22話 適応

 一級の妖冥の討伐は数人の犠牲者を出しながらも完了し、夜叉の軍団を滅ぼすことに成功した。


作戦終了時には明け方となっていた。寝ずに動き続けた僕たちは疲労のあまり草原で居眠りをしてしまったほどだ。


ちなみに、災害級の妖冥が起こした草原の大火事は、僕がなんとか消火した。一時間くらいかかったかな・・


「おい!こっちまだ燃えてるぞ!!」団員の声が聞こえてくる。


「はい!!今行きます!!」僕はがくがくになった膝をなんとか動かして向かった。


火の消し方は単純。燃えているところに飛び込めば僕の体が勝手に反応して水になるので、消すことが出来る。


「本当に不思議な体質ですね・・」僕を見ながら団員が言う。


体質なのか能力なのかわからないけど・・意図的に使用できないなら体質なのかな?


だとしたら今までの人生でこの体質に気づかなかった理由がよくわからないけど。死に瀕することで開花するって言ってたし、そういうことなのかもなぁ。




「よし・・完了だな」勇作さんが言った。


「やっと終わった・・」僕は額の汗を払った。


「大活躍だったらしいじゃないか」一郎さんが笑って言った。もう僕の話は広まってるのかな・・


「大したことはしてないですよ」と言うと、雅さんは「君が活躍していないのなら、私たちは存在していないと同然だ」と自虐した。


「災害級の討伐に関与するとは・・信じられん子だな」勇作さんが言った。


「俺たち、随分差がついちまったな・・きっとそのうち、楓は俺なんかじゃ会話もできないような立場の人になる」鳴海が寂しそうに言った。


「そんなこと言わないでよ。僕たちずっと友達でしょ」と慰めた。


「俺と居なきゃ、お前の飯は誰が作るんだって話だ」琉晴が言った。僕は「そうだよ!!」と同調した。


いや、別にそうじゃないけど・・僕だってご飯作れるし。




「とりあえず、中央広場に集合しよう。上層部から話があるはずだ」雅さんが言った。


僕たちはまた一時間以上かけて本拠地へ戻る。


 


 総務部による死者等の報告が終わり、副団長が群衆の前に立った。


「注目!!」副団長の側近が大きな声で言った。


散らばっていた隊士たちの視線が、副団長の一点へ移る。


「皆、よくぞ生き延びた。今回の戦いは我々神隠団にとって、そして江戸の民にとっても重要な戦いであった。この勝利は、皆の勇気と献身によってもたらされたものだ」


彼の声は低く力強く、戦場の緊張感を未だ引きずるような重みがあった。


「しかし、我々が成し遂げたのは一つの戦いに過ぎない。妖冥は未だ暗闇に潜み、再び牙を剥くであろう。妖冥が存在する限り、この戦いに終わりはない。それを忘れるな」


群衆の中には、疲労と安堵が入り混じった表情の者もいれば、戦いで失った仲間を思って悲しみに沈む者もいた。それでも、皆が副団長の言葉に耳を傾けていた。


「だが、お前たちは今日、己の力と勇気を証明した。この先、いかなる困難が待ち受けていようとも、お前たちならば乗り越えられると信じている」


副団長は一呼吸おいて、続けた。


「そして、特筆すべきは今回の戦いで災害級の妖冥を討伐した者たちだ。やはり精鋭特務部隊の奮闘には目を見張るものがあった。そして、新入団員の楓。お前だ」


精鋭特務部隊と共に前に連れてこられた僕は、群衆の前に立たされた。


正直、今すぐ逃げ出したいくらいに恥ずかしい。


「お前は若くして多くの者が恐れる災害級の妖冥に立ち向かい、その力を封じた。これは神隠団にとって大きな意味を持つ。お前の勇気は皆に示され、今後の我々の戦いにとっても大きな励みとなるだろう」


副団長の言葉に、周囲から拍手が湧き上がった。僕は少し顔を赤らめながらも、真剣な表情でお辞儀をした。


「しかし、全員で勝利を祝うのはここまでだ。これから先、我々にはさらに過酷な戦いが待っている。ちょうど総務部から新情報がやってきたところだ。準備を怠ることなく、次の戦いに備えよ。これが、神隠団の務めだ」


副団長は最後にそう言い放つと、一礼して群衆の前から立ち去った。


隊士たちはその後、徐々に解散し、それぞれが任務や休息に戻っていった。




「何やってんだろ、僕・・・・」災害級のもとへ突進した自分の行動を思い返し、僕はため息をついた。


良い選択だったのかもしれないけど、それは結果論だ。死んでいた可能性もある。


「楓殿。貴方は精鋭特務部隊、そして霞月殿と共に本部へ来てください」副団長の側近に言われた。


「はい」僕は恐怖を感じながら頷いた。大事になっちゃったなぁ・・




「大丈夫だよ、楓。君は本当に凄いことをした。一緒に暮らせたことを誇りに思うよ」僕の肩に手を乗せ、霞月さんが言った。




 僕は不安を感じながら本部に足を踏み入れた。重厚な扉を開け、案内されるままに進んでいくと、そこには総務部長の永善さんと団長が待っていた。永善さんは静かに手を振って僕を呼び寄せ、厳粛な様子で椅子に座るよう促した。


「楓、霞月、そして精鋭特務部隊の諸君」永善さんは静かに語り始めた。「今回の任務において、君たちは規則を逸脱する行動を取った。それは非常に危険であり、団の規則に反するものであったことは否めない」


僕は拳を握りしめ、次の言葉を待った。緊張で震える僕の拳に霞月さんは手のひらを乗せ、優しく握りしめる。


「だが、それは結果的に大きな功績を上げたことも事実だ。災害級の妖冥を討伐したことは、団にとって計り知れない勝ちがある。形式上、君たちには一週間の謹慎処分が下されるが、それはあくまで形式に過ぎない。実際には、その勇敢な行動を称賛するべきだと考えている」


急に優しくなった永善さんの口調に僕は驚いたが、精鋭特務部隊や霞月さんは微笑んで僕を見つめるだけだった。


団長も口を開いた。「君たちの行動は、確かに危険を伴ったが、それ以上に重要な勝利をもたらした。だから、謹慎ではなく、休息だと思ってくれ。今後の戦いに備えるためのな」


霞月さんが頭を下げた。「楓に強敵と戦わせる決断をしたことに責任を感じています。もしも、そのことで罰を受ける必要があるのなら、私も受け入れる覚悟です」


永善さんはそれに対し、軽く頷いた。「君たちの誠実さには敬意を表する。しかし、これ以上の処罰は不必要と考える。非常に判断の難しい状況だった」


僕は深く息を吐き、少しだけ肩の荷が下りた気がした。自分の行動がすべてを決めたわけではなく、ここにいる皆さんと共に戦い、共に責任を負っている。その事実が、僕を少しだけ救ってくれた。


「さて、しばらくは休んでくれ。だが、次の任務のために心と体を整えておくんだ。君たちの力は、これからの戦いに必要不可欠だからな」団長の言葉に僕は深く頷いた。




本部から出ると、霞月さんが僕の肩を叩いた。「君なら、やってくれると思ってたんだ」


「次はもっと冷静に判断できるように頑張ります」僕が返すと、霞月さんは「どこまでも真面目な子だな」と笑った。


二人で歩いていると、竜仙さんに呼び止められた。


「楓、お前にはまだ聞きたいことがあるらしい」竜仙さんが手招きしながら言う。もう勘弁してよ・・


「わかりました」僕は重い足取りで竜仙さんのもとへ向かった。


「次は多分、楓くんの能力の話っすね」竜仙さんのそばに居た美鈴さんが言った。


「なるほど・・・・」




 また団長と永善さんの二人と話すことになった。


「まず、楓の硬化能力は危険な攻撃を食らう瞬間に発動し、能動的に使用できたのは一回のみ。これで間違いないか?」永善さんが言った。


「はい、間違いありません」


「では、発動時に碧眼となり、髪が灰色に近い長髪になるというのも?」


「間違いないです」


永善さんと団長が目を見合わせた。


「今、見せてもらうことは出来るか?」


「はい、出来ます」




立ち上がった竜仙さんが刀を抜き、僕の腕めがけて振り下ろした。


僕の体は硬化し、団長らは僕のことを見つめる。


「確かに碧眼・・・・」じろじろと永善さんが見てきた。恥ずかしい。


「なんだか、随分と大人びて見えるっすね」美鈴さんが言った。竜仙さんも「うむ」と頷く。


少し時間が経ち、僕の姿はもとに戻った。


「まぁ、ここまでは事前に聞いていた話通りだ。今回聞きたいのは、災害級との戦いの際、体が水のように変化したという点だ」団長が言った。


「それはまだ僕も分かっていないです」僕が言うと二人は頷いた。


「感覚としては?」竜仙さんが聞いた。


「水の人形になったような感覚です。ただ、体は普段通り動かせました」


「実際、それで炎を消したと?」永善さんが言うと、美鈴さんが「そうっす。私見たっすよ」と頷いた。


「なるほど・・・・」


団長は一瞬黙り込み、深く考え込むように目を閉じた。その静寂の中、永善さんが口を開いた。


「楓、君の能力は確かに非常に興味深い。特に、その硬化能力と水のような変化についてだが、これが意味するところは――おそらく『生きること』に特化した体質だろう」


「生きることに特化・・ですか?」僕は問い返した。


「そうだ。硬化は外的な攻撃からお前を守るための防御手段だ。しかも、危機的な状況ではそれが自動的に発動する。これがまず一つ。そして、もう一つ、火炎を無効化するために体が水のように変化したという事実──これもまた、自身を守るための変異と言えるだろう。君の身体は、外部からの脅威に対してその都度最適な形へと変化し、生命を維持しようとする可能性がある」永善さんは真剣に話す。




確かに、僕は毎度死の淵に立たされて初めて能力が発動される。


一度目は『物理攻撃』、二度目は『炎』だったのだ。


「他にも自分の体を変化させることが出来るかもしれない」竜仙さんが腕を組んで考え込む。


「炎や水だけでなく、他の要素に対しても君の体が反応して変化することがあるかもしれない。いわば、適応力とも言えるだろうが、それがどの程度まで広がるのかは未知数だ。君の能力は、まだまだ解明されていない可能性を秘めている」団長が言った。


「これからさらに能力が増えるってことですか?」


「ああ。ただし、その能力を使いこなすにはまだ時間がかかるだろう。君はまだ経験が浅く、年齢も幼い。・・そして、君がどのようにこの能力を発揮するかが鍵となる」団長が続けた。


「それを考慮すると、君には精鋭特務部隊に入るという選択肢が出てくるだろう。そちらでの訓練を通じて、さらに能力を磨くことが出来る」永善さんが言った。


「精鋭特務部隊に・・ですか?」


「決断は急がなくてもいい。君がその選択をする準備が出来た時、正式に話を進める」団長が微笑んだ。


「今回の戦いでは君が中心となって災害級の妖冥を倒した。だが、それは君一人の力だけではなく、霞月や精鋭特務部隊の者たちが君を導き、補い合った結果だ。その点についても、しっかり考えてほしい」永善さんが補足した。


「楓くんには私たちが強敵と戦わせたという責任もある。私たちも考え直さなければいけない部分があるっすね」美鈴さんが言った。


「今後も君の成長を見守ることが楽しみだ。期待しているぞ、楓」団長が言った。


「ありがとうございます。精鋭特務部隊の加入については、また考えてみます」僕はお辞儀をして、その場を後にした。




「どうしようかな・・・・」

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