21話 何者にもなれない

先程から妖冥の攻撃を何度も食らい、精鋭特務部隊の六人は何度も吹き飛ばされている。


しかし、僕はそのたびに硬化能力を発動し、何の被害も受けていない。


「硬化能力、それが楓をここに留まらせた理由だ。実際、俺たちが与えられなかった一撃を初めて相手に叩き込んだのは楓だっただろう」竜仙さんが言った。


「・・ふむ。君の実力を疑ってしまい、悪かった」陽一さんが言った。


「こんな状況だったら、誰だって僕を信じないですよ。皆さんは悪くないです」


「君への疑いは晴れた。今回の任務、僕たちに手を貸してくれないか」陽一さんが続けた。


その言葉を待っていました。


「御意にございます」




とはいえ、災害級の妖冥との戦闘は甘くない。


戦いは、時間とともに熾烈さを増していた。妖冥の圧倒的な力と凶暴さに、精鋭特務部隊と僕が全力を尽くして応戦していたが、相手はまるで無限の力を持つかのようで、疲れを見せなかった。


それに比べ、精鋭特務部隊はみるみる体力を消耗していく。人間と妖冥の違いだ。


「動けないくらいまで消耗したら、僕の後ろに居てください。僕はまだ動けます」息が上がっている陽一さんに言った。


「すごい体力だね君は・・これが若さってやつか」陽一さんが言う。


「私よりも歳下の陽一が、年齢を言い訳にするんじゃない」風間さんが言った。


陽一さんは35歳、風間さんは38歳だ。




「お前ら、まさかこの程度で終わりじゃないだろうな?」妖冥が笑みを浮かべ、鎧越しに燃える赤い瞳で僕たちを見据えた。


「僕たちに比べて三倍以上の体躯があって、大きな戦斧があって、硬い鎧を纏っていて、食らった傷もすぐに治る。力にここまでの差がある相手を圧倒して悦に入るなんて、君は酷い趣味をしてるね」


僕は純粋な怒りをぶつけた。


「僕たちは鎧なんて身につけてないし、武器だってこの刀一本だ。傷が治るのには時間がかかるし、体だって小さい。君が勝つのは確実なことくらい分かるでしょ?」


「ここまで来て言い訳か。見苦しい」妖冥が嘲笑する。


「判官贔屓効果って知ってる?人ってのは、明らかに劣勢な方を応援したくなるものなんだよ。今の日本に、妖冥の味方なんていない」


「黙れ!」妖冥が怒鳴った。


風間さんが地を蹴り、瞬時に妖冥の背後に回り込むと、風の刃で斬撃を繰り出した。しかし、妖冥はその動きを予見していたかのように振り向きざまに戦斧を振り下ろし、風間の攻撃を弾き返した。


「どれだけ速く動こうと、この斧には敵うまい」妖冥が嘲るように言い放つ。


すると、風間さんが「相手の実力を早々に断定することが、どれだけ危険か分かっていない」と言い、先程よりもさらに速く動いて妖冥の首元に斬撃を食らわせた。


妖冥の首元から血が吹き出る。


「その程度の攻撃を与えたとて、何も変わらん」妖冥が言った。すぐに傷が塞がり、血が止まる。


「陽一、あの鎧の隙を突けるか?」竜仙さんが指示を出し、陽一さんが頷いた。「やってみよう」




精鋭特務部隊・陽一。理論的で物事を冷静に分析し、常に最善の策を錬る戦術家。任務の計画立案や敵の攻撃予測にも携わっており、神隠団において重要な役割を果たしている。


影を操る魔術に長けており、偽の影は敵を欺くことができ、隠密行動においても優秀である。




陽一さんは深呼吸し、影の魔術を発動させた。彼の周囲に黒い霧が立ち込め、それが妖冥の鎧の隙間に入り込むように伸びていく。しかし、その霧が鎧に触れるや否や、鎧は再び暗い光を放ち、霧を吸い込むように消滅させた。


「効果なし、か・・」竜仙さんがため息をついた。


「そのインチキ鎧脱げよこの野郎!!!」三浦さんが怒鳴った。それが叶ったら苦労はしないんだけどなぁ。


「この鎧は、俺の意志そのもの。お前たちの無駄な抵抗など、何の意味も持たない」妖冥は笑い声を上げ、その力で周囲の空気さえも歪ませた。


「お前の意志か・・なら、俺達はその意志をへし折るためにここにいる」竜仙さんが刀を振り上げ、力強い一撃を繰り出した。その斬撃は、まるで閃光のように妖冥の胸元を狙い撃ち、鎧を僅かにへこませた。


魔術なしの単純な剣術のみで一撃を与えた・・竜仙さんの剣術はやはり異次元。


「総攻撃だ!!」竜仙さんが叫び、三浦さんと翔之助さんが同時に突撃する。三浦さんは力強い打撃で、翔之助さんは素早い連撃で妖冥を翻弄しようとする。




精鋭特務部隊・翔之助。23歳という若さゆえの情熱と熱血漢。正義感が強く、困っている人を見過ごせない性格。経験が浅いため、時折無謀な行動に出ることもあるが、周りに指摘されると素直に辞める。


炎を操る魔術は攻撃力が高いが、自身の身体にも危険が及ぶ場合がある。




「ちっ、このままじゃ埒が明かねぇ!!」三浦さんが苛立ちながら声を上げたが、それでも攻撃の手を緩めることはなかった。


「これが神隠団随一精鋭の力といったところか・・」妖冥はその場で大きく息を吸い込み、口から黒い炎を吐き出した。その炎は地面を焼き尽くし、一瞬で広範囲を灼熱地獄に変えた。


「くそっ!!今まで戦ってきた奴らとは強さの桁がちげぇ!!!」翔之助さんが後退しながら、炎を避けようとする。


「逃げることは出来ない・・この炎は、全てを焼き尽くす」妖冥はさらに炎の勢いを増し、その温度はまるで太陽のように燃え上がった。


「ここで封じ込める!!」竜仙さんが再び前に出て、刀を構えた。「全員、俺に続け!この炎を突破する!!」


風間さんと陽一さんが左右から援護し、三浦さんと翔之助さんも再び前進した。その瞬間、妖冥の炎がさらに巨大な火柱を生み出し、空へと伸びていく。


「ここで決めるつもりか・・!」竜仙さんが叫び、炎の中へと飛び込んだ。


しかし、妖冥はその動きを見逃さなかった。


「愚か者が・・ここでもう、全てを終わらせてやる」


そう言うと、妖冥はさらに炎の力を集中させ、過去最大級の炎を竜仙さんたちに向けて放った。


「避けろ!!」陽一さんが叫び、全員が散開しようとするが、その瞬間、炎が全員を取り囲むように広がり、逃げ場を失わせた。




妖冥は勝ち誇ったように笑い、炎が一気に彼らへと迫っていった。


「楓、なんか体変わってないっすか?」美鈴さんが言った。


「え?」


「なんか水っぽいと言うか・・水っすよ、ほぼ」美鈴さんは少し動揺していた。


僕は焦って自分の腕を見ると、確かにおかしい。自分が水の人形になったかのようだ。


「体は動く・・」


僕、閃いちゃったかも。


「美鈴さんはここに居てください、皆さんが動けるようになったらすぐに救出に向かうようお願いします」


「やるつもりっすね。信じてるっすよ」美鈴さんは微笑んだ。


決意を固め、妖冥の放つ炎の方へゆっくりと動き出した。


炎は凶悪な勢いで燃え広がり、竜仙さんたちに迫っていた。だが、僕は迷わずその中へ飛び込んでいった。


「何をしている!」翔之助さんが叫んだが、僕は構わず進み続けた。僕の体が炎に触れると、まるで水に溶けるように炎が消えていった。


「馬鹿な・・!」妖冥が目を見開き、信じられないという表情を浮かべた。「お前がどうやってこの炎を・・」


僕は無言で、さらに前進した。炎は僕の体に触れるたびに消え去り、まるで僕の存在そのものが水の盾となり、炎を吸い込んでいるかのうような感覚だった。


「そんなことが・・」妖冥は動揺し始めた。


まぁ、想像もしないだろうね。端っこに居た子どもがこんなことをしでかすなんて。




僕はその間に、すでに妖冥の眼の前まで到達していた。「終わりだね」僕は静かに言い放つと、自らの体を妖冥の炎に吸収させ、完全に鎮めていった。


「お前は一体・・!」妖冥は焦り、反撃しようとしたが、僕はそれを許さなかった。


「僕は何者でもない、ただの15歳の人間だよ。君は?」


僕は素早く間合いを詰め、拳を振りかぶると、全力で妖冥の胸部に打ち込んだ。水の力が宿った拳は、鎧の奥にまで浸透し、妖冥を強烈に吹き飛ばした。


「ぐあっ・・!!」妖冥は地面に叩きつけられ、体中から湯気が立ち上る。僕の水の力が、彼の炎の源を潰し、力を奪っていたようだ。


「美鈴さん!今です!」僕が合図を出すと、美鈴さんが精鋭特務部隊をすぐに救出した。




「君の炎はもう効かないよ」


妖冥はまだ立ち上がろうとしたが、体力が尽きかけているのが明らかだった。


「くっ・・お前のような存在が居たとは・・」


「そりゃあ、知らなかっただろうね。僕、団員になって数日しか経ってないもん」僕は笑った。


「皆さん!とどめですよ!早く!」僕の掛け声を聞き、ぐったりしていた精鋭特務部隊が総攻撃の準備を開始した。全員が集まり、刀を妖冥に突きつけた。


「お前の計画はここで終わる。もう逃げられない」竜仙さんが言った。


妖冥は力なく笑い、「終わりだと?まだだ・・俺が倒れたとしても・・次の波が必ず来る。お前たちが知らないだけだ・・・・」


その言葉を最後に、僕たちは妖冥のふくらはぎを切り裂き、完全に動きを止めた。




すると、僕の体はもとの状態へ戻っていった。


数十秒経ってようやく心の整理がついた時、全員が僕の方を見つめた。


「楓、君は何者だ?」風間さんが聞いてきた。


「新入り団員です」僕が答えると、翔之助さんは「そうじゃないだろ、何ださっきの?」と言った。


「僕だってわからないですよ・・なんか体が水っぽくなってたので、火を消せると思って特攻しただけです」


「とりあえず、今回の楓の件は総務部に報告する。今回の作戦が終了したら確実に本部から呼び出しがかかると思うが、その先は全てお前の行動次第で決まる。後悔ない選択をするようにな」翔之助さんが言った。


「はい・・」




硬化だけだと思っていたが、体が水になる能力・・?


今までそんなの聞いたこともなかった。


とりあえず、作戦の終了を待とう・・・・僕の仕事はここまでだ。

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