細いけど、楓さんが居るんだから大丈夫だろ!」鳴海が言った。「茶化すのもほどほどにしてよ・・」僕への重圧がひどい。


「元々の実力で言えば、僕は最下位なんだから」


「第一選抜試験時点での話を今持ってくるのは的外れじゃないか?」琉晴が言った。


「少なくとも、剣術で琉晴に勝つなんてのは無理だよ」


「久しぶりに・・やるか?」琉晴が言った。


「お~?」風華が興味ありげに見てきた。


「受けて立つよ!」


琉晴との模擬戦・・懐かしい。僕が強くなれたのは琉晴が手合わせをしてくれたおかげだ。


原点回帰。初心を忘れずに、基礎の剣術を磨き続けないといけない。




 夕方の光が静かに差し込む訓練場。空は茜色に染まり、柔らかい風が僕らの間を通り抜ける。久しぶりの模擬戦に胸を高鳴らせながら、僕は刀を握り締め、琉晴と向き合った。


「懐かしいな。こうして剣を交えるのはいつぶりだ?」鳴海が笑みを浮かべながら言った。


「そうだね・・ずいぶん久しぶりなのは確か。でも、今日は本気でいかせてもらうよ」僕も微笑んで答えた。


琉晴は軽く頷き、僕たちは構えた。周囲の音が一瞬にして消え去り、ただ二人の呼吸音だけが静寂を破っていた。


「始め!」


琉晴がまず仕掛けてきた。鋭い突きが放たれ、僕は即座にそれをかわす。しかし、琉晴の動きは止まらない。続けざまに振られる刀が、まるで嵐のように僕を襲った。


僕は過去の訓練を思い出しながら、琉晴の攻撃を受け流す。琉晴の技は変わらず力強く、素早く、正確だ。ただ、僕もこの数年間、サボっていたわけじゃない。間違いなく強くなってるんだ。


「さすが・・全然隙がないよ・・」僕が息を整えながら言った。


琉晴は軽く息を吐き、構えを直す。「お前もだいぶ成長した。俺に勝てる程ではないが」


再び距離を詰めた。今回は僕が先に攻撃を仕掛けた。鋭い斬撃で琉晴の防御は少し揺らいだが、彼は冷静にそれを受け止める。僕の刀が琉晴の刀と激しく交錯し、金属音が訓練場に響き渡る。


夕日の光が僕らの刀に反射し、刃が交差するたびに煌めくその光景はまるで舞踏のようだった。


汗が額を流れ落ちるのを感じながらも、僕は集中力を切らさずに琉晴の動きを追う。


しかし、琉晴の次の一手は予想外だった。彼は突如として攻撃の速度を上げ、僕が一瞬の迷いを見せた隙をついて鋭い斬撃を放った。


「しまった・・!」僕はその攻撃を避けようとしたが、遅かった。琉晴の刀が僕の首元に軽く触れた瞬間、勝敗が決した。


「俺の勝ちだな」琉晴が刀を下ろしながら、少し疲れた表情で言った。


「楓、首から血出てるよ。これで押さえときな」風華が布を渡してくれた。


「うん、ありがとう」


硬化しなかったんだ・・攻撃の強度が低かったからかな?


悔しいはずなのに、思わず笑みがこぼれてしまった。


「やっぱり強いね、琉晴。君にはまだまだ追いつけないや」


琉晴は軽く肩をすくめて、「お前がもっと強くなれば、俺ももっと強くなれる。だから、次はもっといい勝負をしようぜ」と言った。


風華と鳴海が拍手しながら近づいてきた。


「すごかったよ、二人とも・・」風華が興奮気味に言った。


鳴海もニヤリと笑いながら「でも、やっぱり琉晴にはまだ勝てないな。また次も見せてくれよ、二人の模擬戦」と言った。


僕は深呼吸をして、戦いの余韻を胸に刻んだ。


この戦いでの改善点は、相手を注視すること。『よく見る』なんて程度じゃ駄目だ。関節一つ一つの動き、相手の息遣い、筋肉の収縮まですべてを見る必要がある。


それが出来て初めて、本当の意味で相手の動きを読めるようになるんだ。




「次は負けないよ!」僕は琉晴に向かってそう宣言し、四人で笑い合った。


「楓」鳴海が言った。


「ん?」僕が首を傾げると、鳴海は「俺とも模擬戦やらねぇか?」と言った。


「ほほーう?」疲れていてもう帰りたい僕は、断る理由を考えながら返した。


「今、俺は楓に勝ってる部分が一つもねぇ。だから、模擬戦でお前に勝ってみてぇんだ」鳴海が言う。


なんだこのキラキラした目は・・断れないじゃないか・・


「しょうがないな・・僕は二連戦してるってこと、忘れないでよ?」


「おう、これで負けたら俺の立場ねぇな!」鳴海が笑った。


結局やる流れになってしまった・・・・




「真剣でやるの?」風華が言った。


「竹刀に・・しない?」僕が小さい声で言うと、「まぁ、仕方ない」と言って鳴海が取り替えた。


鳴海の真剣は怖いからね。


少し休憩して、僕が万全の状態になったところで模擬戦を始めた。


「手加減は無用だぞ。俺だって本気で挑むからな!」鳴海が笑みを浮かべながら言った。


「本当に負けても知らないからね」僕は少し不安げに答えた。




「始め!」


鳴海が最初に動く。彼の一撃は、僕が予想していた以上に重く速かった。鳴海の筋力と攻撃の勢いに、僕は少し後ずさりしてしまった。


「くっ・・」僕は竹刀を握り直し、反撃に出た。鋭い斬撃を次々と放つが、彼はすべて受け止める。


「その調子だ楓!」鳴海はまるで楽しむように僕の攻撃をかわし、さらに一歩踏み込んで反撃を仕掛けてきた。


攻防は激しく、竹刀がぶつかるたびに響く音が訓練場にこだまする。僕は鳴海の力強い攻撃に耐えながら、隙を狙っていた。しかし、鳴海は攻撃の手を全く緩めない。


「これでどうだ!!!」鳴海が渾身の一撃を放つ。


僕はその一撃を受け止めようとしたが、その勢いが予想以上に強く、体が反応しきれなかった。


竹刀が僕の防御を突き破り、そのまま胸元に深く打ち込まれた。


「っ・・・・!」その瞬間、僕は息が詰まり、視界がぐらりと揺れた。力が抜け、膝が折れそうになる。


「大丈夫か!?」鳴海が叫ぶが、僕は返事をすることができなかった。意識が遠のき、倒れ込むと同時に視界が暗闇に包まれた。




「楓!」風華と琉晴が駆け寄るが、僕は既に意識を失っていた。


「くそっ、俺のせいだ・・・・!」鳴海は竹刀を放りだし、僕を抱きかかえるようにしてその場にひざまずいた。


「鳴海、落ち着いて。とにかく、家まで運ぶよ」




      *




 地面に倒れ込み、視界がぼんやりと滲んでいく。意識は遠のいているが、まだ完全には消えていない。私の身体が冷たく感じ、周囲の音が遠く聞こえる。敵の声、戦場の喧騒・・全てがまるで別の世界の出来事のように思えた。


目の前に広がるのは、焦げ臭い煙と、散乱した戦場の光景。そこにいる兵士たちの姿がぼやけて見える。倒れ込んだ自分の周りを囲むようにして立っていつ妖冥の影が、ますます不鮮明になってゆく。


「剣一さん!!!」必死に戦いながら、後輩が叫ぶ。


「どうやら、ここまでらしい・・」


私の中で、隊士としての誇りがわずかに残っていた。その誇りも今や崩れかけ、朦朧とした意識の中で、過去の戦いが走馬灯のように浮かんでくる。数々の戦場を駆け抜け、無数の敵を斬り倒してきた。誰よりも強く、誰よりも早く、誰よりも多くの命を奪い、守ってきた。そのすべてが、今ここで終わるのだろうか。


目の前の光景はますます暗くなり、瞼が重くなってくる。自分の呼吸が浅くなり、次第に息をすることすら苦しくなってきた。だが、それでも私は必死に目を開けようとした。まだ、何かが足りない、まだ終わってはならないという思いが、私の中でわずかに残っていたからだ。




「なぜだ・・・・」


自分の身体を動かそうとするが、まるで鉛のように重く、指一本すら動かすことができない。全身の力が抜け落ち、地面に沈み込んでいくような感覚。恐怖が胸を締め付けるが、同時に、静かな絶望が私を包み込んでいった。


もう、何もできない。


戦士としての誇りを失い、ただ、ここで終わるしかないのか。


耳に届くのは、遠くで戦う仲間たちの声。彼らが私の名前を呼んでいるようにも聞こえるが、それすらも夢幻のように感じられる。私の視界はますます暗くなり、意識は深い闇の中へと沈んでいく。


そして、最期の瞬間が訪れた。


目の前に見えるのは、自分の血で染まった刀の刃。鈍い痛みが首元から広がっているのを感じたその時、ようやく気づいた。私の首が、他の部分とは違って硬化していなかったことに。




「そうか、首だけ・・・・」


その事実が、私の心に深い絶望をもたらした。無敵だと思っていた自分の身体にも、守れない部分があった。その事実を知るには、あまりにも遅すぎた。


力尽きた私は、目を閉じ、永遠の眠りへと身を任せた。静寂が訪れ、戦場の喧騒は遠い過去のものとなる。これが、私の終焉。硬化が効かない首という弱点に気づいたとき、すでに私の命は尽きていた。




      *




「おーい、起きろ!!楓!!!」ぼんやりと、皆の声が聞こえる。


「おーきーろ!」琉晴の声が鮮明に聞こえるようになり、僕は起き上がった。


「よかった・・・・このまま起きないんじゃないかと思ったよ」風華が言った。


「大げさだなぁ・・」僕は鳴海にとんでもない一撃を食らってから、二時間ほど起きなかったらしい。




「なんか、変な夢を見てた気がするんだけど・・」


妙に鮮明で、妙に現実味のある夢だった。




「楓、お前なんか・・」鳴海が僕の目を見つめる。


「どうしたの?」


「なんか、目青いぞお前」

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